街も湖岸も賑わいが・・・
2021/11/06
今日は友人の陶芸作品が展示されている草津市へ、友人4人と向かった。車も免許も無いからと出品者のOさんが車で迎えに来てくれ、順次、仲間を拾いながらキラリエ草津へと、久しぶりの車で他都市へと言っても、お隣の草津市だ。何時もOさんの運転は安心感があり助手席で緊張することもなかった。駅前にあるキラリエ草津は公営の建物だが新しくて明るい施設だが、少し角ばった感じは、お役所の建物とおもった。Oさんの参加する陶芸好きの仲間らが集う山寺天井窯第10回陶芸作品展は5階で開催されていた。余りにも多い作品が展示されているので驚いた。陶芸ブームとは、此のような情景を見れば納得できた。そして目指すはOさんの作品へと足を運んだ。Oさんの作品はユニークで他の作品とは一線を画しているから直ぐにわかった。他の作品の中にも素晴らしいものもあるが、作品が多すぎ大型店で買い物をするのが苦手な僕は少し疲れてしまった。友人らと会場を出ると草津の町は大津よりも人通りがあるとおもいながら、大津には無い百貨店へと食事に向かった。そして帰宅後、湖岸ポタリングで、におの浜へ向かうと、イベント湖上マーケットの行われている湖畔は賑わっていた。平常と違うのは参加者が全員マスクを着けているからコロナ禍時代だと分かるが、大勢の人で賑わう光景は二年ぶりとデジカメのシャッターを押した。そして自分のマスクを確かめ、コロナはまだ終息していないと我に返った。
48年前に買った本
2021/11/05
本を買おうと新聞の書評欄を見ても今回は興味ある本がなく、以前に買った本を探した。使わなくなったカメラを並べている棚の後ろで、数冊見つけた。其の中の一冊「心貧しき者の本」(串田孫一著)を手にとるとカビの匂いが少し、そして埃が・・何時買ったのかと発行日を、昭和48年3月とあり、48年も読まずにいた本に申し訳なくおもった。1973年と言えば僕は飛行機や登山、スキーと外遊びで、呆けていた時代だ、正しく心貧しき暮しをしていたな、と当時を振り返りかえった。本を開くと48年前の時間の匂いが漂ってきたと言ってもカビ臭をともなった、懐かしい昭和の時代を読み始めた。文章はエッセイで読みやすく、昭和の時代の生活や習慣が随所に現れてタイムスリップをした様におもえた。時代は昭和30年代から40年代のまだ長閑さの残っている時代は便利な機器が出始め生活様式が変化し始めた頃だ。環境問題も身近な所では起こっていなかったのではと本を読み進めた。作家(串田孫一)の身近な話題を淡々と語り綴ったエッセイを読みながら、僕の心貧しかった時代に読んでいれば、もっと違った生き方も出来たのではと思った。まだ半分も読んでいないが、「心貧しき者の本」は心が豊かな人が書いた本でと思いながら本を閉じ、ゆっくり読もうと表紙を眺めた。
コロナは終息していないのに・・・・
2021/11/04
今年は秋を感じる間もなく冬が来た感じだ。朝から弱いながらも北西風が吹いて琵琶湖は冬型の様相だ。でも気温は平年並みで寒くはなかった。浜大津港近くの広場ではイベントの準備でテントが多く張られている、打出浜からにおの浜の湖岸でも木々の傍らにはライトが設置されたり、遊歩道の脇にはプランタが並べられ、少し道が狭く感じるが通行に問題ないようだ。湖岸の桟橋には大きな浮き桟橋?が横付けされ湖上マーケットが開催予定とポスターらしきモノが貼られていた。行政も関係している秋のイベントかと状況をデジカメに収めた。最近では、県内のコロナ感染者も少なくなり、ひと桁代が続いているが、コロナが終息した訳ではないのに、イベントを急いで演ることもないのではとおもいながら湖岸ポタリングで走った。僕が心配なのは琵琶湖の水位が低く何時も此の時期は台風らの影響で平常水位を保っていた筈と琵琶湖を眺めた。
湖岸清掃
2021/11/03
ボランティアの湖岸清掃もコロナ禍で中止されていたが、今日、ボランティアの団体組織?会社関係?の人達がにおの浜に集結していた。大勢の人達はゴミ袋とゴミバサミを持って湖岸に捨てられているペットポトルや空き缶らを拾い集めている光景は久しぶりとデジカメのシャッターを押した。浜大津近辺では心無い人達が無造作にコンビニで買った食品のプラゴミ、ペットポトルらを捨てたまま立ち去る事が多く、ゴミが散らばっているのを見かける、でも気がつくとゴミは無くなっているのは個人で清掃をしている人を見かける事があり、声を上げるより黙って行動する人が湖岸を綺麗にしている事に気づいた。僕が時々、見かける人達は一人で行動されていて、男性、女性が、さり気なくゴミを拾う姿を見かけ、頭が下がるおもいだ。本当のボランティアとおもった。僕も写真を撮っている時に、足元にあるペットポトルを拾う時もあるが、其れは汚れていないものだけだと少し反省しながら湖岸を走った。膳所由美浜で折り返し打出浜まで来ると、清掃作業をする人達のゴミ袋には拾い集めたゴミが詰まっていた。今回のボランティア団体は凄いなと思いながらペダルを漕いだ。
アルゴリズム
2021/11/02
衆院議員選挙報道でもアルゴリズムを利用して、投票が終わると同時に始まったテレビ放送が開票も済んでいないのに当確を発表するのもアルゴリズムかとおもった。今日、「アルゴリズムの時代」(アンナ・フライ著)を読み終えた。アルゴリズムをパソコンでグウグルと「コンピューターにさせる計算の手順、やり方」と簡単に教えてくれるが・・ホモ・サピエンスの色んな情報を集めてコンピューターが整理したものと僕は理解した。本「アルゴリズムの時代」は影響力、データ、正義、医療、車、犯罪、芸術と7つに別けて、楽しく興味を感じながらアルゴリズムが如何に現代社会に入り込んでいるかを教えてくれた。正義の章では裁判に利用された例をあげて、アルゴリズムに便りすぎると誤審の可能性が高く、やはり人間が主で判断しなければと語っていた。犯罪の章ではアルゴリズムが写真らのデータで判断した結果、誤認逮捕に結びつく重大な事件のことも知った。そして車の章では自動運転のアルゴリズムはまだ完成には程遠い現状も知らせてくれた。航空機の自動操縦に慣れたパイロットが緊急事態で手動操作で飛行機をコントロール出来ずに墜落した事も本に在った。著者は「結論 機会とともに生きる時代として」最終章では、機械を客観性の権化のように崇めるのではなく、強力な武器の一つとして使うのだ。アルゴリズムの判断を鵜呑みせずに、真意を精査して、人間の感情を理解し、誰が得をするのか明確にし、アルゴリズムの間違いを正し、現状に甘んじないようにする。これこそがアルゴリズムがあらゆる意味で社会のために役立つ未来を作るためのカギになる。そして最後には、アルゴリズムの時代には、これまで以上に人が重要な役目を果たすのだ。と最後に記していた。毎日、使う、スマホやパソコンではアルゴリズムが使用されている、これから先、アルゴリズムに翻弄されないように上手くお付き合いをしたいとおもった。

















