中島省三の湖畔通信

雲の美術館は秋の展示に

2021/10/27

大津は琵琶湖があるお陰で、湖岸へ出れば広い空間があり大空を見渡す事が出来る、今日も湖岸ポタリングで空を見上げると巻雲、巻積雲が青空の中で乱舞していた。雲の美術館では二度と同じ作品を展示しないから、確りと脳に記憶しなければと素晴らしい雲の作品を楽しんだ。僕の好きな本「雲の名前」そして「雲を愛する技術」の中に掲載されている雲の写真と同じ雲は現れた事がない、雲は何時も一回きりの出会いだ。毎日、撮っている琵琶湖と雲の風景の記録はデジタル保存している、でも刹那に見る雲の素晴らしさには勝てないと巻雲の乱舞する姿に魅了された。秋の雲の美術館を堪能させてもらったお陰で、ストレスも吹っ飛んだ。今日はチマチマした地上のお話は、お休みにさせてもらった。

琵琶湖ムラ?

2021/10/26

先日、読み終えた「日本文化における時間と空間」の中で語られた、内容とは程遠いが、僕が81年間、今も暮している琵琶湖南湖の大津市から漂白することもなかった、時間は全て琵琶湖ムラで暮した、今とここでの体験時間では世界の情勢等は分かっていないに等しいとおもった。今更、世界の見聞をと考えても無理なことと諦めるしか無いと、今日も琵琶湖をポタリングした。町中は狭く息苦しいが湖岸へ出ると日本一大きな琵琶湖の空間が息苦しさを開放してくれる、内陸部では最高の立地条件のホモ・サピエンスの暮らせる土地だ。長く安定した閉鎖空間でムラとしての存在感はあるが、時代の流れ乗れずに、発展から取り残されているように思われているが、僕はそうはおもっていない、こらからの時代に必要な空間が琵琶湖によって確保されているとおもった。何もない空間の大切さが必要な時代がきていると琵琶湖を眺めた。そして今回の衆院選では少しムラ社会から抜け出た結果が出て欲しいと願った。

そこのみにて光輝く?

2021/10/25

そこのみにて光輝く?は佐藤泰史の小説の題名だ。少し世の中からはみだした人達の物語には心惹かれたことを思い出した。今日は雨で琵琶湖へ出かけることが出来ず、三井寺の散歩だけで終わった。パソコンの前に座って写真をアップしながら、言葉を考えた。今日の題名には合っているのではと、三井寺の林の中で動物の顔をした木のコブの写真は、コアラの様にも見えるから不思議だ。境内に設置された、大型案内液晶ディスプレの画面を見ているとヤモリが中にいた。寒いから中は暖かいのか気持ちよさそうに動いて三井寺の宣伝に協力していた。ヤモリは今年始めて見た。例年なら家の壁などで見かけるのにと・・今年は本当に虫が少なかったと夏を振り返った。金堂へ向かう途中、木にセミが留まっているのを見つけた。其のセミは命は既に途絶えていた。目は白く石の様になっていた。9月の終わり頃にセミの鳴き声を聞いたのが最後だったから随分と時間が過ぎた。急に寒くなった日に命が果てたのかと見ていると、人間世界の即身仏を思い出した。蟻にも食されずに形を残した儘だ、これも空蝉というのだろうかと考えた・・・其々が,そこのみにて光輝いているとおもった。

戻りつつある日常?

2021/10/24

秋の観光シーズンもコロナの非常事態宣言が解除され三週間が過ぎて、日常が戻りつつあのではとおもった。三井寺でも修学旅行生の姿が見られる様になってきた。今日は休日、湖岸ポタリングで膳所方面に向かうと多目的広場ジョイプラザではイベントが行われて賑わっていた。浜大津港も観光船が定期運行している、疎水通船も明日からスタートと聞く、紅葉シーズンはこれからだ、でもコロナが終息したわけではない、海外から届くニュースでもコロナ感染が盛り返してきた国もあるから、油断していると第六波が早まるのではと心配になってきた。用心に越したことはないと気を引き締めた。

写真は休日の浜大津周辺と数日前に撮ったフイルム写真です。

今も我が国はムラ社会?

2021/10/23

木枯らし一号が吹いたと天気予報が知らせていた。打出浜の湖岸に佇んで強い北西風を受け琵琶湖の彼方を見ると自然に若狭原発群が浮かんで来ると、今日の朝日新聞の耕論の記事を思い出した。記事は脱炭素時代のエネルギーについて三人の方が語っていた。消費者の選ぶ電源が残るとして村上朋子さんが、安くない原子力脱却を、は大島堅一さんが、有権者の感心低いまま、は上川竜之進さんが其々の意見を語っていた。今回の選挙では各党が脱炭素社会の問題を大きく取り上げないのは何故なのかと不思議におもったが、今日、読み終えた「日本文化における時間と空間」(加藤周一著)の中で語られる日本の「今とここ」で感じる時間の歴史を理解力不足ながらにも、未だ日本社会は歴史が始まってから今もムラ社会であるのではとおもてしまった。本の中で目にした「大勢順応主義」の文字が大きく残像として心にある、そして外へ目を向ける事のない政治は世界を見ずに国内情勢(ムラ)だけで環境問題を考えているから今、世界は気候変動による環境変化に対応すべく動き始めたのに、我が国の政権を目指す各党は相変わらずムラ社会の考えを捨てきれずに国内だけに目を向けていて世界から遅れるばかりだと心配になった。選挙の公約を見ていると、どれも元をたどれば同じムラの様に思えるのは僕だけではないとおもった。


浜大津港にも少し賑わいが、でもコロナはまだ終息していなとシャッターを押した。

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