持続可能な開発目標
2021/09/22
最近、よく出てくるSDGsは持続可能な開発目標として17項目が掲げられた、言葉だ。僕の嫌いな言葉は地球のために、から始まる環境運動は素直に好きになれない、最初から人間が住めなくなっては困るから始めた運動と素直に言えば僕も納得するのだが、今回のSDGsも人間の為、だけの事を考えた運動だと僕は理解しているからだ。人類が滅びても地球は絶対に滅ばないのは皆、知っていることだ。そして17項目の13番目で気候変動で具体的な対策・・14番目海の豊かさを守ろう15番目陸の豊かさを守ろうである、何で人間が上から目線で今更、地球の資源を食い尽くしながら言える言葉ではないと思った。恥を知らない生物の代表が人間であることは確かだ。今日の湖岸ポタリングで打出浜に来てみると新しく出来た小さな施設、湖岸の給水スポットはSDGs絡みの企画だ、近くへ寄ると市の企業局の人がペットポトルの減量を目指してマイボトルに給水出来る施設だと説明してくれた。琵琶湖のプラスチック問題の原因はペットポトルが多くを占めているらしいが、僕は湖岸近くに在る自動販売機を無くすのが良いのではと、給水施設を写真に撮った。マイボトルをセットしてボタンを押すと水が出る仕組みも電気機器では耐用年数も限られているのでは、十年後には大きな粗大ごみにならなければと少し心配しながら、其の場を離れた。
楽しく読めない本?
2021/09/21
今読んでいる「インスタグラム」サラ・フライヤー著は楽しくない本だ。新聞の書評を読んで買ったが今回は自分の好きな分野ではなかった。ソーシャルネットワークの世界で繰り広げられる開発競争はお金が第一主義で興味が半減するもネット社会の負の部分も知りたくて諦めずに読んでいるのが実情だ。フェースブックやインスタグラムで日常的行わる誘導操作や「いいね」マークを得るための作業を請け負う会社?の存在等をしると、急にSNSの世界には嫌気がしてきた。スマホの画面に広がるSNSの世界はもう誰も止める事は出来ないとおもうと空恐ろしくなるばかりだ。でも僕は幸いスマホを見る時間も少ない、今日も湖岸ポタリングや散歩と戸外ですごすことが多いが・・・でもスマホで写真を撮ってSNSへ投稿している自分がいることに矛盾を感じた。
今日もAmazonnプライムで映画を見た。
2021/09/20
便利なものを批判する気持ちは持ち続けたままだが、今日も午後、パソコンでAmazonnプライムビデオで映画を見た。この映画も友人MOROさんがメールで知らせてくれた、題名「永遠の門ゴッホの見た未来」2018年イギリス・フランス・アメリカ制作111分監督ジュリアン・シュナーベルをパソコンで見た。ゴッホの絵画にスポットを当てた作品かと思っていたらゴッホその人に焦点を当てた映画は初めて見た。手持ち撮影で適当にブレる映像がゴッホの息遣いを伝えてくれた、最近のカメラワークなら防震装置のスタディーカム等を使用してブレない画面で見せるのだがと思いながら映像も楽しめた。本来なら映画館で見る作品だったと少し反省した。日頃からGAFAらが牛耳る資本主義経済を快く思っていないのに、最近はアマゾンで買い物を、おまけにプライム会員にまで誘導され、プライムビデオで映画観賞とは如何に、自分の矛盾したライフスタイルが忌々しい限りの現状に苦笑いで済ますしかないのかと考えた。でもグウグルを使って検索したり、FBに毎日写真を投稿しているのが日常では、正しく愚か者のだと思いながらも、ソーシャルネットワークに取り込まれて身動き出来なくなるのは目に見えていると、未来を考えると霧の中で、何も見えてこないのが現実で、完全にアンネイブルコントロール状態だ。ソーシャルネットワークを遮断して助けを求めても救助者は現れないのが現代の怖さだとおもうと今夜の夢も怖そうだ。
愚か者の時代?
2021/09/19
晴天に誘われて、東へ北へと湖岸ポタリングを楽しんだ。そして気になる8月の豪雨で川床が土砂で埋まった、柳川の作業状況を見に行った。ブランチ大津京の北側を流れている柳川は二週間ほど前は土砂で川床が見えなかったが搬出工事が進み今日は川床が見え水の流れも確認できた。河口の柳が崎では搬出された砂が山の様になっていた。写真を撮りながら、身近な処で気候変動の影響で起きる豪雨災害の恐ろしさを感じた。そして先日、僕の友人MOROさんがメールで気候変動をテーマにした、映画を知らせてくれた事を思い出した。帰宅後、パソコンの前に座り、Amazonnのプライムビデオで、その映画「愚か者の時代」イギリス2009年制作、監督フラニー・アームストロングのDVDを見た。物語は2055年人類が絶滅して北極にある人類の資料保存館で一人の男がコンピューターで2005年ごろのからのアーカイブ映像を引き出しながら人間の不条理で不都合な社会や人間の様子を映し出しながら消費経済資本主義による社会活動で起きる環境破壊を見せながら、2015年が地球温暖化の転換点だったが人間社会はあまり積極的な対策もせずに時間が過ぎた結果、取り返すことの出来ない環境悪化が進み人間自らの行いで人類の歴史を終えると言う物語をパソコンの画面から目を話すこと無く見終わった。そして自分の過去を振り返ると愚かなことで費やした地球の資源を帰り見た時、自分も間違いなく愚か者であると自覚した。そして映画の中で主役の男が最後に語った言葉が印象に残った。私たち自身を救うことができたのに・・・それは誰も気づいていながら行動出来なかったからだと僕はおもった。もうとっくに転換点と言われている2015年は過ぎてしまった、もう後へ戻る事が出来ない地球温暖化はどうなるのかと、ただ立ちすくむだけの愚かな者が出来ることは何があるかとエアコンのスィッチを消した。
台風一過の琵琶湖叙景
2021/09/18
台風14号は湖国には大した被害も無く無事通過して行った。雨と風を心配したが何事もなかったと感謝した。湖岸ポタリングでは、まだ台風の影響で雲が低く垂れ込めいてる、比叡比良の上部は雲に覆われていている、水気を含んだ空気が生暖かく感じるのは台風が運んできたのかと、湖岸に佇んで写真を撮った。雲を愛でると気分が安らいで来るから不思議だ。今日の雲は積雲らの下層雲で、僕の乗っていた単発の小さな飛行機パイパースーパーキャブなら雲と戯れることが出来るのにと羨ましく空を見上げた。雲の隙間から見える青空は秋を感じさせてくれた。暑さ寒さは彼岸までと、此の時期がくると話していた祖母を何故か思い出した。そしてお彼岸にはお墓参り行かねばと空を見上げた。夕刻近く、雲と青空に誘われて又湖岸へ向った。空の青さは一段と秋を想わせてくれた。湖上の彼方の雲の間からは薄明光線が見られた。まだ台風シーズンは終わっていないが、どうか大きな台風が来ないことを祈りながら湖岸を後にした。

















