気分は梅雨明け・・・
2020/07/30
今日は天気の爺の見立てでは梅雨明けではと思いながら浜大津湖岸から琵琶湖の眺めを楽しんだ。比叡山に架かる積雲も高気圧?に押されているようにも見えた。長かった梅雨も終わりの時を向かえたと思うと少し気分が明るくなった。でも新型コロナウイルスの勢いは増すばかりで関西でも注意喚起が必要になってきた。学校も夏休みに入る、これを時期にロックアウトとまで行かなくても移動の制限はした方が良いのではと思った。人間社会に起きる問題をゆっくりと考える機会でもあり環境問題はコロナ以上ではないかと考えるのは未来に生きる人達の言葉が気になるからだ。今日の朝日新聞(朝刊)で、バリの「グレタ世代」臆さず黙らず、の中でインドネシアのバリ島で美しい自然にそぐわないプラスチックごみの多さに心を痛め、なくす活動を始めた少女メラディ・ワイゼンさんの話を読んだ。子どもだってリーダになるのに年齢は関係ないとグレタさんらと活動を進めている、政治の中枢にいる大人たちが彼女らの意見を真摯に受け止め環境問題に取り組むべきと思った。そして今日も琵琶湖浜大津湖岸には大きな発泡スチロールの白い棺の様にも見えるゴミは片付けられる事もなく漂っている光景は行政の無感心か怠慢かわからないが、琵琶湖の環境問題を大きく取り上げている滋賀県の実情はいかがなものかと白い大きな発泡スチロールはホモ・サピエンスの棺かもしれないと改めてフイルムカメラで写真に撮った。
二枚目三枚目写真はフイルムカメラで撮ったものです。
梅雨明け前夜?
2020/07/29
テレビから流れるニュースは相変わらずコロナ感染が増え続けている状況を伝えている、そして最上川が氾濫の映像が被害の大きさを映していた。今年の梅雨は長く大雨に寄る被害も南から北へと広範囲に及んだ、温暖化による異常気象は収まることがないのかと台風シーズンが心配だ。夕食後、窓を見ると空が明るく見えた。急いで自転車を出して湖岸へ向かった。打出浜湖岸から梅雨明けを予感させてくれる雨後の琵琶湖を見た。明日は梅雨明けになるのではと期待しながら湖岸を後にした。
写真三枚目は夏の除草作業が始まり咲き誇っていたヒメジョオンの花は消えた。
湖岸に氷山が漂着?
2020/07/28
超広角レンズで撮った湖岸風景は氷山が漂着したようにも見える?もちろん琵琶湖に氷山など在るはずがない・・・今日、湖岸ポタリングで浜大津湖岸に来てみると白い大きな発泡スチロールの塊が漂着していた。漁業らで使用されるものではと思った。近づいてデジカメを構えると氷山の様にも見えるプラスチックのゴミを見ているとスエーデンの少女グレタ・トゥーンベリさんの環境運動を思い出した。世界中は今、新型コロナウイルス禍で大騒ぎしていて原発、プラスチック海洋汚染、核兵器、紛争問題そして差別問題らは語られずニュースにも上がってこないと思いながら大きな発泡スチロールを写真に撮った。ポリ袋は最近有料化されたり薬局などでは廃止されたがプラスチックゴミとしては一部のことではと思った。そして足下の環境問題を考えると自分の生き方が恥ずかしくなった、というのは、毎日、飲むワインの瓶も燃えないゴミとして出される、そしてペットポトルの水を飲む、エアコンを使用する暮らしらを考えても環境に大きな負荷を掛けながら生活しているホモ・サピエンスの社会だ。コロナ禍の中で多くの事を学ばねばホモ・サピエンスは終末の時を迎えるのではと思いながら暮らしの矛盾を思い返した。
今日の三井寺の散歩で果実を見つけグウグルレンズを当てるとイチジクと教えてくれたが、僕は以前にイヌビワと聞いた事を思い出した。帰宅後、パソコンで検索すると分類的にはイチジクなのだが・・・ITもあまり当てにしない方が良いと思った日であった。
大津は軍都?
2020/07/27
観音堂上の展望台から眺めの変化は僕の脳裏にしっかりと記録されていると比叡,比良の山並と琵琶湖を見ながら此処大津が軍都だった面影を感じる事はできないと思った。僕の小学生の頃は西大津方面は殆どが田畑に覆われていた。現在大津市役所の周辺は進駐軍の施設が立ち並んでいた頃は軍都の名残があった。僕の5歳頃の記憶では今の野球場から陸上競技場までの場所は大きな野原の様な練兵場が広がっていた。陸軍歩兵第九連隊?や海軍航空隊、そして陸軍少年飛行兵学校があり、プライマリー(初歩的滑空機グライダー)の練習風景を見た記憶は今でも思い出せると商業施設やマンション、住宅群、競技場、野球場らが埋め尽くしている風景を見て平和な街に成長してよかったと、そして二度と軍都にならないよう願った。
三井寺の蓮池の花は今年は茎が弱いのか花が重いのか、垂れてしまって水に浸かってしまう花も多く残念だ。長雨の所為ではと考えた。
逆ソクラテス?
2020/07/26
逆ソクラテスは伊坂幸太郎の新刊本の題名だ。サスペンス小説、死神や殺し屋が出てくる痛快な物語は楽しく読めるから好きだ。今回の「逆ソクラテス」は今までと違い死神も殺し屋も出てこないが、今、コロナ禍で気分が冴えない中で読むと心が明るくなった。逆ソクラテスの主人公、加賀君の小学生時代の物語だ。担任の先生は自分が一番と思っている?先生で、ソクラテスの有名な言葉、自分は知らないことを、知っている・・の真逆の担任との葛藤や学友との友情が描かれた、小説を読んでいると、僕の小学生時代を思い出してきた。小学生、加賀君は足が遅く運動が苦手とくれば僕と同じと、小学生の学校生活が浮かんできた。足が遅く運動は苦手、もちろん勉強も冴えないからと言っても、いじめられもしなかったが、楽しい思い出はないし、担任の先生も良い印象は残っていない、もちろん学校や家でも叱られる事はあっても褒められる事がなかった日常が、本の主人公、加賀君のイメージが僕の姿に見えた。でも本人は足が遅いことも勉強嫌いもそんなに苦にせずマイペースで過ごせたのは・・・明るい性格の所為で中学や高校になってからも気の合った先生から天真爛漫、天邪鬼とからかわれたが気分は何故か晴れやかだった事を思い出してきた。そして褒めてくれた人の顔も浮かんできた、やはり怒ったり叱ったりするより褒めて笑顔で人に接しなければと思った。
疎水堰堤にはヨウシュヤマゴボウの花が咲いていた。

















