フランス、原発建設再開・・・
2022/02/11
僕はオリンピックよりもフランスのマクロン大統領がが脱炭素社会を目指ためには原発が必要と発言した、ニュースに驚いた。ヨーロッパ諸国は脱原発の方向に走っていると思っていたのに・・・ウクライナ問題でロシアからの天然ガスの供給への不安もある事とおもうが、2028年に原発6基の建設を始め、さらに2035年に稼働させる計画、さらに8基も増やす計画には唖然とした。ドイツは原発には頼っていないがフランスの原発で発電された電気を輸入しているのは周知の通りだ。核のゴミの処理は一部オンカロなどで永久保管が始まっているが世界全体では未だ原発からでる放射能汚染された核のゴミを完全に処理する事はできない、トイレの無いマンションに例えられる原発に頼る文明の未来は決して明るくないとおもった。我が国も脱炭素を目指すためには原発が必要と明言しているから、フランス大統領マクロン氏の発言に追い風を受け日本でも新規の原発の建設が再開されるのではとおもった。僕の好きなウルグワイの元大統領のムヒカさんの言葉を思い出す、誰もが豊かさを求める時代を止めて楽しく暮らせる時代を目指す時ではと・・・でも以前に見た、ビデオ「愚か者の時代」では遠に転換点2015年を過ぎた今、はたして温暖化を止める事ができるのかと心配になってきた。
耳で見る映画?
2022/02/10
久しぶりに三時間近い長編の映画「ドライブ・マイ・カー」濱口竜介監督179分を浜大津のアレックスシネマで見た。テレビや新聞が話題作として良く紹介している映画を見に行った。「ドライブ・マイ・カー」は村上春樹の短編小説集に記載されている「ドライブ・マイ・カー」の映画化だが短編小説を179分の長編映画に出来る脚本の力に驚いた。映画は演出家の家福が自分の妻の音との葛藤を描いた物語だが、妻は最初の部分だけで後は妻を巡る若い俳優と家福の心理描写と運転手の女性を巡る、三時間近い映画は聴き応えがあった?と言うのは映像を主体に見る僕の趣向から少しかけ離れた耳で見る映画となった。セリフに神経を注いで見る映画には少し疲れた。ベルイマンの映画の様に言葉が重要な役割を果たす物語は字幕に追われて肝心の映像が・・・でも日本映画なので耳で処理出来たから納得出来た、大作だが、見終えると、なんだか小説を読んだ様な気分になったのは何故と、多分、映像重視の僕には少し物足りなかったのではとおもった。赤い車、サーブ900(スウェーデン製)のシーンも多く車好きには良いのではと・・・館外へでると辺りはすっかり暗くなっていた。浜大津港で観光船を見ていると、タル・ベーラ監督の「倫敦から来た男」の夜の港シーンの美しいモノクロ映像を思い出し、思わずデジカメをリュックから出し撮った。そしてタルコフスキーやタル・ベーラの美しい映像が主体の映画を見たくなった。
青空を見て気分は・・・
2022/02/09
最近、厭な事があった、ある日、知人(友人ではない)からNPO団体の制作するDVDに僕の写真を提供してくれないかと電話連絡を受けて承諾、使用条件も伝えたのに約束は果たされなかった。其の人を信用したばかりに不愉快な気分を味わった。善意で貸した僕の写真はトリミングされ、DVDに使用されていた。使用する写真のリストをDVDにする前に、僕に見せるよに約束していたのにと試作品のDVDを見ると勝手にトリミングされ、思ったより多くの写真を利用されているのに驚いた。ハードディスクの持ち出しは断っていたのに、持ち帰り作業して事前の断りも無しに利用された事は初めてだ。信頼した僕が悪いと諦めてDVD作品の写真提供者の名前の掲載の断りをメールで入れたのはトリミングされた写真は僕の意図ではないからだと伝えた。でも僕の不快感は中々収まらない、以前に見たテレビが、そんな時は文章に表せば怒りも不快感も失せると聞いたことがあるから、今日、書いた次第だ。そして今日の青空を見て、僕の不快感は消えた。午後の湖岸ポタリングで大空の青いキャンパスに雲が見事な絵を描いていた。今日は善き日となったと軽快にペダルを漕ぎ湖岸をポタリングした。
直滑降の魅力
2022/02/08
今、冬季オリンピックが中国北京で開催されているが、テレビ中継を見ることは無い、ニュースで少し競技の結果を見るくらいだ。僕がスキー競技で唯一好きなのはスキーの滑降競技だ、地球の重力に従って雪の斜面を直滑降で滑り落ちて行くスピードの迫力を感じるのが此の競技で、印象に残っているのは1976年冬季オリンピックはオーストリアのチロル地方のインスブルックで行われた。その時、スキー滑降競技で優勝した、オーストリアのフランツ・クラマーの姿が今も僕の脳裏に焼き付いている,黄色のレーシングスーツに身を包み雪の急斜面をかっ飛んで落ちてゆくスピードの速さに驚きながらテレビの画面に見入った事がつい最近の様におもえた。僕はスキーやボード競技で回転したりクルクル回ったりするのは、飛行機のアクロバット以外興味が無く、唯唯、真っ直ぐ重力に従って滑り落ちるスキー滑降競技だけが好きだがテレビ中継では見られなかったのは残念だと思った。フランツ・クラマーのカッコよさに憧れ、クラマーが使用していたスキー板フィッシャーC4と同じ市販品を買って滑るも実力ない僕にはとても快適に滑るのは至難で雪まみれになって斜面を転げ落ちるのが精一杯だった苦い思い出が・・その後、スキー仲間とフランツ・クラマーの国オーストリア、チロルのセントヨハンのスキー場に出かけた懐かしい時間も遠い記憶の彼方へと去った。でも僕は今でもスキーを履いたら直滑降で雪の急斜面をぶっ飛びたい飛行老年でいたいとおもった。
フェイスブックの内幕
2022/02/07
朝刊(朝日新聞)のオリンピック記事ではなく僕の目に留まったのは、記者解説だ、大きな見出し フェイスブックの内幕 に誘われて記事を読んだ。元フェイスブックの従業員フランシス・ホーゲン氏が内部告発したことでフェイスブックの不都合が明るみに出たことが書かれた記事を読んだ。五十嵐支局長(サンフランシスコ)の記事はボーゲン氏がアルゴリズムを利用してコンピューターで処理した情報らの使われ方の問題らを取り上げた記事を読みながら、SNSやARそしてVRと言っても説明がなければ分からない世界、拡張現実と仮想現実の世界が主流を迎える時代に、この問題に立ち向かうのは女性ジャーナリストばかりとおもった。以前読んだ「インスタグラム」のサラ・フライヤーそして「アルゴリズムの時代」のハンナ・フライも女性ジャーナリストだ、ジェンダーの時代で性別を意識する僕は古い人間だとおもうが、活躍する女性の素晴らしさに感心するばかりだ。現在フェイスブックは社名がMetaに変更になった事は周知のとおりだ。其の会社が目指す世界がAR(拡張現実)とVR(仮想現実)を利用してこれから先の資本主義社会の中で君臨しようとするMetaには注意が必要ではと感じた、バーチャルゲームに使用されるVRゴーグルを着けて仮想世界に入った経験はないが、素晴らしい世界が広がる仮想空間で自分の目から色んな情報が抜き取られ丸裸にされ個人情報もすべてコンピューター(メタ)に記憶され管理されて行く怖さを感じた。やはり僕はスマホでインスタグラムやフェイスブックで楽しむのはほどほどにしたいと思った。そしてスマホを見ると充電を促すシグナルが目に・・・・スマホを使う自分にジレンマを感じた。

















