中島省三の湖畔通信

ナナホシテントウムシ

2020/05/26

昨日はエゴノキが毎年、花を咲かすとは限らないとグウグルで調べた折に分かり、毎年花を咲かす桜より好きになった。今日も三井寺での新しい発見に?散歩に出かけた。展望台から眼下の景色を眺めていると、手元の垣根の人工丸太の年輪?の上に小さなテントウムシを見つけ写真に撮った。直径5ミリくらいのテントウムシは人工丸太を本物とおもっているのだろうか?そんな事を考えながら見ていると、テントウムシの飛行性能が素晴らしく人間の造った飛行機などが飛行できない乱気流の中を墜落せずに飛べると研究者が語っていた事を思い出した。飛行が終わると美しいデザインの翅カバーで大切に保護されて見れない、高速度カメラでしか捉える事が出来ない翅を見たくなり飛び立つ瞬間を期待しながら待つもナナホシテントウムシはテイクオフしてくれなかった。鳥も素晴らしいが、精密機械で空を飛ぶ宝石の様な小さな昆虫の飛行の素晴らしさを体験するには昆虫になるしかないと、小鳥の囀りを聞きながら境内を歩いた。

庭の八つ手は今年は勝手に場所を変えて元気よく手の数を増やし何を求めているのか僕には理解できないと一つ一つ八つ手を見た。

エゴノキの花は・・・

2020/05/25

何時もなら此の時期、白い可憐な花をたわわに付けたエゴノキを見られる筈が今年は花を見かけないと不思議におもっていた。今日の散歩で三井寺の境内に在るエゴノキを良く見ると葉陰に隠れるように花が三、四輪が咲いているのを見つけた。そして写真に撮りながら何故、今年は少いのかと、離れて樹の全体を見るも花を確認する事はできなかった。エゴノキは浄瑠璃や歌舞伎で演じられる伊達騒動にチシャノキと言われ、登場する樹だ。でも僕は歌舞伎も人形浄瑠璃を見たことがなく想像すらできない、一度見てみたいと思いながら時間が経ってしまった。パソコンで花が咲かない事を調べると剪定の仕方が悪かったと・・・でも境内の雑木同然のエゴノキを剪定などと、おもって良く見るとバッサリと太い枝が無造作に切らている樹があったが、そのことが影響したのではと考えるが、もう一箇所のエゴノキは剪定された跡もないからエゴノキ自身が何らかの理由で花を咲かすのを止めたのではと思いながらエゴの花を写真に撮った。今年はコロナ休業で休んでいる茶房ながら亭の池のモリアオガエルにも会えなかった、そして青空に映えるエゴの花も見られないのかと曇り空を見上げた。


我が家の菖蒲は手入れした覚えもないのに今年は多く咲いた。

十円玉が・・・

2020/05/24

毎日の散歩で訪れる三井寺には貴重な植物や昆虫が存在している事は聞いているが、研究者でもないから熱心に探すことも無いが、時たま珍しい植物らを見るとカメラを向けて撮ることぐらいだ。今日も総門から観音堂への石段を上がっていると足下に十円玉がと目を向けて、よく見ると植物にも見える丸い周囲に毛?が、今流行りのコロナウイルスの様に触手の様に周囲を飾っているモノの正体は?と考えた瞬間に昨日、境内を親子で自然観察をしていた川井さん親子に出会った折にスマホ画面でカタツムリの画像を見せてもらった事を思い出した。川井さんはカタツムリの名前は分からないと・・でも画像が印象に残った。まさか今日、石段で十円玉?に巡り合うとは幸運だ。もちろん名前などが分かるはずがない写真を撮って、家のパソコンでグウグルで調べ、オオケマイマイとわかった。カタツムリは人類の歴史を遥かに超えて恐竜が生きた時代、9900万前の琥珀の中に完全な形で残っている、そんな凄い歴史を持つカタツムリを十円玉に例えたことを詫ながらパソコンモニターに映るオオケマイマイの写真を眺めた。恐竜は今から6550万年まえに巨大隕石の衝突で滅んだがカタツムリは今も、その歴史を紡いでいる凄いヤツだと感心した。そして川井さんが探すミイデラゴミムシを始め貴重な動物や植物が構成する自然に畏敬と畏怖を感じながら散歩を続けようとおもった。

午後、三井寺へ再び・・・樹上を見上げると花がたわわになっている、その樹なんの樹と料金所に詰める僧侶Nさんに聞くと、直ぐにスマホで答えを導きだした、カナメモチと分かった。カメラを向けると僕はくしゃみをした、アレルギー反応が・・・・

東京漂流・・・

2020/05/23

昨日、「東京漂流」を読み終えた。著者藤原新也の描いた1970年代から1980年代の社会状況は本質的には、そんなに変わっていないのではと・・・そして政治や社会環境は寧ろ悪くなっているとさえ感じた。最後の方で、テレビ番組で放送されたシルクロードの事を語っている辺りを読んでいる時に、此の本を読んだのではと?少し記憶をたどった。本物のシルクロードを旅した藤原新也が番組を偽シルクロードと言ってのける理由が分かった。キタロウの美しいシンセサイザーの曲を背景に流れる映像はゴミ一つなく美しく、かつ超自然的だった事を思い出した。埃や匂いを感じない美しい映像に見入ていた自分が恥ずかしくなった。身近なところでは最近ハエや蚊、そしてゴキブリすら見なくなった、つい最近までネズミが天井を走っていたのにと昭和の自然が残る暮らしは至る所に汚い?ドブ川、汲み取り便所、泥道ら、そして生活臭らが生活の中に普通にあった。汚いモノたちは何処へ隠されたのかと今の暮らしの足下を見ると隠れているだけだとおもった。政治もアメリカの監視下に置かれているのではと思うことも多々ある、航空管制も未だにアメリカ軍が握っているのは事実だ。そしてアメリカの戦略「大衆の消費を刺激する10の戦略は戦後から今も続いていると本を読みながらおもった。最終章、東京最後の野犬、有明フェリータの死について、を読み、野犬は何処へいったのかとふと考えるも野犬の存在すら記憶の彼方へ去った・・・美しく見える社会の闇は何処かで牙を向くのを待っているのかと・・・今のコロナウイルス騒動も闇の一つかとおもった。

市民権を得たリュウキュウツキミソウだけが咲き誇る自然はそんなに良いことなのかと除草作業の済んだ湖岸を見た。

石坂線車窓風景・・・

2020/05/22

今日は二月に一回の検診を受けるため、三井寺駅から京阪石坂線で坂本へ向かった。電車はコロナ休業や休校で車内は空いていて三密には入らないと本を読んでいると、あっという間に坂本叡山駅に着いた。Kクリニックで検診を受け無事異常なしでほっとしながら鶴喜へ、何時もなら昼食時満席だが、コロナ自粛の影響で席は空いていた。坂本の町も本来なら春の山王祭、そして大河テレビドラマの明智光秀との関係のある坂本城跡や西教寺が観光で賑わう筈だった。でも静かな佇まいが坂本の町に似合うのではと、おもった。そして帰りの車窓から見える風景を眺めていると今、読んでいる「東京漂流」に描かれている列島改造が進む1970年代の光景が浮かんできた。石坂線の走る坂本から近江神宮にかけての眺めは僕の好きな車窓風景だ。僕の通った大津際川飛行場は、滋賀里駅付近の電車の窓から確認できたのは1971年までだった。飛行場周辺の田畑は住宅に滑走路は返還されて小学校や中学に変化した。今日見ている風景は長閑な田園風景ではなく全国何処でも見られる新興住宅街だ。著者藤原新也が三十代の感性で切り取った「東京漂流」は今読んでも此の国の状況はそんなに変わっていないのでは、何故とおもいながら車窓風景を何枚か撮った。

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