中島省三の湖畔通信

青空の怖さ

2022/06/04

今日も琵琶湖の上空には雲もなく青空が広がっている、湖岸に佇んで空を見上げても不安を感じることがない青空だと思った。以前読んだ、藤原新也の全東洋街道(下)の中、空の住居で藤原氏が空の青は深海のように青黒く、それを見ていると、高い所に立った時のように身体がゾクッとして、真青な空の方に落ちて行くような気がする。と語っている、そんな怖さを感じる青空を見たことはないが1980年代に赤道直下のセイシェルへ取材で訪れた時に見た青空の印象が強く、帰ってから琵琶湖を空から撮影しようとするも青空が冴えないので何日も撮影を延ばしていたがインド洋の真ん中と日本では違うと諦めて八尾空港へ向かった事を思い出した。そして春の山スキーで御岳山頂から見た青空も美しかったが怖さは感じなかった。僕の操縦した飛行機は3000メートルが限度だ、今日も青空を見ていると、高性能の飛行機なら一万メートルの高さで怖いほど真青な空を飛行して大空の深海へとダイブして見たいと、空を見上げると心なしか体が少し軽くなった、気がした。

ベースロード電源

2022/06/03

ロシアがウクライナに侵攻して早、三ヶ月が過ぎた。ウクライナでは多くの市民が犠牲となり、町が破壊尽くされ、今なお戦闘は続いていて停戦の兆しも見えない、一刻も早く停戦条約が結ばれる事を願うしかないと今日もニュースを見た。そして天然ガスの供給はロシアに対する経済制裁で使用も制限される中、また原発がベースロード電源として見直され始めた。今日も琵琶湖は北西風が吹いていた。若狭の原発群には老朽原発があり、再稼働が準備されているが、もし老朽原発が事故を起こせば琵琶湖が放射能に汚染されれば近畿1400万人の命の水が失われる事は誰もが知っている事だ。打出浜では小学生が課外授業?で湖岸を訪れていた。先生は子どもたちに琵琶湖の彼方に原発が多くある事を教えているのだろうかと黄色の帽子の学童を見送った。

青空の思考

2022/06/02

デジカメのファインダーの中は青色世界だ。少年時代から青色が好きで何時も空を見上げていた。近くに在った練兵場から離陸した、赤トンボと言われる少年航空兵が練習する中間練習機が青空で宙返りをしていた。其の青空から77年の時が流れた。今日の青空は空中戦の練習する飛行機など見当たらない真っ青な青空をスマホで撮ってFBにアップした。その青空フォトを見て、友人のHさんが素晴らしいコメントを送ってくれた。其のコメントは「もはや物は存在しない!?」であった。改めてパソコンにアップした青空を見て、僕の青空の思考はと考えた。毎日、毎日、湖岸に佇み琵琶湖と空を見上げ何回デジカメのシャッターを切って写真を撮ったことかと振り返るも何も答えは帰ってこない、今日も青空が広がるだけで何も変わりはしないと、また自転車を出して湖岸へ向かった。湖岸に佇んで青空を見ているとアーサーCクラークのSF小説「地球幼年期の終わり」を思い出した。そしてHさんのコメント もはや物は存在しない を思い浮かべ青空を見た。

映画が熱く語られた時代・・・

2022/06/01

今日も「第一藝文社をさがして」(早田リツ子著)を少し読んだ。僕の生まれる前の大津で出版社を立ち上げた、中塚道祐が芸術に関する本を出版していた話を此の本を通じて初めて知った。1930年代と言えば日本が戦争へと突き進んで行く時代で、国家権力が個人の自由な表現を厳しく取り締まる中で芸術家が苦労しながら人間として製作活動をする様子が表された第三章映画出版へ、は映画に関わる人達の映画に対する熱い気持ちが伝わってきた。季刊「シナリオ研究」では十人会が中心となり第一藝文社から刊行されたことや、厳しい映画批評など映画芸術に対する真剣さが伝わってきて、其の時代の映画を見たくなった。僕が戦前の映画で見たのは山中貞夫監督の「人情紙風船」だけだ。本の中では伊丹万作、伊藤大輔、溝口健二、小津安二郎、成瀬巳喜男、稲垣浩、ら名監督の名前が出てくるが戦前に制作された映画は見ていないが、厳しい検閲を受け出来上がった映画は監督の思いがどれだけ表現できたのかと想像するだけだ。検閲を受けながらも映画人として庶民の気持ちを表現したのではと思いながらページを繰った。中塚道祐の協力者の北川、杉本氏のその後にも話を進める内容は興味を持ちながら楽しく読めた。第一藝文社が京都へ移った状況でも場所まで分かり、数年前に何気なく撮影した光華寮が中塚氏が拠点とした北白川の洛東アパートメントと分かり、此の本に親しみを感じた。今日は障害児教育の先駆者田村一二さんの名前がでてきた、そして「手をつなぐ子等」を書かれたことも知り、そして稲垣浩が監督した映画「手をつなぐ子等」をテレビで見たことを思い出したりで楽しい読書が出来た。

再読したい小説

2022/05/31

もう一度読みたいと思っていた佐藤泰志の「海炭市叙景」を数日前に読み終えた。佐藤泰志は何回も芥川賞候補作に選ばれるも賞には届かなかった。本に記された経歴では1990年に自殺とあった、小説は明るくは無いが淡々と綴られる名も無き人の物語は何気ない生活の中で生きる人物像が等身大で親しみを感じ、何処の町にでもいる人達が主役の小説は再読して佐藤泰志の素晴らしさを再認識した。映画化された作品も何本か見たが残念ながら「海炭市叙景」は見ていない気になる作品だ。短編で構成された物語を脚本家がどのような物語に組み立てているのかと想像しても楽しくなった。映画は小説と違い、物足りなさも感じるが「オーバーフェンス」は楽しく見られた。佐藤泰志の小説は映像が立ち上がってきて映画を見ているような気分になるから不思議だ。再読した「海炭市叙景」第二章の6黒い森 では開発が進む郊外を背景に家族内で起きる日常を描いた短編は身近で誰でも起きる物語だ。何でもない日常を短編小説に出来る作家が何故、命を・・と考えながらテレビから流れる直木賞作家の全国行脚へ物々しく出発するニュースを見た。

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