三井寺の菩提樹
2020/05/31
今日は雨模様で散歩も久ぶりに傘をさして境内を歩いた。蓮池の蓮の葉も水面を覆う勢いだ。開花まで梅雨明けを待たねばと池を眺めて帰宅した。午後、朝の写真を確認すると感度を間違えていることに気付きもう一度、三井寺の蓮池へ向かった。池を見るとアメンボが勢力争いをしていた。大きい方が勝つかと思いきや小さなアメンボが勝利した。そして蓮を写真に撮るもイマイチ思わしくないと一切納経堂に向かった。お堂の傍らには菩提樹があり花が目に留まった。近付くと花?実?と判断に迷ったが花と思って写真に撮った。そして良く見ると花は葉から出ている、そして花を付けていない葉は普通の植物の葉だ。花を付けている葉は飛行するためか翼の様で、竹とんぼの様に飛ぶ事も知られている葉を見ていると彦根の従兄弟、久雄ちゃんを思い出した。僕が少年時代から気があって良く遊んでもらった。久雄ちゃんは飛行機の模型作りが得意で僕も影響を受けた。其の彼が菩提樹や椰子の葉の飛行模型を作って得意げに飛ばしていた事が懐かしく浮かんで来た。本当の菩提樹の葉がくるくると回転しながら空を飛ぶ姿は見たこと無いが想像は出来ると菩提樹の葉を見ると、秋に飛行を諦めた葉も見えた。同じ木に飛ぶ為の葉と木を維持するための葉が仲良く茂っている様子を見ていると、植物は天才だと思うしかないと考えた。おにぎりの様に丸まった菩提樹の葉が目の先に見えた、手に取って見ると、中には虫が巣を作っていた、植物は昆虫がいなければ生存できないと聞いた事がある、昆虫も天才かと・・人間の存在はと、考えると地球の自然環境を維持する為には人間は邪魔者であることは確かな事実だと思いながら、菩提樹を眺めると少し人間反省しなければと思った。
記録はフイルムで
2020/05/30
コロナ緊急事態宣言の影響をフイルムで記録できたらと3台のカメラにブローニーフイルムを入れ撮影し始めたのは三週間前だった。そして現像に出した一部のモノが帰って来た。写真一枚でコロナ事情を表現するのは難しいと出来上がってきた小さなプリントを見た。透明ビニールで覆われた酒店のカウンターにはマスクをした姿で立つお店の人、そして誰もいない観光船乗り場、喫茶店前ではマスク業者が軒先を借り販売する様子らが小さな紙にプリントされてたテスト焼きを見ながら少し大きく伸ばして見たいと思った。今日もご近所散歩カメラに出かけた、もちろフイルムカメラで、友人から借りたローライ二眼レフ、しかも有名な女性写真家ヴィヴィアン・マイヤーが愛用した機種だ、と言っても傑作が撮れるわけが無い事ぐらいは承知のうえだ。昨日も訪れた近くの陸上競技場周辺から野球場辺りを探検した。国体のために作られた噴水も今では壊れ廃墟の様に見える、其処に立つ三体の像は彫刻家Yさんの作品が手入れもされずに置かれている様に見えた。国体も過ぎれば空しさを感じるモノが残るだけと思いながら写真を撮った。明日でコロナ休業や休校も終わり6月1日からは再開と聞くが前途は厳しいが無時日常が少しでも戻る事を願った。
写真一枚目は蓮池、二枚目三枚目はフイルム35ミリカメラ
SF映画の様な・・・
2020/05/29
夕食後、テレビニュースを見ているとコロナ対策でフェースシールドを着けた新地のホステスの姿はSF映画を想像してしまった。人間の目で確認できないウイルスが世界を制覇した現実を認識した。大きく人間社会の在り様を変化させたウイルスの正体をまだ人間は捉えきっていないとおもった。もう少し冷静になって行動しなければと余りにも不自然すぎる実生活に可笑しさを感じているのは僕だけではないとおもった。湖岸ポタリングでは非常事態宣言時より人も少なく自転車は快適に走れた。この非常事態宣言は何だったのかと思いながら湖岸を走った。午後は、最近面白くなった御近所カメラ散歩に出かけた。昨日、フイルムカメラで撮った被写体をケイタイで撮った。フイルムよりも綺麗で鮮明に写るが充実感が無いのは何故と・・・写真も本もデジタルプリントされる現代はモノが軽く見えてしまう、今読んでいる「幻世」は活字で印刷された本だ。積んでおいた時間も長く、本に蓄積された時間を感じながら読むから重さを感じるのか、写真もフイルムで撮ったモノは何故か違う、重さを感じるのは作業にかかる時間が作用しているのかと、そして軽さが映るスマホを見た。スマホ画面には皇子山陸上競技場前のアポロ像が1980年代の俄文化を背負い少し草臥れた姿が写っていた。野球場入り口前では高校球児像が空しく青空に向かってスイングしていた。コロナの影響で高校野球大会予選も中止され、今も静かな球場の上空を白い雲が流れる様子は、これも日常と空を見上げた。
写真一枚目と二枚目はフイルム写真 三枚目は今日の三井寺
風景写真・・・
2020/05/28
今、「東京漂流」に続いて藤原新也の「幻世」まぼろよ、を読んでいる今回のコロナ騒動が起きなかったら読まずに、そして本の整理で棄てていたかもと、危うく大切な本を失うところだった。本はエッセイ集で読みやすくプレッシャーを感じない本だ。風景に付いて話している42・195キロの旅、は楽しく読めた。マラソン中継でランナーと風景の関係を読んでいると日常の風景のリアリーティーはテレビドラマでは感じられないと思った。僕は琵琶湖の記録映像をライフワークとして続けているが記録映像が必ずリアリティーを持っているとは限らないとおもっている撮った瞬間から過去へ消え去る儚いものだ。フイルムからデジタルになってから記録としても残らないのではと思っているからだ。今日は久ぶりにニコンFM2にカラーネガフイルムを入れ湖岸ポタリングへ向かった。2020年のコロナ騒動の記録写真を撮っておきたいと思ったからだ。浜大津港では休業中の観光船や乗り場の様子を撮っているとフイルムを巻き上げるレバーの異常な感触が指に伝わった。確認すると不具合が、直ぐに気がついてよかったと、体が記憶していることに感謝した。帰りは八月で閉店する西武百貨店を撮った。此の西武が開店した時に僕は父から継いだ家業から離れた時、1976年だと記憶しているから閉店には一抹の寂しさを感じながらショーウインドーの写真を撮った。又一つ大津の風景が消えて行く、町中でも江戸時代から続いた菓子屋も廃業した。日常の風景の変化を写真に記録できたら良いのだがとカメラのフイルムを巻き上げると手には確かな感触を感じた。
写真一枚目は今夕の浜大津港、二枚目はフイルムカメラ、三枚目もフイルムカメラです。
コロナの影響は・・・
2020/05/27
非常事態宣言が解除されて日常に戻りつつある町の状況を撮った。浜大津港では未だ観光船はコロナ休業で眠ったままだ。琵琶湖を見ると波間にオオバンが漂っているが北へ帰らなくてもよいのかと聞いてみたくなった。湖岸で見かける人が非常事態宣言時より少いの何故と・・非常事態宣言が解除されたから好きな場所に行けるから態々湖岸へ来なくても行ける場所が増えたからではとおもった。スーパーやドラッグストアではマスクが山積みされる様になった今、アベマスクが我が家にも届いたが、使うあてもなしと不要なマスクを持て余した。そして商店街では手作りマスクとオシャレなフェースシェードを付けたマネキンが新しいファションだよと売り込んでいた。梅雨の蒸し暑さの中でマスクとシェードを着けて歩く自信は僕にはないと熱中症を心配した。コロナの影響で町の様子がSF映画で見た様に人がマスクやシェードを着けて歩く姿が現実になるとはおもはないがと、オシャレなマネキンを見た。

















