中島省三の湖畔通信

地球を覆うウイルスの凄さ・・・

2020/07/25

雨が少し止んだ中、自転車に乗って湖岸へ向かった。浜大津港まで来ると少し雨を感じた。打出浜湖岸から琵琶湖雨情を写真に撮った。明るい景色では無いが心が鎮まるから僕は好きだ。もし地球?ホモ・サピエンスが終末を迎える時の風景は今日のような暗く沈んだ日でない方が良いとおもった。先日、再読した「地球幼年期の終わり」(アーサー・C・クラーク)はホモ・サピエンスの終末のSF小説だ。今、地球全体をニューコロナウイルスが覆っている、重く暗い空気の中で僕は再読できたことは良かったとおもっている、色んな事を思ったり、振り返ったりできたからだ。小説はホモ・サピエンスの終末をファンタスティックに地球とホモ・サピエンスの姿を描いていて暗くなるどころか終末の華やかな彩りを想像して明るい気分で本を閉じた。今、地球上では新型コロナウイルスの勢いは増すばかりだ、ホモ・サピエンスが総力を上げても勝利することは難しいのではと思うこの頃だ。でもコロナウイルスでホモ・サピエンスが此のまま終末を向かえてほしくないから此の危機から早く抜け出してほしいと願った。そしてウイルスをコントロールできる術を考えて、もう少しホモ・サピエンスの時代が続いて欲しいと思った。そして、終末を迎えるなら小説の様にダイナミックで美しすぎる宇宙ショーを見せながら宇宙の塵に・・・・

ヒマラヤと蓮の花・・・

2020/07/24

今日の散歩で寄った三井寺金堂前の蓮池では蓮の花が最盛期になった。ソメイヨシノの様にクローンでは無いので一斉に咲くことはない、もう盛りが過ぎた花や、花が重く水面に垂れて咲く花、そして蕾が多く見える池を見渡すと、其の中で一番、美しく、これぞ蓮花と言わんばかりにオーラを感じさせる花が目に留まった。幸い撮りやす処に咲いている花を写真に撮った。そして、花を見ていると、以前読んだ全東洋街道、下(藤原新也)の七章チベットの中で、ラダックの寺院を訪ねた時に,その地の事を蓮の花に例えて語っていた文を思い出してきた。本の中から・・草木のない鉱物の山々が、透明な天上からの光を浴びて幾重にも重なり合いながら遠くまで見渡せた。其のような情景を見た著者がヒマラヤを蓮の花になぞらえる意味が納得できたと記していた。僕はヒマラヤに出かけたこともなく写真で想像するしか無いがと、もう一度蓮の花を見るとヒマラヤ山脈に囲まれたチベットのラダックは地上で一番天国に近い場所かと思った。でも全東洋街道で読んで知る、チベットの寺院は天国でなく苦行が続く修行の場所で、天国への道であるが、天国ではないと思った。


浜大津港では百日紅が青空を待っていた。

シラサギ・・・

2020/07/23

朝の散歩の三井寺、湖岸ポタリングで走る湖岸で、何時も写真が撮れるとは限らないと今日も打出浜湖岸から琵琶湖を眺めた。気持ちにゆとりがないと被写体にも出会えないと思いながら自転車を走らせた。マンネリ化した自分の写真にも飽き始めたと思うこの頃だ。お天気もイマイチと湖岸を見るとシラサギが目に入り自転車を留めた。何時も狩りの名手のシラサギだ。佇んで暫く見ていると水面の反射で獲物が良く見えない時は首を斜めにして独特のスタイルで獲物を狙うのは此のシラサギだけではないのかとデジカメのシャッターを押した。

IT後進国を実感・・・

2020/07/22

今日からGO TOトラベルキャーンペーンが始まったが晴天は今日だけと天気予報が伝えていた。コロナ感染者は増える一方で旅行などする気が起きないのが普通の人ではと湖岸ポタリングに出かけた。午前10時、丁度ミシガン号が出港した。湖岸から見ると乗客の姿は少なくデッキには数人が確認できるだけだ。滋賀県の観光業も大変な状況が続きそうだ。やはり経済を優先するより新型コロナウイルスを封じ込める方が先ではと思いながらミシガン号を見送った。午後は西大津ドコモへ料金調査の申込みに出かけた。請求書を見ると通話料が8倍近く上がっていた、記憶を辿っても通話した事はないので電話で問い合わせると、パソコンを希望するも古いシステムでは対応しないと言われ、ドコモショップへ向かう羽目になった。予約時間の16時に店内へ、受付を済ませ、手続きがアナログ的で紙に名前を署名したり、確認の免許証を提出したりと少し面倒さを感じた。作業を見ているとパソコンを使っているが書類を作成してハンコまでも使っている、そして次は上司へ連絡、そして上司がハンコを押して、やっと通話料の確認請求の作業が終わった。そして結果は10日後に郵送されると伝えられた。スマホの便利さの裏側はアナログ全盛ではと、この先の我が国のITの遅れが気になった。

【夜の街」?

2020/07/21

コロナウイルス感染者が増え続ける現状の中で「夜の街」が標的に?されているのではと・・・今日の朝日新聞(朝刊)の耕論で【夜の街」という言葉の中で佐藤真さんは政治の責任逃れで悪者に、岩井志麻子さんは「ワケあり」ゆえ、やさしい、山家悠平さんは、弱い立場差別は100年前も、として「夜の街」で生きる人達の立場を温かい眼差しで、今、コロナ問題で標的?にされている弱い立場の人達を応援していた。僕も新型コロナウイルス感染の多様面は本当は分かっていないのではと思った。ホモ・サピエンスに降りかかる問題はコロナだけではない、原発問題、プラスチック問題、温暖化問題と数多く抱えている現状だ。これから先は明るい方向に世界は進むとは思えない、足下をみながらゆっくりと考え改善しながら進む時代が21世紀ではと思った。

今日の散歩、三井寺では現代のデジタルモノリスが阿弥陀如来をスクリーン映し出していた。展望台から見る景色の中にも近代の大きなモノリスが見えた。そのどれもが21世紀を生き延びられる事ができるのかと観音堂前の石造りの灯籠らをみていると自然由来のモノの強さを感じた。

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