中島省三の湖畔通信

本が読まなれない時代の・・・

2020/09/03

昨日の新聞(朝日)の寄稿で作家の田中慎弥さんが、本が読まれない時代の政治家と題して語っている記事を読んだ。最後の方で、私には訊いてみたいことがある。日本人が本を読まなくなりそれが特に嘆かれもしなくなった現代の政治家である安倍氏、さらには与党の現職の議員たちは、果たしてこれまでどんな本を読んできたのか・・・真摯な気持ちで語っていた。そして僕は今日、ユゴーの名作レ・ミゼラブルの一部ファンチーヌから五部ジャンバルジャンまでを読み終えた。大叙事詩と言われる長編を読み終え、不思議な感動を憶えた。ジャンバルジャンとコゼット、マリユスらを中心に進む物語の面白さは格別だが、何よりも一九世紀の社会の描写そしてユゴーのヒューマニズムが随所に表現され社会の弱い立場の人や悪人と言われる人までも人間として生きる様を描き、おまけにパリの地下水道(下水)の話では現代にも通ずる環境問題を訴えているように思った。僕は政治を志す人なら一度はレ・ミゼラブル全巻を読んで欲しいとおもった。これほど多義に渡って考えさせられる小説の凄さを感じたのは初めてだ。そして一八六二年に出版されたレ・ミゼラブルの初めに書かれている言葉をもう一度読んだ。・・・地上に無知と悲惨がある以上、本書のような性質の本も無益ではあるまい。と結んでいるが、まだ此の本が必要とされる時代は何時まで続くのかと思うと気が遠くなった。

総裁選

2020/09/02

連日テレビから流れてくる総裁選のニュースを見ていると、日本は本当に民主主義国家なのかとおもった。出馬を表明している二人より正式表明していない菅氏が優位で、もう決まったも同然だと夕方の出馬表明のテレビを消した。せめて国の総理大臣を決めるなら国民投票にして欲しいと願った。今日の湖岸ポタリングは台風の影響で風が強く波立っていた。昨日まで湖上に浮遊していた藻の群体は波に押されて湖岸に打ち上げられていた。例年なら大きな水草が浮島の様に湖面を占拠して異臭を発するのだが今年は水中の藻が見えるほど透明度もあり水位も高かった所為でプランクトンらの水中生物の活動が穏やかだったのかと思いながら写真を撮った。

二百十日

2020/09/01

9月1日が来ると祖母が二百十日は嵐の来る日と言っていたことを思い出した。関東大震災も9月1日だった。でも今日は穏やかな日で琵琶湖は波も無く静かな湖面に雲を映して秋の気配も感じさせてくれた。湖上ではスーパーかいつむり号が藻の刈り取り作業をしていた。昨日に閉店した西武百貨店では撤去作業が始まっている、思い出に浸る時間などないと言わんばかりに資本主義消費社会は過去を葬ることを急ぐのかとおもった。慌ただしく流れる時間の中で琵琶湖だけが自然の時間を感じさせてくれると今日も二回、琵琶湖に足を運んだ、大津の夕暮れは早く午後5時を過ぎると釣瓶落としの経とへ通り夕闇を運んでくるから気ぜわしく感じた。突堤が西日を受けて輝いている光景を写真に撮った。

8月の終わり

2020/08/31

8月の終わりと思うと少し気持ちは秋を感じた。でも今日の湖岸ポタリングでは浜大津港からにおの浜湖岸にかけて釣り人の姿も少なく暑さだけが辺りを占めていた。今日で西武百貨店も44年間の営業が終わる、県庁所在地で百貨店が無い地方都市の仲間入りだ。今日も浜大津港の突堤の先から大津の湖岸を見ると高層の集合住宅が衝立の様に立ち並ぶ姿は城壁に囲まれた中世の都市の様に思えた。湖岸に過つて在った遊園地の姿は無く、町中の芝居小屋や映画館も消え特徴の無い町になってしまった。無味無臭の不思議な町へと変わったと見る人も多いのではと思った。でも良く見ると坂本から石山まで走っている電車、石坂線などは細長い大津市街を走る市電、新しく言えばトラムが走る近代都市にもおもえる、活用次第では魅力ある町に変われる要素は充分あると湖岸を見ると高層ビルが湖面に美しく映っている姿を見て美しいと思えるようになった自分に苦笑した。

夏空

2020/08/30

空には入道雲が湧き上がって夏空のパワーを見せている、暑さはまだ続くと空を見上げた。浜大津湖岸では今日は心配していたアオコも発生していなかった。打出浜から琵琶湖の湖面を見ると所々に藻が発生しているが例年の様な大きな群体にはなっていないが水草除去のスーパーかいつむり号が待機していた。長閑な琵琶湖を眺めて深呼吸した。琵琶湖は二年も深呼吸をしていない水質は大丈夫なのかと心配になった。

レ・ミゼラブルは今日、第四部を読み終えた。パリの革命を多くのページを割いて語るユゴーは弱い立場の人側から当時の不条理な社会を描きながらジャンバルジャンの苦悩やマリユスとコゼットとの恋愛や若者の活動、下層に生きる人達の生き様を、手に汗しながら読む小説の快感を久しぶりに味わった。革命の話の中では暴動と反乱の違いを語り社会正義の有り様を考えさせてくれた。今もアメリカのトランプ政権下で起きる差別に対する抗議活動では暴徒や警官による異常な暴力らは19世紀と何ら変わらないのではと考えた。

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