中島省三のエッセイ

パソコン故障そして友情

2008/01/06

年末にパソコンが壊れた。10年間、働いての大往生と言うのはパソコンが長期間、稼動するのはまれな事だとみんなが言っているからだ。暗い年の瀬そして新年を迎えた。僕のパソコンの師匠で友達の茂呂さんに電話でパソコンの壊れたことを告げると、ちょうど組み立てたパソコンがあるから取りに着たら、とうれしい返事、暗い年末から一変 明るいお正月になった。そして5日に茂呂さんとパソコンが着き、さすが師匠の手際よさで接続完了。しばし講習を受け久しぶりにパソコンに触れた。そのパソコンは茂呂さんが、壊れたパソコンより助け出した部品で組み立てたとのこと、今の大量消費時代でものは直ぐ壊れそして捨てられてしまう、そんな時代でも茂呂さんは知恵を使い見事パソコンを組み立てる。いろんなパソコンから取り出されたパーツが力を合わせ、復活する。大量消費時代と言われているが、ものを大切にする心を このパソコンから いや茂呂さんから教わったこれが僕の新年の出来事。いままで自由気ままに、暮らしてきた自分をふりかえり反省しきりである。温かい多くの友情の風を受け走る自転車に吹き付ける北風も暖かく感じる。あながち温暖化のせいでもないのだと思った。また我が家に 僕の生まれる前から続いている恒例の伊勢神楽がやってきた。笛や太鼓の囃子に獅子舞が遠い昔の時間を運んできた。これが僕の新年の幕開け まずは めでたし めでたし

比良山その後

2007/12/21

比良山の登山に利用されていた、リフトとロープウエイが2004年3月31日に廃止されて、今年で3年間の時が流れた。僕が登山に興味を持ち始めたのは19才の時、48年も前の話し、もちろんリフトやロープウエイはない。大津から江若鉄道で比良駅そしてイン谷口まで歩いて30分、それから金糞峠をめざす。それが当時の比良登山だった。まもなくリフトが数年してロープウエイが完成小さなスキー場もでき冬には学校スキーで賑わった、緩やかな斜面のスキー場はリフトは一人乗りのリフトが一機、それでも多くの人たちが訪れた。僕もリフトを利用して、スキー場から小山の岳を経由して武奈が嶽へ山スキーを楽しんだ。若くて元気のある頃は、リフトの待ち時間が2時間を越えると、スキーを担いで妹や友人と一気に金糞峠を登り切りスキー場を目指したのも懐かしい思い出としてよみがえってくる。以前から一度廃止されたスキー場を見に行こうと思っていたところ、山仲間の奥くんに話を持ちかけた。彼は一つ返事で行こう、と言ってくれた。廃止されて2年目の2006年の3月末にまだ撤去されず残っているリフトと、駅舎の横を通り、スキー場をめざし登山を開始した。釈迦岳への登山道はのリフトのまだ残る斜面を何回も索道の下を横切りながら登山道を登り、2時間でリフトの釈迦岳駅についた。人気のない駅舎は不気味なほど静かだ。奥くんがリフトなら20分、とつぶやいた。途中の雪の斜面では熊の足跡など発見。熊に知らせるため、声をだしながら登って行くのにはつかれた。空岳を過ぎやっと比良ロッジに到着。建物は雪の進入を防ぐため、すべての窓に板が貼り付けてあり、まったく人の気配なし、冷たい風が寂しさを増す。スキーからシールをはがし、スキー場へ滑り込む、誰もいないスキー場にはリフトが風にゆれている。ゲレンデにはシュプール一つ、ついていない。斜面が緩くまた圧雪していないので、直滑降で八雲ヶ原のヒュッテまで滑り、小山の岳を目指しリフト横をスキーにシールをつけゲレンデを登り、奥くんと誰も滑っていない斜面でテレマークスキーを楽しんだ。帰路は金糞峠を下り、イン谷口についた。総時間10時間は66才の僕には少しきついなと感じ、正直なところリフトがあればと思った。その後、夏に八雲ヶ原を訪れたときには、元の姿に回復する工事が始まっていた。リフトの支柱やワイヤーがはずされて様子が変化していた。それから1年、今年の夏、再び八雲ヶ原を訪れると、ヒュッテもリフトも消えて、すっかり綺麗になっていた。でも人工的に自然を復元して行くのは大変な事と感じる。便利なリフトやロープウエイが無くなり、比良は相当、覚悟して登山しなければならないようになった。山に入る人が少なくなる事は、自然の回復が早くなり、美しい比良の自然が戻って来ることはまちがいなし、企業が責任を持ってする行いは、社会に認められるとおもうのだが・・・・人間と自然の共生。美しい言葉と思うのだが、政治家や経済人、御用学者がおっしゃると僕は信じられなくなります。世界情勢はアマゾンの森林そしてボルネオのオラウンターンの住む森も、バイオ燃料は地球に優しいとか、そんな理由で木は切られ森に住む動物達も切り捨て、そんなことで地球の温暖化を阻止できるはずがない。人間すべて原始人でもならない限り、無理 無理と・・・・・・・・

さよならビデオテープ60kg

2007/12/19

年の瀬が近づいたせいではないのだが、家の中を整頓しようと掃除をはじめた。まず目に付いたのが、録画しておいたテープの多さにおどろいた。棚の上や中に積み重ねた。ビデオテープを抜き取ると、38年間の時間の長さと、ほったらかしておいた自分への戒めとばかり、ビデオテープが崩れ落ちた。それから目につくところのテープを手あたりしだいに投げはじめる事、15分。絨毯の上はまるで小山のようだ。さてどうする、しばし頭は真っ白。パニックだ。落ち着けと自分に言い聞かせ、気を取り直し作業に取りかかる。テープには、映画の名作シリーズのインデックスが張ってあり内容は解るが、いちど見てみようとビデオデッキにテープを入れ、再生するとドロップアウトした映像、おまけにトラッキング不良、音声も聞きづらく、ビデオ機器もだめなのかと積み上げたテープをみてため息がでた。電気製品とくに映像機器(カメラもふくむ)は開発が早く次から次ぎと新製品がもうテープの時代は去りDVDやカード、またハイビジョン、ブルーレイ数えればきりがない新製品の洪水、テレビのコマーシャルからはやれ地デジ放送だの国民を消費に駆り立て自分ら企業の金儲けに専念、我ら貧乏庶民なんか、関係ないと言わんばかりだ。そんな企業やコマーシャルに踊らされたのが、この結果と改めてビデオテープの山をみた。300本余りの記録されたテープは再生して見ることもなく、本日を持ってサヨナラとなる。時間と暇をもてあます老人の楽しみにと撮っておいたビデオテープは見られず。唯一 映像でタイムマシーンのように旅ができると思っていた。見事裏切られた今、僕にできることはコマーシャルや企業にだまされないこと ほしがらない事のみと決意。一昔まえのカメラや映像機器の頑丈な作りで長く使用できまた愛着がもてた。いま僕は8ミリフイルムで撮影することがある。コストは高くつくが、愛おしさをかんじながら使う機械の素晴らしさ、現像の上がったフイルムを映写機にかけるスクリーンに映る映像は時間を経て何かを訴えてくる。もしタイムマシーンがあるとしたらそれはスクリーンに映る懐かしい記録だと思う。現に僕の大人になった息子達が家に来たとき子供の頃の8ミリの映像を見せたとき特に次男はスクリーンに映る自分の姿をみて喜んでいたのを思い出した。撮せば直ぐに見られるデジタルビデオやデジカメではタイムマシーンの役割は果たせない。見ようと思ったころ機器は傷み記録した、映像は磁気の影響で消えているかもしれない。そんな事を考えながら今日、大津市のゴミクリーンセンターへ運んだ。ビデオテープの重さ60キログラムと計量された。録画や貴重な映像は消えた。ゴミ焼き場の煙突から煙が空に そして僕の大切な思いでは消えた。でも8ミリの機器は健在だフイルムがあれば未来へ残す映像が撮れるのだが、僅かな希望を抱きながら8ミリカメラを持った。

ケヤキの大木

2007/12/18

大津の街は身近な所で ケヤキの大木を目にすることができる。中でも僕の好きなケヤキはよく運動をかねて自転車で走るコースにある。三井寺から坂本への県道を近江神宮から古墳や崇福寺跡等の史跡がある。滋賀里の町並みの細い道を行くと。ケヤキや楠の大木に囲まれた,小さな神社がある。その石の鳥居の左側に大きなほこらのあるケヤキが美しい木肌で堂々と立っている。倭神社で主祭神は天智天皇の皇后の倭姫王を祀る。説明の立て札に5世紀頃の古墳とある。神社を囲む木々の素晴らしさは感動を呼ぶ。周辺は家が建ち並んでいるが、大木が時を経た存在感をしめしている。僕はケヤキに手のひらを当て、樹のぬくもりとパワーを感じ。気分は爽快。元気をもらって感謝、そして神社に一礼するのが僕の儀式。そんなある日神社の世話役さんにお話をきいた。昭和の初期に社殿の建て替えのとき地面を掘ると、内側は赤く塗られた石室が見えそれを見た人は、たたりで寝込んだとそれ以来、石室を見た人はいないと話してくれた。そして脚立をかりケヤキのほこら、をのぞいた中は子供なら3人は入れる大きさがあり、隅っこのほうは暗くてどこまでもその穴が続いているように僕には思えた。1600年前の人たちの声が聞こえてくれば往時の事が詳しく解るかもと、そんなことを考えながらケヤキのほこら、から降りた。そして地面に転がっている椋の実をポケットに入れ自転車に乗った。その夜、食卓の上に椋の実を6個並べたたしか子供の頃食べたことを、思い出した。もし その実を食すれば古代へタイムスリップするのではと、考え寝床に入った。なかなか寝付かれず、夜中に急に血圧が上がり朝まで寝ることはできなかった。たぶんタイムスリップに失敗したのだと、木の実をさがすと6個ビニールの袋に入っていた。 今夜こそタイムスリップできるかも・・・

倭神社(しどりじんじゃ)  倭姫王(やまとひめのおおきみ)
京阪石坂線 滋賀里駅下車 北へ 15分の所。 

鳩の共同作業

2007/12/15

三井寺の境内の木々も葉を落とし すっかり冬景色 石段を登っていると頭上の木々が騒々しい 見上げると 20羽ほどの鳩が 羽ばたいて 木の実を落としている 地上では多くの鳩が 落ちた木の実を食べている  このような鳩の行動を僕は見るのは初めてで カラスは知恵があり賢いと聴いているがでもゴミ箱をあさって仲間と争っているカラスには嫌悪を感じるが 仲良く木の実をついばむ鳩の行動には好感を持てる  喧嘩もせず仲良く暮らしている 一方 人間社会と言えば 弱いものいじめ ずる賢い政治家や役人 経済人 また老舗の名店等 数えればきりがない 人達の悪行 はたまた地球上では紛争も絶えず 資源大国が富を独り占め 温暖化も急速に進み行く中 これからの先行きは不安だらけ でも足下みると 物言わぬ 動物達や 植物が静かに メッセージを発している 身近なところでみる 鳩達の行動は 僕にほのかな希望を抱かせてくれる  争いもせず暮らしている 鳩は平和のシンボルだと確信した そして鳩の飛び去ったしいの木の間から見える青空に雲が南へ流れて行く そっと北風が僕の頬をなでた
 

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- Admin

× 閉じる