中島省三の湖畔通信

VR,オンライン・・・

2020/06/09

メディアが伝えるバーチャル旅行や呑み会、そしてオンラインで繋がる空間を僕はそんなに楽しいのかと違和感をもった。スマホを使い始めて三年が経ったが本当に必要だったのかと、スマホのスゥィチをいれた。FBを見るためだ。そして何か写真の被写体はないかと探す毎日が、デジタル社会に組み込まれ管理されているように感じ始めた。スマホの距離情報は自分の行動パターンが既に読み取られているようだ。そしてパソコン(湖畔通信用)に使う写真はデジカメデ撮る、デジタル機器に追われる様な日々ではないかと思うようになった。毎日、デジカメで撮る写真の多さもフイルム時代では考えられなかった枚数だ。多分、僕の記憶にも記録にも残らないのではとおもった。写真の歴史もたかだか二百年ぐらいと知れたものだと思ったのは、今日の夕刊(朝日)に載っていた、フランス南部で最古の縄が発見された記事を読んだからだ、縄は5万2千年から4万1千年前にネアンデルタール人が作ったもので石器を運ぶ為の籠に使ったのではとあった。縄はバーチャルではなく実態として5万年もの時間を越えてきた事実に驚くしかなかった。デジタルやITらの記録媒体は所詮バーチャル対応の長期保存などは考えられていないから多分、人類の歴史を未来に生きる生命体が調査しても空白期間になるのではと思うと空しくなった。そして一刻も早くデジタルやITから解放されたいとおもった。そして自転車を出し実空間へ出かけた。

僕の新しい暮らし方

2020/06/08

メディアが最近,新しいライフスタイルの在りかたを伝えているが別に興味を感じる程のことはないと聞き流した。今回のコロナ騒動で本を読む機会が増えたことに感謝した。本を整理してブックオフにと、積んでおいた背表紙が目に入り読んだ本も数冊、そして、買っておいて何故読まなかったのかと反省しながら読んだ。そして昨日から読み始めた、ソフィーの世界(1995年NHK出版)は発売当初ベストセラーだったから、多分、読みもしないのに買ったのでは・・・物語はソフィーなる少女と哲学者の不思議な手紙で哲学の歴史を旅する物語と百ページほど読んで感じた。何よりも哲学という文字に難しさを感じている僕を読ませる気にさせたのは、20ページのシルクハットで書かれている言葉、いい哲学者になるためにたった一つ必要なのは、驚くという才能だ、を読んで驚いたり感心したりするのは単細胞の自分にはピッタリとおもった。そして哲学者?別に本気でなるつもりは無いがお金がかからず年金爺にはよいと楽しく読み進んでいる最中だ。ゆっくりと残された時間をアホな政治やテレビから離れて自分はこれから先、何処へ向かうのか考えるのも良いのではと思った。夕食後、琵琶湖へ向かった。心地よい風が湖面を渡って行くのが見えた。そして僕は琵琶湖は哲学者ではと、波が伝える表情がそう思わせた。

情報は詳しく正確に・・・

2020/06/07

今日の朝刊(朝日)の誌面は珍しくコロナ関係の記事は少なく、コロナが終息していないのに何故とおもった。新聞もテレビも同じ情報を流すのではなく視聴者が知りたいと思っている事を伝えてほしいものだ。給付金委託問題、の流れも詳しく報道機関が取材して欲しいと、そしてコロナウイルスの感染状況を伝える事も大切だが、今回のコロナウイルス新型肺炎が短期間に世界中に広まった原因やウイルスの特性を詳しく説明し我が国の行った感染防止処置は正しかったのかを検証してほしいとおもった。今まで聞いたり見たりしてきたニュース番組もバラエーティー番組の様に感じ、あまり緊張感を感じなかったことを思い返した。コロナウイルスの映像が画面に流れるだけでは視聴者にコロナウイルスの特長や怖さが見えてこない、アルコール消毒をモノに触れるたびに何回もしなけれならないのか、そして本当にアルコール消毒でウイルスが死滅するのか、実態を捉えた映像でも見せてもらったら納得するのにと思った。透明ビニールが張られウイルス防御体制を採った店、そして以前と同じ様に販売活動する店らとの感染率など詳しく比較検証できないのではと思いながら日常生活をしているのが実情だ。今後、市民生活は新しい暮らし方でフェースシールドやマスクを着け続けることでウイルスから身を守れるのかと、そして湿度の高い夏を乗り切るのは難しいのではとおもった。

湖岸ポタリングでは湖岸の紫陽花が青空の下で夏、本番と言っている様に感じた。そして浜大津近くでは植物が家を覆っている様に迫力を感じた。

コロナ時代は・・

2020/06/06

僕を取り巻く日常はコロナが影響を及ぼす前と余り変わっていないのではと思った。朝の散歩で訪れる三井寺も六月の状況は去年も同じではと静かな境内を歩いた。ただ料金所には透明のビニールがコロナ対策で張られアルコール消毒液が置かれているのが以前と違うぐらいだ。湖岸ポタリングでもコロナ休日が終わってからは以前の様に閑散とした湖岸風景だ。でも浜大津港の佇まいだけはコロナの影響で遊覧船が繋がれたままで料金所も閉められたままだ。そして非常事態宣言が解除されて県営の湖岸駐車場はオープンされ日常に戻った。におの浜から見る琵琶湖は夏特有のもやった光景で海の様に広く感じた。湖岸のキンシバイの黄色の花を見ていると気だるい暑さを感じた。

事件の流れは続いているのか・・・

2020/06/05

新聞やテレビで報道されたボーガンによる家族の殺人事件のニュースを聞いた時、以前に読んだ「東京漂流」で著者藤原新也が記していた、神奈川金属バット両親殺人殺害の事件をおもいだした。1980年代に起きた家族殺人事件から40年経ったいま、兵庫県で大学生が家族をボーガンで殺害した事件は、時間で繋がっているのではと思った。病んだ社会は癒えることはないのかと思いながら暗いニュースを読んだ。東京漂流の中で語られる高度成長後の日本の社会の変容が与えた歪が今も影響し続けているのかと思った。大津の街も今から50年前は甍が鈍色の光を放つ静かな田舎町だったと、今日も三井寺の展望台から大津市街を眺めた。湖岸には衝立の様に集合住宅群,所謂マンションが立ち並び、区画整理された町には同じデザインに見えるプチハウスが整然と並ぶ通りになった。駄菓子屋、饅頭屋、蝋燭屋、靴屋、旅籠、花屋、自転車屋と数え上げればきりが無いほど店屋が消え、プチハウスが豊かで快適な町を演出している様に見えた。一見、美しく整備された町も綻びを見せ始める時期は早く来るのではと眼下に広がる市街を眺めた。


写真は1968年頃の大津市街の航空写真、長閑な甍の鈍色が印象的だ。
花はフリージア・ラクサ・・・写真展でお祝いにもらったものを友人のAさんに植え替えてもっらたものが咲き始め時間を置いて花が二種も咲き驚いた。

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