中島省三の湖畔通信

烏丸半島にサーフィン施設

2024/04/09

今朝の京都新聞の第一面の烏丸半島にサーフィン施設の見出しに目が止まった。元々、琵琶湖に烏丸半島など存在しなかった。50年前は烏丸崎として州の様な状態で近くの農家らが農地や釣り池に利用していたくらいで道路もなく崎と陸地の間は切通で蒸気船が赤野井湾への近道として通行していた。僕も小学生の頃、守山へ向かう汽船で通った記憶が残っている、背丈のある葭原が続く地帯だった。琵琶湖総合開発で浚渫された土砂で烏丸線を埋め立てた後、烏丸半島へ変わり琵琶湖博物館や水生植物園が建設された。その半島の空き地に一大レジャー施設を建設するニュースが今日の新聞に載っているの見て呆れた。事在るたびに行政は琵琶湖の自然を守り豊かな滋賀の風土を称えるポーズをとっているが、今日は金儲け資本主義の本性が見えた。金儲けの為ならなりふり構わずにサーフィン施設を作る計画は大きなプールで大きな波を起こしサーフィンを楽しめるそうだ。地球の温暖化による気候変動が問題になっている現代の危機に大きな施設でエネルギーを使って金儲けする姿勢は環境問題に無関心と見られるだけでは済まないと思った。今日は50年前の烏丸崎の航空写真を一枚載せることにした。

入学式そして花祭り

2024/04/08

入学式と言えば桜の花咲く校門が浮かぶ、僕も小学六年生の時、六年間の思い出の絵には母に連れられて桜の咲く校門を行く様子を描いた事を思い出した。今日、三井寺へ向かう途中、長等小学校の門は新入学生を迎える為に開かれていた。もちろん両側には満開の桜が歓迎していた。本来なら入学風景を撮りたいところだが現在は個人情報や肖像権の問題も在り撮影は諦めるしか無かった。三井寺の桜も散り始め新緑が交代とばかり勢いを増してきた。今日はお釈迦様のお生まれになった日、花祭りで金堂では儀式が執り行われていた。境内の微妙寺や水観寺の手水鉢は花で飾られていた。季節の移ろいは早く今年も温暖化の影響で春は間もなく終わるのではと行く春を惜しんだ。

今日も桜を・・・

2024/04/07

今日も我が家のご近所の名所は花見客で賑わっていた。そして今日は、三井寺でお茶会があり清水さん夫妻と境内の中にある光浄院へ出かけた。お庭の山桜は散って池は花筏と言うより花びらの絨毯の様に見えた。お茶会は煎茶なので気楽に参加でき桜を愛でながらお酒でなくお茶でも楽しめた。夕方、パソコンに今日の写真をアップすると、湖畔通信に載せる写真が無くカメラを持って近くの桜を撮りに出かけた。近くの鹿関橋の上は賑わっている、何時も静かな場所がオーバーツーリズム状態だ。家横の県道も三井寺へ向かう車が一日中渋滞していた。疏水三保が崎の元江若鉄道鉄橋?大津絵橋の袂には美しい桜が今も健在だ。その桜を撮った。そして川口公園では定番の電車と桜を撮って今日の写真とした。

桜探訪?

2024/04/06

ご近所の桜の花も少し撮り飽きて膳所公園へ向かった。途中の湖岸、打出浜やにおの浜湖岸では静かな雰囲気の中でお花見を楽しむ家族の姿を見かけた。由美浜では去年は湖岸の堤防で花を咲かせ琵琶湖の借景を楽しませてくれた桜木は道路側の緑地へ移し替えされていた。移植された他にも桜木が増えていたが琵琶湖を借景に撮るのには不敵な場所になった。膳所公園では昔通りのお花見スタイルで弁当らの食事を楽しみながらの花を愛でる姿は観光地では味わえないと思った。偶然友人の清水さんもグループでお花見を楽しんでいた。以前は膳所商店街のぼんぼりらがあり風情の在るお花見風景は見ることが出来ないのは寂しいことだ。

友来る

2024/04/05

今日の午後友人のMOROさんが大津に来てくれた。そして三井寺へ花見に出かけると観光客で境内混雑していた。休憩しようと何時ものカフェは2つとも満席でパスするしか無かった。観音堂の観月舞台を見ていると、桜のシーズンにMOROさんのライブを三井寺観音堂観月舞台で開催してもらった懐かしい光景を思いだした。MOROさんの音楽が観音堂広場に流れ春の宵を集まった人たちが曲に聞き入った。MOROさんはシンセサイザーの作曲家で僕の映像作品には無くてはならない音楽を作曲してもらっている。そして僕のパソコンの師匠として30年以上もお付き合いをいただいている、おまけに今日の夕食までご馳走になり僕のラッキーな一日となった。感謝 感謝・・・

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