中島省三の湖畔通信

ボレックス?

2019/05/23

ボレックスはスイス製の映画撮影用16ミリフイルムカメラだ。今日、其のカメラ、ボレックス16レフレックスを友人の石上さんが持ってきてくれた。ボレックスは今から50年前、大津青年会議所(JC)で琵琶湖の環境映画を製作する時、僕が撮影に使ったカメラを久ぶりに持つと時間の重さを感じた。完成した映画「青の輝き」は彼方此方で上映され好評だったことと、映画のワンシーンが頭に浮かんだ。ボレックスは今も機械の美しさを誇るように輝きを見せていた。カメラは電気を使わずゼンマイの力でフイルムを一秒間24コマのスピードで30秒の撮影が出き、充分に映画撮影できる名機だ。カメラを手にすると自然に操作した、ゼンマイ巻上げレバーを右手で反時計周りに回すと少し手ごたえのある感触が伝わると僕は29歳になった。フイルム無しだがファインダーを覗くと1969年の風景が見えるようで驚いた。ゼンマイの力で廻る歯車の音が確かな力で時間を刻む感じがした。現代の撮影機材はゼンマイ、やモーター、そして歯車などないデジタルの世界では、記録するテープやフイルムは必要なしだ。撮影された映像はデジタル信号で肉眼では見ることが出来ず、デジタル機器が必要だ。アナログ時代を賛美するつもりは無いが便利になった分、また不便になった部分も多いのではと16ミリフイルムで撮られた映画、リトアニアへの旅を思い出した。ジョナス・メカスは重い金属製の16ミカメラボレックスを携えリトアニアまで旅をしたのかと手元のボレックスを眺めると急にリトアニアへの旅を見たくなりツタヤへ行こうと思った。

愉しい事ばかりでは

2019/05/22

目覚めるとカーテンの隙間からの陽射しが晴天を知らせてくれた。窓から見ると青空に雲が帯状に広がる光景に思わずデジカメを持ち急いで鹿関橋へ向かうと窓から見る眺めとは違って見え写真を撮るのを止めた。朝食後、何時もの散歩で観音堂の上の展望台から琵琶湖を見ると上空には帯状の雲が放射線状に広がって見えた。久ぶりに見る雲の芸術作品が空の美術館に展示されたと喜びながら雄大な眺めを楽しんだ。帰り道ではエゴノキの花を楽しんだ。下から花を見上げると天空に広がる白い星花の様に見え花宇宙ではとデジカメで一枚撮って確認すると暗くイメージとかけ離れている、気を取り直してストロボを使用して撮ると花の星空がデジカメのモニターに再現され納得した。そして自己満足だと自分に呟いた。湖岸サイクリングで湖岸を走っていると草刈機から飛んだ石が足に当たり痛さを感じ自転車を止めて一応、作業関係者に注意を促したが無反応だった。雑草の除去作業では業者によって石の飛散を防止する為にネットを設置する業者もあるのだからと不満に感じた。午後は柳が崎にあるバラ園に出かけた。バラ園は大津市?が管轄ではと思うが、何時来ても入場券を購入の折、手間取るからイラついてしまい、バラの花を見ても気分は乗らない、バラには罪は無いのだがと一応に咲き誇る花を見渡した。でも話しかけてくるバラの花はなかった。僕が昨日、三井寺の境内でエゴノキの花が話しかけて来るように感じて写真を撮らせてもらった事を思い出した。バラ園の花は人間に管理された所為で言葉を失っているのか元気なく唯咲いていれば良いのだと花が思っているのではと思いながらデジカメのシャッターを押した。そして赤いバラの映るデジカメのモニターを見ながら載せるか迷った。

樹に謝る?

2019/05/21

今朝の散歩で三井寺の境内に入ると芳香が漂っているが何の樹から発しているのか分からないが嫌な香では無いと石段を上がり何時もの展望台へ向かった。帰路、若モミジのトンネルに入ると白い花が咲いている樹に目が留まった。白い小さな花が咲き誇る樹は大木ではないが新緑の中で存在感を示していた。花の名前はと・・写真に撮るのは初めてだと考えながらデジカメで撮った。そして境内の森からは小鳥達のさえずりが聞こえ、鳥たちも五月の爽やかな季節を謳歌しているのだと思いながら雨上がりの柔らかな地面を心地よく歩いた。帰宅してパソコンで白い花を検索してエゴノキの花と分かった。先日、妹からのラインにもエゴノキの写真が、でも花のアップではなく樹全体だったから花の美しさまで感じなかった。僕が散歩で見たエゴの花は雨に濡れていた所為か美味しそうに見えた。そしてパソコンにはエゴノキは歌舞伎や人形浄瑠璃で演じられる先代萩として有名な事も知った。先代萩は伊達騒動が題材、僕は伊達騒動と言えば甲斐は死にモミの樹は残った、の映画は覚えているが何故、エゴノキ(チサノキ)がと疑問に感じた。昼食後、もう一度、エゴノキの花を見に三井寺へ向かうと千団子(善神堂)前の池の傍でも白い花が咲いていた。朝に見た花よりも小さく見えるがエゴノキの花ではと写真に撮るも自信が無く、朝に見かけた場所に咲く花を見るべく向かうと同じ大きさの白い花が咲いている、美しさは感じるが美味しさは消えていた。でも何十年も散歩していてエゴノキの花を認識したのが今日ではエゴノキに謝らねばと思った。花は五月の眩い日を受けて一段と美しさを増していた。ネットの記述にはエゴの若い実は石鹸代わりに利用された事も伝えていた。そのエゴノキを見上げると子供の頃、三井寺の境内を流れる川で小さなエゴの実をこすり泡立てて石鹸の変わりにして遊んだ思い出がおぼろげにうかんだ。日常の中で見落としている大切な事も多いのではと思いながら又エゴノキを見上げ自分の不甲斐なさを反省した。

湖岸ではアオサギが哲学者の様に佇んでいた。

ファンタージーな夢を?

2019/05/20

昨夜、ファンタージーな夢を見た。場所は、竹生島付近の湖上に停泊する観光船?のデッキから見る琵琶湖の風景は僕が一度も見たことの無いSF映画(夢の映画)の世界で超自然的美しさの光景広がり湖面は鏡の様に静かで銀色に輝いていた。其の湖面に誘われ何故か僕は水上を素足で浮いて二足歩行で進んでいる、そして船員に呼ばれて船に近付き荷物を持たされると重さに耐えかねて胸まで水がくるが泳ぐ事はなく躊躇しているところで夢から覚めた。そして足裏には水の上を歩いた感触が少しあり不思議に思った。そして本当に琵琶湖上を歩いたのではと浮遊感の残っている体を起すと現実に戻りほっとした。久しぶりの不思議な夢は、超能力や超常現象が在ればと思っている潜在能力が作用したのではと考えながらカーテンを開け朝を確認した。


今朝の三井寺の散歩ではギンリュウソウが咲く場所に急いだ、今日は研究者のIさんを其の花の咲いている場所へと案内する事になっているからだ。その場所に着くと銀竜草は昨日よりも白く美しく輝いていた、まるで来訪者を待っている様に見え花に軽くありがとうと会釈した。

時代は・・・

2019/05/19

時代はと・・考える様では歳を取った所為だと自分に笑った。千団子さんの雰囲気も随分と変化したと門前で行われている芸能際を見ておもった。数十年前からお上?のお達しで露店は境内だけと規制されてから今の状況だ。以前は疎水鹿関橋から三井寺境内までの道路の両側は色んな業種の露店が並び祭りへ向かう大勢の人で埋め尽くされた。そして境内は植木と苗を売る店が多くを占めていた。善神堂と池の間には拝殿が在った時代は見世物小屋や覗きからくりらの興行は拝殿南横と限られていた。池に架かる石橋を渡るのも待たねばならぬほどの混雑した時代が在ったと言っても信じる人は少ないと千団子さんの賑わいを写真に撮った。現代は何もかもが整然と清潔で美しく見えてしまい祭りで感じるカオス的な雰囲気が消え、寂しく感じるのは、やはり歳の所為と思った。一方、湖岸では爽やかな五月も後わずかとなり好天を惜しむように家族ずれが釣りを楽しんでいた。そして三井寺境内の池ではモリアオガエルが樹上で雨の降るのを待っている様に見え梅雨が近いと感じた。

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