事件の流れは続いているのか・・・
2020/06/05
新聞やテレビで報道されたボーガンによる家族の殺人事件のニュースを聞いた時、以前に読んだ「東京漂流」で著者藤原新也が記していた、神奈川金属バット両親殺人殺害の事件をおもいだした。1980年代に起きた家族殺人事件から40年経ったいま、兵庫県で大学生が家族をボーガンで殺害した事件は、時間で繋がっているのではと思った。病んだ社会は癒えることはないのかと思いながら暗いニュースを読んだ。東京漂流の中で語られる高度成長後の日本の社会の変容が与えた歪が今も影響し続けているのかと思った。大津の街も今から50年前は甍が鈍色の光を放つ静かな田舎町だったと、今日も三井寺の展望台から大津市街を眺めた。湖岸には衝立の様に集合住宅群,所謂マンションが立ち並び、区画整理された町には同じデザインに見えるプチハウスが整然と並ぶ通りになった。駄菓子屋、饅頭屋、蝋燭屋、靴屋、旅籠、花屋、自転車屋と数え上げればきりが無いほど店屋が消え、プチハウスが豊かで快適な町を演出している様に見えた。一見、美しく整備された町も綻びを見せ始める時期は早く来るのではと眼下に広がる市街を眺めた。
写真は1968年頃の大津市街の航空写真、長閑な甍の鈍色が印象的だ。
花はフリージア・ラクサ・・・写真展でお祝いにもらったものを友人のAさんに植え替えてもっらたものが咲き始め時間を置いて花が二種も咲き驚いた。
新聞記事を見て・・・
2020/06/04
朝刊(朝日)を広げると社会面に写真と大きな見出し、マヤ文明最大の建造物が目に留まり記事をよんだ。古代マヤ文明の遺跡の調査を進める日本、米国、メキシコの研究チームがメキシコ南部で古代遺跡を発見した事の経緯が書いていた。読んでいる時に先日、読み終えた「幻世」藤原新也著の中の短いエッセイが浮かんだ。エッセイは、西洋人の「発見」が与える不快、として著者の考えが記してあった。為るほどと・・思えば学校で習う世界史などでアメリカ大陸発見は西洋人の・・・でも発見される前から其処にはホモサピエンスである原住民が文明と文化を築き生きていたのだから、発見ではあるまいと勉強した世界史の欠点?が浮かび上がった。我が国は明治時代から西洋崇拝主義だからしょうがないかとやや自嘲気味に振り返った。別に今回の共同発見に異論はないが、遺跡などは地元に暮らす人たちは、存在を知っていて別に其処に暮らしているのだから英英と続いた歴史の時間など現生活には関係ない日常だとおもっているのではと・・勝ったモノや強いものが描いてきた歴史にどれだけ真実があるのか僕には分からないから深く考えないことにして新聞から離れた。そして僕にもある西洋崇拝主義を思い出した。それはカメラだった。今でも40年以上故障したことのないアリフレックス16ミリ撮影機、そしてライカもドイツ製だ、それから八ッセルブラッドこれはスエーデン製これも今もフイルムを入れれば使用できるが・・・でも現代はデジタル時代で消費資本主義で誇り高き西洋もアメリカに倣えの製品つくりで世界中何処の国でも同じ様になった。そして誇り高き我がカメラ大国も崩れ去ったと僕の愛用するデジカメのペンタックスK3は中国製だ。でも壊れずに6年間も動いているが壊れれば修理は出来ないそうだ。儚いデジカメなどに頼らず頭に確り記録せよという事かと考えた。
アサヒカメラ休刊
2020/06/03
新聞の情報で写真誌アサヒカメラが休刊になる事を知った。写真雑誌は以前見たり買ったりしていたが此処十年は1年に一度買う位で内容も陳腐だと感じていた。フォトジャーナリズム誌DAYSJAPANが廃刊となった今、写真の力を感じる雑誌は日本では見られないと思っている、アサヒカメラは写真愛好家の雑誌で僕はカメラ機器の情報を得る為に本屋で立ち読みするも購買意欲を感じず買わない事が多かった。今日、湖岸ポタリングの帰りに何時も寄る中井書店へ、本棚を見るとカメラ雑誌はアサヒカメラが一冊だけが存在感も無く置かれていた。手に取って中を見るも写真の力を感じないと本を閉じた。新聞には休刊とあるが廃刊ではと出版社の潔さを感じなかった。でも表紙を見ると、下方に、いまこそ、フイルム!の字が目に入り、最後のご祝儀と買った。家に帰り、読むと編集者はデジタル時代の写真の軽さや誰もがケイタイで写真が撮れる日常を把握しているのかと感じ直ぐに読むのを止めた。誰でもが簡単に映像や写真を写すことが出来る時代になりデジタル映像や写真はデータ保存されるだけで以前の様に紙焼きされた写真をアルバムにする人などは少数はではと思った。写真と言えば写真館に赴き1年に一度写真館で記念写真を撮ってもらうのが我が家の慣わしだった。何故か父と撮った覚えはない、母、祖母、妹と僕が写っている写真は大切に保管している、そして母が東京で暮らした子供時代の写真館で撮った写真には重さを感じるのは何故と思いながらデジタルカメラで撮った写真の軽さは存在感のない現代を生きる人の宿命かとパソコン画面に写る写真を眺めた。
フェースシールド
2020/06/02
新聞やテレビのニュース画面でフェースシールドを着けて接客している姿を見ていると、近未来のSF都市の様子かと思わず可笑しく感じた。此れから先、新しい生活基準になるとは考えられないとおもった。三井寺の境内では鶯が上手くなった鳴き声を聞かせてくれた。梅に鶯というが其の頃は鳴き声も練習中、やっと新緑から深い緑に変わる頃に正調のホーホケキョーと鳴くのが本当ではと思いながら境内を歩いた。湖岸ポタリングではセフティーディスタンスを意識する事は無いほど人は少ないと辺りを見ると湖畔ではグランドゴルフを楽しむ人を見かけた、今日から湖岸の駐車場も解禁となった。でも観光船はまだ繋がれたままだ、観光客が戻るには時間が掛りそうだ。世界の情勢もアメリカでは黒人暴動を伝えるメディアの情報だけでは真相が見えてこないとネットで見たりするも詳しくは分からないのが現状ではと心配した。そして我が国の状況も安心はしていられないと、政治状況やコロナの第二波に向けての供えは大丈夫なのかと心配が募るばかりだ。
元気なリュウキュウツキミソウ
2020/06/01
今朝は学童の声で目を覚ました、コロナ休校が解けて今日から新学期が始まった。夏休みも短くなり授業も6時間と聞くが勉強嫌いの僕だったら困ったと、そして慌てたとおもった。今日は学童の元気な声で起床した。三井寺の拝観客も少しづつ増えているのではと朝の散歩で見かける人で感じた。湖岸ポタリングで走る湖岸の日常は元通り閑散としていて自転車は走りやすく快適だ。でも今日も観光船は運休していた、何時から運航するのかと停泊する観光船を見た。膳所由美浜のサンシャインビーチのリュウキュウツキミソウは管理者の手を離れてから環境が合っているのか勢いを増して咲き誇っている姿は頼もしくおもえた。我が国の社会は管理システムが強化されるにしたがって暮らす人たちのパワーが落ちているのではとおもった。コロナの影響はまだまだ続く現状では管理システムが強化さて自主行動が制限されるのではと心配になってきた。もう直ぐ梅雨、そして暑く長い夏がやってくる、台風の災害も心配だ、どうすれば良いのかと青空を見上げた。
写真は電話ボックスとタワーマンションのデザインの共通点に驚いた・フイルム写真

















