アーカイブ写真
2026/09/28
今日は雨でカメラを持たなかった。アーカイブ写真を載せた。一枚目は1970年代の大津市の航空写真だ。大津に在った飛行場も消えて八尾まで行かなければ飛行機に乗れなかった。幸い飛行クラブも健在な時代でクラブのセスナで撮影できた。大津の町は甍の町並みが残っていて江戸から明治に栄えた港町の輝きが残っていた。湖岸には高層の集合住宅もなく空から見ると鄙びた町に見えた。二枚目は同じく1970年代の烏丸崎の航空写真で緑豊かな湖岸風景はラムサール条約の自然景観の湿地風景だった。今は烏丸半島と名を変えて人工化され風景は一変した。三枚目写真は高島市の松の木内湖の風景は琵琶湖のエリが美しく映えた1970年代の写真だ。僕はドロンには興味がない自分が空を飛んで大空間から自分の眼で風景を切り撮るのが航空写真だと考えているから飛べる機会があれば高度1500フィートから撮ってみたいと思った。
湖岸に咲く花
2026/09/27
雨を予想していた休日は午前中は曇り空で少し青空も見えるお天気となりお陰で湖岸ポタリングが出来て嬉しい日となった。AIのお陰で便利になってスマホの機能を利用して植物の名前が撮影してその場で分かるのは確かに便利だと思うが、家に帰って図鑑ら探し時間をかけて名前を見つけた方が頭にしっかり記憶できるのではと思った。自転車を降りて湖岸を良く見ると彼岸花は意外と彼方此方で咲いているのが分かった。度重なる除草作業にも負けずに花を咲かせるパワーには感服するばかりだ。そしてスマホのレンズ検索では一枚目写真はシロバナサクラタデと知った。二枚目はシソ科のイヌゴマで写っている昆虫はハナバチのルリモンドバチと分かった。三枚目は彼岸花です。車を止めた今は高島市の彼岸花の群生地に行くことが出来ないのは残念だが浜大津港でも十分に楽しめた。
ピンホールカメラ
2026/09/26
僕がピンホール写真を楽しんでいる時代は世紀末の1995年頃からだ。友人の陶芸家奥田さんの協力(穴窯)を得て僕が土で作った信楽焼のピンホールカメラで撮影をしていた時代を懐かしく思い出した。焼き物で作ったカメラは10台ほどでオブジェ?の様なカメラだ。それに4X5のホルダーを取り付けて琵琶湖の風景を撮った。写真展を何回もした事も良い思い出だ。フイルムも高くなった今の現状ではピンホールカメラを使うことはないと思った。今日は世紀末に撮影したピンホール写真を載せた。マキノ高原へ向かうメタセコイヤの並木も小さく見える30年前の風景だ。
湖岸の彼岸花
2026/09/25
湖岸の彼岸花と言っても高島市の湖岸で見られる彼岸花の群生地は南湖には無く?僕が何時も湖岸ポタリングする浜大津や打出浜では群生地は等は無く、おまけに頻繁に行われる除草作業で毎年咲く場所も変わるから見つけるのは難しい?今日は浜大津の近くの湖岸でひっそりと咲く彼岸花を見つけて写真に撮った。今日の琵琶湖はアオコは見られなかった。
雲は天才
2026/09/24
浜大津港の湖岸から上空を眺めて、雲は天才と言ったのは石川啄木が小説の中で記していた事を思い出しながら積雲が作り出す造形を楽しんだ。午後は彼岸花の写真を撮りに柳が崎方面へ自転車で向かった。久しぶりにロードバイクと言ってもクラシック自転車を漕いだ。やはりスポーツ用自転車は軽く自転車は早いと思った。肝心の彼岸花は盛りを過ぎて色は少し褪せていた。数枚写真を撮った。大津の農園地帯も様変わりした。小さくなった田んぼにも稲穂が実っていた。太陽のパワーにも秋を感じ暑さも我慢できた。

















