梅雨入り
2022/06/14
テレビの天気予報が近畿地方が梅雨入りしたと伝えていた。昨日はハロ現象がお天気は下り坂を予想してくれた通り雨となった。朝の散歩は何時も二本ストックのノルディックウオーキングだが、雨の日はストック使えず傘をさしての散歩は速度が落ちるので時間が少し伸びる、そして今日は境内の一切納経堂の傍らに咲く菩提樹の写真を撮ったから何時もの散歩時間30分を遥かにオーバーした。菩提樹をパソコンで調べると、日本で咲く菩提樹は中国原産でシナノキ科で仏教の開祖ゴータマ・ブッタが菩提樹の根元で悟りを開いたと言われているインド産の菩提樹はクワ科イチジク属だ、そしてドイツの菩提樹もあり、それぞれ花の形も違う事もわかった。菩提樹の甘いエキゾチックな香りは僕はインド的に感じるのは仏教寺院三井寺に咲いているからではと、菩提樹の木を見上げた。昼食後、雨が少し止んだ好きに湖岸ポタリングに出かけた。浜大津湖岸から琵琶湖を眺めると乱層雲が低く立ち込め今にも雨が降りだす気配を感じ短めの湖岸ポタリングとなった。
ハロ現象
2022/06/13
ハロ現象は頻繁に見られるので態々撮るほどの気象現象でもないと今まで写真に撮ることはなかった。最近テレビの天気予報ではハロが出ると映像が映し出されることが多くなった。それに刺激され、ならば僕も撮ってやろうと最近、空を見上げるもハロは見られず、諦めていた。今朝の散歩で三井寺の展望台から空を見ると薄雲が広がり、ハロが期待できるのではと帰宅後、直ぐに湖岸ポタリングに出かけた。ハロ現象を撮るには広い湖岸が良いとワイドレンズを付けたデジカメを持った筈がカメラを間違えていたことに気づいたのは浜大津港に到着してからだ。持参カメラで撮影するもイマイチな写真だ。ポケットからスマホを出して撮り、確認するとスマホの方が良い構図で撮れていた。最近のスマホは性能も良くなり普通に見るくらいならスマホで充分だ。でも大伸ばしや記録写真はデーターの大きいデジカメが有利だ。暫く湖岸でハロ現象を楽しんだ。そして観天望気ではハロ・・太陽が笠を被ると、お天気は下り坂と昔から言われている通り夕方には厚い雲で空全体が覆われて誰が見ても明日は雨と予報するだろうと雲に覆われた琵琶湖を写真に撮った。
ハロ現象、一枚目デジイチ二枚目スマホで撮りました。
青空は何故青い・・・
2022/06/12
青空を見上げて、何故青空は青いと真面目に空に問うてみた。返事が無いのでパソコンで・・・太陽光線の中で波長の短い青色光線が酸素や窒素の粒子に当たり散乱するから青く見える・・・散乱する現場を見ていなくても確かめようがないので信用するしかないと今日も青空を見上げて、もし赤色光線だけが散乱していたら赤空・・夕焼け空が一日中続けば気が狂うのではと青空を見てホッとした。青空の下、湖岸ポタリングを楽しんでいると心臓の脈が狂うのか少し間、空白を感じる時があり、僕は青空の中に雲が在る方が体調は良いのではとゆっくりと自転車のペダルを漕いだ。82年間修理もせずに動いているエンジン(心臓)にも限界が近づいていることは確かなことだと自覚した。梅雨入り間近の青空に魅せられながら青い空、青い琵琶湖の青色空間を自転車で進むと飛行機で空を飛んでいる様に感じるのは空が飛びたい飛行老人だからと空を見上げた。
湖岸叙景
2022/06/11
お天気がイマイチでは気力が湧いてこないが、何時もの三井寺への散歩をすませ、雨の降る前に湖岸ポタリングを済ませようと帰る間もなく湖岸へ向かった。乗船ターミナルは少し賑わっていた。湖畔の紫陽花を見るも写欲が沸かずにパスした。打出浜から琵琶湖を眺めると雲は低く乱層雲?積雲が高度3000フィート辺りで漂っている、間もなく雨が降り出す予感が、今日は此処までと自転車のハンドルを切って帰路についた。
我が家の紫陽花は今年は駄目かとおもっていたら花は小振りながら綺麗に咲いてくれた。
坂本の町並み
2022/06/10
七週間毎に検診を受けているが時間が余りにも早く過ぎるのが納得できずに坂本のKクリニックへ向かった。行はJR湖西線で向かうのが最近の習わしになった。高架から眺める車窓風景は見晴らしは良いが親近感が乏しいのと乗車時間が短いのと、魅力も乏しくデジカメを出すことは無かった。クリニックは予約制で時間ロスもなく終わった、もちろん異常なしだ。昼食は坂本名物鶴喜蕎麦と決めているので・・11時半なのに表で待っている人いた。名前を書いて待つ間、町並みをデジカメで撮った。隣の菓子屋鶴屋がシャッターが下りているので、近づくと錆びたシャッターが営業を止めた、ことを知らせていた。僕は36歳まで家業(紙函)で、坂本地区の菓子屋に紙函や包装紙らを収めていた頃は、広栄堂、鶴屋、野村湖月堂、藤屋?らの菓子屋が多く存在していた。今では広栄堂だけと?なった。シャッターが閉ざされた鶴屋を見ていると1970年代の町が未だ活気があった頃を懐かしく思い出した。大津で唯一古い町並みが残っていて瓦屋根の美しい民家も何れは消えるのかと静にデジカメのシャッターを切った。帰路は京阪京津線で車窓風景を楽しんだ。開けた田園地帯の面影は既に無く、少し残る田畑も住宅地へと変わるのは時間の問題と思いながら写真を撮った。住宅の隙間から見える近江富士が寂しそうに見えた。

















