中島省三の湖畔通信

ユーチューブ・・・・

2021/05/08

最近、夕食後、寝転んでタブレットでユーチューブを見ることが多くなったと言っても飛行機、カメラ関係の話をチョット見するだけの20分だ。そして今日の夕刊(朝日)の第一面に、大きな見出しで、街角で撮る想像超える人生 の大きな字につられて読んだ。元テレビ局のディレクターがフリーとなり、ユーチュバーとして活躍している様子を取材した記事は面白く読めた。「街録Ch」で検索すると直ぐに見られた。タレントの東野幸治さんをインタービューしたユーチューブを見るとテレビ放送では味わえない生身のタレントさんの声が聞けて楽しくもあるが、僕の好きなドキュメンタリーではないが、構えずに見られるのがユーチューブの良いところだ、カメラマンも一人で別に凝った撮影をしている訳でなく街灯の下で赤裸々に語られる普通の話し方で気楽に聞けて、日常会話のようで、テレビ番組では味わえない良さを感じた。そして嫌になれば違うチャンネルは山ほどあるから、次々と変えて行くこともできるが・・こんな情報過多の時代は、本当に良い事なのかと少し考えた。僕の育った時代はゆっくりと時が進み、慌ただしい社会ではなかったと今の社会の気ぜわしさには追従したくないと思った。最近はテレビで映画(DVD)を見るのも1・5倍速や倍速で見る人が多いと聞く、そして間延びするシーンは飛ばして作品を観賞している人もいると聞く、そして別の音楽を聞きながらビデオを倍速で見る時代になった現代社会事情に驚かない自分がいるのは、そんな事が出来る人達の全てが聖徳太子の様だったら驚きもするのだがと、自分に苦笑した。コロナ禍の中でメディアが大きく変革する時代になったことは確かだとおもった。そして僕は軽く流れる情報などに聞き耳立てるほど時間もないと、今読んでいるトーマス・マンの魔の山をゆっくりと自分の時間で読もうとおもった。

雨上がりの琵琶湖

2021/05/07

新型コロナウイルスも変異をしながら衰える気配すら感じない中で高齢者向けのワクチン接種が始まり、接種券が役所から送られきた。そして予約手続きが昨日から始まり僕もパソコンで予約手続きをした。接種会場を决め一回目の手続きをクリアするも二回目の手続きは先方のエラーで進まなかった。一回目の予約表をパソコンにキープした。今日も朝からパソコンで二回目の予約を進めるも、先へは進めなかった。やむ無くスマホで連絡するも繋がらず諦めて、午後に繋がった、会場の体育館が工事になるからと言われた。役所もITには慣れていないのか情報をパソコン上に提示して欲しいとおもった。今日は無駄な時間を過ごしたと夕食後、雨も上がり空が少し明るくなったのを見て湖岸ポタリングに出かけた。浜大津湖岸から琵琶湖を眺めると上空の雲の動きは早く青空も少し見え始めた。暫く湖岸に佇んでいると見る間に空には雲の美術館が開館した。デジカメを出して雲の様子を撮影した。飽きることのない大空のショーを楽しませてもらうとコロナの事などすっかり忘れ清々しい気分になり昼間のストレスも雲と一緒に流れて行った。

久しぶりのライカ

2021/05/06

福島の友人HさんからライカM6が送られてきた。ライカはドイツ製のカメラでアマチュアカメラマンの憧れのカメラだった。今はデジタルカメラがフイルムカメラを追いやってしまいフイルムカメラで写真を撮る人も趣味的な人ばかりになったが、ネットで検索するとそれなりにフイルムファンがいるが爆発的なブームにはならないのではとおもった。今日、早速フイルムを入れて朝の散歩でテスト撮影した。僕の使っていたライカには露出計は付いていなかったが、M6には装備されており便利だ。フイルムは手動で巻き上げシャッタースピードと露出を决め、ファインダーを覗き、構図を决めてシャッターを押すと確かな機械音がした。ファインダーは一眼レフと違い明るいブライトフレームの素通しのファインダが風景を素直に感じさせてくれた。三井寺で数枚そして湖岸ポタリングと合わせて27枚撮った。午後、イオンのキタムラへ現像とCD化をお願いした。一時間ほどで出来上がった。早速パソコンで画像を見ると鮮やかさは無いがフイルム独特の風合いを感じる写真が撮れていた。改めて写真は時間をかけて撮る事の大切さを知った。夕食後、湖岸へ向かうと打出浜には蜃気楼を観測撮影するグループが望遠レンズを付けたデジカメを構えていた。良く見ると長年琵琶湖の蜃気楼の研究をしているBさんが双眼鏡とカメラを持って湖岸に立っていた。話を聞くと今日は上方蜃気楼が出たと教えてくれた。今度は望遠レンズで蜃気楼を撮って見たいと思いながら湖岸を後にした。

端午の節句

2021/05/05

5月5日こどもの日そして端午の節句は晴れる日が多いと記憶しているが残念ながら今日は雨だ。端午の節句は男の子のお祭りだ。少年時代から我が家の床の間には武者飾りが父のてによって飾られた。何故か途中から武者飾りは二つになった。小さい方は僕の生まれた時の節句に買われたもので戦争の時代で作りも質素で彩色も派手さはなかったが、今は無く後で購入された昭和初期に制作され、細かな細工や色彩も豊かな出来の武者飾りを玄関に飾った。ジェンダーが問われる時代になった、現代社会では此の行事も何時まで続くのかと柏餅を頬張りながら考えた。口に入れた柏餅を味わいながら、端午の節句に食べる風習もやがて消えてゆくのではと。柏餅を見ると、柏の葉っぱに包まれた素朴な和菓子はプラスチック包装など必要ない天然素材だ。環境問題になっているプラチックなど、関係がないと言わんばかりに柏餅が輝いて見えた。今も端午の節句が近づくと、和菓子屋のウインドウに柏餅が並ぶ、今日は丸屋町の光風堂で柏餅を買った。昔は和菓子屋というより饅頭屋で通っていた。以前は近くには親玉、お時餅、日の餅と五六軒はあった饅頭屋が其々の味を競っていが、今では親玉だけとなり、懐かしい時代を思い出した。鯉のぼりを上げる家も少なくなってきた。そして、今日は氏神さまの早尾神社のお祭りだがコロナで二年続きで中止となった。コロナ後の時代は大きく変革するのでは・・・ジェンダーレスになると男の節句、女の節句、お祭りも男主導のお祭りも大きく変わる時ではと・・・コロナ後の社会はどのような変化を見せるのかと、思いながら武者飾りを写真に撮った。

山笑う

2021/05/04

山笑う・・パソコンで調べると、春の山の草木が一斉に若芽をふいて明るいようすをいうとあった。そして俳句では春の季語・・春の日に照らされて山そのものが笑みを浮かべているようなさまと・・まあ、こんな様子を言うのかと三井寺の散歩で撮った写真をパソコンにアップした。改めて写真を見ていると何となく山笑うが分かったような気分になった。好天に誘われ、今日は膳所公園まで湖岸ポタリングを楽しんだ。におの浜、相模川河口では稚鮎釣りの人が両岸を占めていた。家族でサイクリングする姿も多く見られ、長閑な湖畔風景を見ていると本当にコロナ感染が起きているのかと疑うも、行き交う人の全てがマスク姿ではコロナ禍の現実を認めざるを得ない現状では山のようには笑えないとおもった。

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