中島省三の湖畔通信

テレビの時間は少なく・・・

2021/09/17

最近はテレビを見る時間が少なくなった。原因はソーシャルメディアの影響も大きいとタブレットで台風情報を見ている現状に不思議を感じなくなった。もちろんスマホでも見られるが画面の大きいタブレットが見やすいからだ。そして読書時間も増えた、僕は電子書籍よりも紙媒体の文庫や単行本の方が何時でも読むことを止めるのも操作はいらないし寝転がって手で本を支えていて、間違って顔に落としても痛くないから安全だ。追最近、タブレットを胸に落とした時、顔でなくて良かったと衝撃の大きさに少し驚いた。モノを買う時はやはりパソコンを利用する、落ち着いて大きな画面で商品確認や手続きもキイボードで打ちやすくストレスを感じないからだ。心の何処かにミニマリストに憧れる気持ちがあるのに、デジカメやスマホそしてパソコンらを使用して暮している自分は何者と考える時もあり矛盾した現状を少しでも減らしたいと思うこの頃だ。テレビのニュースが自民党の総裁選の候補者を紹介しているが大統領選なら興味を持って見るんだが、一政党の代表選挙をテレビ挙げて放送している、これで良いのだろうか、メディアはもっと大切な事を報道してほしいと願うも、現代はソーシャルメディアが主流の時代へと変わってしまった。若い人達がテレビの時間には帰ることはないと思いながら時代遅れの爺は選挙報道テレビを消して、タブレットで気になる台風情報を見た。

進化し続けるスマホ

2021/09/16

今日、何時ものカフェ、タイムに寄ると知人のYさんが新しく発表されたiphone13を話題にしてテーブル仲間と会話していた。そして僕にiphone
13のカメラ性能の事で質問を受けた。ピントの合う機構が人間の目の様に見ているものだけにピントが合う仕組み?昔からフイルムで撮られた映画は主役にピントが合っていて他はボケているのはレンズの絞りを明けているので深度が浅く狙った主役にしかピントが合わないからだ。一時ビデオカメラになった折にはパンフ−カス(画面全体に焦点があっている)で平板な画面だったが最近はHDカメラと大口径レンズで主役にピントを合わせ、立体感のある画像になり、フイルム時代を超えたと言われているが、まだフイルムの味に拘った映像作家の映画も制作されているのが殆どがHDカメラだ。アップル社が今回発売するiphone13は合わせたいものにピントが自動的合うそうだ。大きなHDデジタル撮影カメラを使用せずにiphone13で映画を撮れると宣伝していた。もう既にスマホを持てばカメラマンの時代になっていて、ニュース映像等は市井のスマホを持ったカメラマンが撮った映像がテレビニュースで登場するのは日常茶飯事になった。映画も子供時代からスマホを使い簡単に動画を撮っている子供たちが映画を作るようになれば、新しい映画へと、そして誰でもが映画製作者になれる時代になるとおもった。そして棚に飾ってある8ミリフイルム撮影機を眺めながら、デジタルカメラも軈てスマホ(ihone13)に取って代わられ、無用のものに・・8ミリカメラの様に棚に飾られるのか・・デジタルカメラ市場も終焉の時が近いのではと考えるとカメラ好きの年金爺は寂しくなった。

今日の浜大津港では台風に備えて観光船ミシガン号が東向きに係留されていた。三枚目写真はライカで撮ったフイルム写真です。

秋は其処まで

2021/09/15

湖岸ポタリングで湖岸に咲いている彼岸花を見つけ、もう秋は其処まで来ているのだとデジカメで花を撮った。今年の夏は酷暑を感じずに、終わりそうだ。お陰で夏バテせずに済んだが、何故か物足りなくおもうのはジリジリと照りつける太陽光を浴び汗を滴らせながら湖岸ポタリングが出来なかったからだ。秋雨前線の停滞で梅雨を二度も感じ、おまけに大雨で大津市内でも被害が出た、そして我が家の前も川の様になり消防団の方に土嚢を積んでもらった事も今では思い出へと記憶された。今日は陽射しも優しく秋を感じさせてくれた。打出浜から湖面を見ると藻の塊が幾つも見え、浜大津の沖合ではスーパーかいつぶり号が活躍していた。少し琵琶湖の水位も下がったままでは心配だ、台風14号が雨を運んできてくれる事を願いながら膳所公園へ自転車を進めた。

日常と非日常

2021/09/14

コロナ禍での暮しが一年半が過ぎた、以前の日常を思い出す事も少なくなり今の現状が日常ではと今日もカメラを持って湖岸ポタリングに出かけた。浜大津港の寂れ様も見慣れて日常になった。湖岸の駐車場もコロナの非情事態宣言で閉鎖されているが、普段営業している時もガラ空きが日常だ。におの浜に在った西部百貨店の姿は完全に消えた。最初は建物もあり存在感を示していたが解体工事が始まると一年も経たずに更地になってしまった。広々とした空間には一二年すれば、大きな函が出来て、その眺めが日常になる日も近いのではと工事現場を写真に撮った。コロナ禍ではあるが日常の時間は流れていると自転車のペダルを漕ぐと少し先へと進む日常を待つしかないと思いながら帰路についた。

「私の動物図鑑」

2021/09/13

「私の動物図鑑」の著者深尾道典さんは友人でもあり映画関係の大先輩である、最近は深尾さんも高齢で体調を崩され、お話をする機会も無くなった。深尾さんは脚本家でもありラジオドラマ(NHK)の放送で聞いたこともあった。そして東映の映画監督でもあったこともあり映画の裏話も今では楽しい思い出となった。「私の動物図鑑」は頂いてから随分と時間が過ぎてしまった。一月ほど前に深尾さんから電話があり、目も悪くなり体調も悪く出かける機会も無く家で暮している現況を知らされた。僕は映画を作ると言っても自主制作の16ミリ映画でシナリオもなく勝手に自己表現するのが落ちだが、深尾さんは脚本家で筋道をたてながら何時も話をされるので勉強になった。友人や知人から頂いた本だけを並べた中に「私の動物図鑑」が目につき手に取った。本を開くと何時も読む小説とは違いシナリオ形式で最初は読みづらいと思ったが、場所や状況がト書きで説明されているので映像が浮かびやすく深尾さんが描く地方、東近江(八日市や五個荘)の戦前と戦後の佇まいが本の中で立ち上がってきて物語を楽しく読ませてくれた。深尾さんの少年時代を元にしたフィクションだが、半分くらいは私小説ではとおもった。八日市には飛行場があった戦時中の話は僕も戦前生まれ1940年なので木炭車や当時の生活、そして方言に出てくる言葉の末尾にほん、を付ける会話は彦根と同じで親しみを感じた。本に出てくる動物は馬や鶏そして蛔虫を下すために飲む海人草の話しなどには微かな思い出として浮かんできた。其々は短編で綴られた戦前から戦後へと変化する東近江の未だ時間が長閑に流れた時代の物語は気ぜわしい現代では体験することの出来ない過去の時間となってしまった。深尾さんが元気になられたら、此の本を話題にして会話したいなと本を閉じた。

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる