10年に一度の・・・
2023/01/25
十年に一度と言われている寒波は本当にと、少し疑っていたが・・やって来た。昨夜は大阪に務める長男はJR京都線の寒波と雪が原因でポイント故障して電車がストップ、そして長岡京駅から淀駅(京阪)まで歩き、大津まで帰宅できたのはラッキーだった。ニュースでは7時間も電車に閉じ込められた乗客もあった事や、多くの電車が止まった事を知った。AIテクノロジーで近代化された交通システムの脆弱さをおもいしらされた。そして我が国の危機管理システムは機能しているのかと、少し心配になってきた。でも寒波のお陰で僕は雪景色を楽しめ、今日はカメラを持って三井寺、湖岸へと大忙しの日となった。でも今日は雪が残る道路は凍っていて自転車は危険なので歩いての行動となった。三井寺の積雪は15センチとクロカンスキーで歩くほど積もらなかった。軽登山靴で踏みしめる雪の感触は山スキーをやっていた頃を思い出させてくれた。午後は湖岸へ向かい、雪景色を楽しんだ。僕は83歳になろうとする今も雪を見ると心が高ぶるのは、山スキーで雪山を駆け巡りたい気持ちがあるからだとおもった。そして雪で有頂天になって整形外科でのリハビリを忘れていた事に気づくも時遅しだった。
雪やこんこん・・
2023/01/24
連日、メディアが10年に一度の大雪と燥いでいる、テレビが無かった頃は大雪は新聞かラジオで知るくらいで、こんなに大騒ぎしなかったのではと、雪の降らない空を見上げた。午後、急に雪が降り出し気温も下がった、もう少し積もるかとおもったが、止んだので湖岸ポタリングに出かけた。浜大津湖岸から琵琶湖を眺めると雪雲が此方に向かっているのが確認できた。湖上を覆い始める雪雲の美しさをデジカメに撮り、雪の降る前に帰路についた。雪が降る予報を聞くと、スキーをしなくても胸騒ぎがするのは、雪が好きだからだ。夕食後、外の様子を見ると、道路が白くなっていた。急いでデジカメを持って疎水の鹿関橋へ出かけた。デジカメの感度を上げて久しぶりの雪景色を撮った。フイルム時代なら三脚がなければ撮れなかった夜景も手持ちで撮れるからと、便利な時代に感謝しながらシャッターを切った。明日の積雪は期待できそうだ。久しぶりにクロカンスキーを履こうと思いながら降る雪を見ながら雪やこんこんと呟いた。
一枚目写真は五線譜?に集うムクドリが音楽を?・・やかましく騒いでいるムクドリを撮った。
身近な叙景
2023/01/23
我が家の周辺も大きく様変わりし始めた。裏隣のN宅が解体され、その後に小さな集合住宅が建設中だ。我が家の小さな庭から見えた三井寺の山も見えなくなり、西陽が差し込まなくなった。秋の斜光が差し込む庭の見える部屋は、自然の営みが感じられ、祖母が秋になると、日差しが畳の目ほどに毎日、日が短くなると言っていた情景がもう見られなくなると思うと少し寂しくなった。三井寺にも近く、もうちっと真品、住宅が出来ると思ったらダイワハウスの三階建ての集合住宅が建設中だ。お陰で山も見えなくなり我が家の魅力は半減した。味気ないプレハブ的な集合住宅が建つ風致地区では意味がないと大津市の行政に不満が募った。和風建築の家は数える程になった。新しく出来た家が立ち並ぶ様はけっして美しいとは思わない、せめて三井寺の門前町としての景観は守って行かなければならなかったが、大津市の行政が景観に対して価値観を持っていないからだと変わりゆく、ご近所の魅力のない町並みを見渡すと、我が町を愛おしくおもう気持ちが失せてしまうのが無念だ。夕方、湖岸ポタリングに出かけ、湖岸に佇んで暗く沈む琵琶湖を眺めていると、琵琶湖がホモ・サピエンスの時間などほんの一瞬のことと言っているように見えると、心が鎮まってきた。
浜大津叙景
2023/01/22
寒波襲来を期待していたが雪も降らず、三井寺の雪景色は見れなかった。休日で三井寺の境内は人の姿が彼方此方で見られ賑わっていた。浜大津港の観光船乗り場は人影も疎らで寂しい休日風景だ。春節の中国から日本を訪れる人も少なく浜大津港の賑わいが戻るのは春の観光シーズンからではとおもった。ユリカモメに餌を与える人がいないのか最近は湖上に浮かんでいる時間が多くなった。今日も琵琶湖上空の雲の美術館は昨日に続き楽しませてもらった。
雪雲の琵琶湖夕景
2023/01/21
昨日に続き素晴らしい雪雲の琵琶湖を楽しませてもらった。浜大津湖岸に佇んで眺める琵琶湖夕景の迫力ある光景を眺めていると日頃の小さな悩みなど消えてしまった。毎日、デジカメで記録写真的に撮っているが、実際の僕の感じている大気の移ろいの中で繰り広げられる迫力を写真で伝えることは不可能なことだと思いながら今日もデジカメのシャッターを切った。
今日、読書中の「死にがいを 求めて 生きているの」(朝井リョウ著)を読み終えた。久しぶり青春物?少年から青年が生きる平成時代の物語は僕の生きた戦後20年の少年時代から青年時代とのギャップを感じながらも楽しく読めたのは、僕を平成時代の少年に若返りさせてくれたからかも???自分にとっての死にがいは???

















