中島省三の湖畔通信

修道院・・・

2020/08/19

今日もレ・ミゼラブルを読んだ。此の小説は何故緊張感を無くさずに読めるのかと・・時には物語からはなれワーテルローの戦いの歴史まで、そしてパリの修道院の内情まで詳しく語る第二部第六章で語られる修道女らの過酷な暮らしぶりには修道院の不条理と闇を感じた、19世紀と言えば近代だ、革命や産業革命で新しい社会になった筈ではと、中世と変わらない宗教界、修道院の世界をとおして描かれる信仰への疑問や理想を語る著者の哲学は人間社会の理想を求めているのではとおもった。ユゴーが、理想とは何か?神である。理想、絶対、完全、無限、どれも同じ言葉である。と語っているところでは、なんとなく納得させられた。第二部も本日に読み終えそうだ。時代を超えて作者が求める理想へ社会は近づきそうもないとおもうと少し虚しくなってきた。


浜大津港では猫が孤独であることを誇りながら歩いていた。

猛暑は続く、そしてコロナも・・・

2020/08/18

昨日は大津市でも37℃を少し超えた。猛暑は続くが、幸い朝の散歩で訪れる三井寺も木陰らがあり時折、風も感じ蝉しぐれ、も少しやさしくなった。湖岸は琵琶湖が暑さを和らげてくれるお陰で暑さも苦にならず自転車を走らせた。コロナは何時終息するのかと、暑さに弱いと思っていたウイルスの強さに驚くしかないと今日もテレビから流れてくる感染者の多さにため息をつくしか無かった。そしてレ・ミゼラブルはますます面白さを増して暑さを忘れさせてくれた。アウトローのジャンバルジャンは薄幸の少女コゼットをテナルディエ夫婦の元から救い出しパリへと・・・物語ますます面白くなってきた。五巻と聞いて少し戸惑ったが思ったより早く読めそうだと感じた。19世紀の社会は今の社会とそんなに変わらないのではと思うのはコロナ禍が社会に与える影響の中で貧困や差別が起きる状況は19世紀とあまり変わらないのではと思った。

ワーテルロー

2020/08/17

ワーテルローの戦いは1815年6月18日、ベルギーのワーテルローでナポレオン一世率いるフランス軍とイギリス、オランダをはじめとする連合軍およびプロイセン軍が戦ったことぐらいしか知らなかったが、今、読んでいるレ・ミゼラブルの第二部の一章で著者ユゴーが詳しく語っている講談を聞いているように戦争の状況に興味を持って読んだ。戦争の不条理は今も昔も同じで残虐な行為や虐殺らが起きた戦争を分析してワーテルローという狭い場所で起きた悲惨な戦争の結果を記していた。19世紀初頭の戦争は歴史の流れの中で起きた社会変革?の痛みは避けることができなかったのかと第一章を読み終えた。我が国も今年は敗戦から75年が経ったが、一度でも太平洋戦争を正しく総括したのだろうか、そして国民に戦争の経緯や侵略行為、虐殺の真実を伝えたのだろうか、学校でも戦争の歴史を正しく教えているのだろうかとユゴーが小説の中で伝える戦争の不条理、其の時代の社会の有り様などが伝わってくる小説は今も戦争の空しさを伝えていると思った。

湖岸は暑さが厳しいのか人影は見当たらなかった、アオサギは陽射しを避けて橋下で猟をしていた。

楽しいから読む・・・

2020/08/16

長編小説は敬遠していたが、ユゴーのレ・ミゼラブルは文庫本で五巻と僕にとっては大長編そして世界の名作では敷居が高いとおもっていた。読み始めても、僕の知っているジャンバルジャンは直ぐに出てこず、第一章正しい人、では司教ミリエル氏の話だ。読んでいると、本当に此のような人がいる時代があったのかと本の書かれた19世紀後半の世界を想像した。やっと第二章になってジャンバルジャンが登場、僕が小学4年の学芸会でジャンバルジャンを捕らえる警官の役だったことを思い出しながら寛大な司教ミリエルの姿に感動しながら読み進んだ。レ・ミゼラブルは犯罪の社会的背景を通して語られる内容は今の社会と変わっていないのではと貧困による格差、差別らが今も続いているからだ。ジャンバルジャンの人間として善悪に葛藤しながら正しい道へと向かうも社会の良識の冷たさに翻弄されて行く人生の辛さと少しの暖かさを感じながら今日、一巻目を読み終えた。そして楽しいから五巻目まで読み切れると自信を持った。パソコンで見るとレ・ミゼラブルを読んだと80歳の人が投稿している、僕も80歳だ、読む楽しさがやっと分かったと、そして知らないことばかりだ、時間がある限り知らないことにチャレンジしようとおもった。

浜大津港で自分の影の長さに秋を感じると暑さも少し和らいだ。

終戦記念日?敗戦記念日・・・

2020/08/15

8月15日、三井寺の展望台から青空を見上げると75年前の思い出がと言っても玉音放送の記憶は僕には無いが、B29が銀翼を連ね悠々と一万メートル上空を編隊飛行で北へ向かう姿と、空しく下方で炸裂する高射砲の砲弾を眺めた事ぐらいが戦争の思い出だ。今、読んでいるレ・ミゼラブルの中でジャンバルジャン(マドレーヌ氏)が自分の良心と葛藤するシーンは人間として持ち合わせた良心、善、悪に対する考えが脳内を巡る中での決断の難しさを表していた。終戦記念日の今日、安倍首相らの演説には心の葛藤も感じられなかった。政治を行う者の心の浅さが演説に出ているのではと思った。75年間も戦争が無かったのは日本国憲法第九条が大きく影響した事は確かだ。最近は攻撃能力問題や憲法改正に急ぐ政権も心配だ。百年以上も前に書かれた小説の世界から感じられるのは今も社会の格差が貧困や差別を助長しているのが現状だ。21世紀の社会はこれから先、持続性ある社会へ向かうのか、核戦争で一気に滅亡へ向かうのか、環境問題も心配だ。今、コロナ禍で地球は大変な事になっている、此の機会に国際会議を開き、環境問題、貧困問題、格差問題、核兵器問題らを協議して欲しいと願った。

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