中島省三の湖畔通信

国民皆様の意見を聞いて?

2020/05/21

先日、テレビから安倍首相が検察法案を取り下げ、次の国会へ延ばした、経緯と理由を実しやかに述べていた、あたかも国民や有識者からの意見を聞き入れた様に発言していたが、直ぐに内心がバレてしまった。検察人事問題で話題の黒川検事長が賭け麻雀疑惑で辞任することになったと、新聞やテレビが伝えていた。こんな情報は内庁が既に把握して安倍首相の耳に届いていたから先手を打っての行動だ、安倍首相側は国民や有識者の意見や発言を聞き入れた様に見せかけたのだが、そう簡単に物事は運ばなかった。会見を聞いていた時、そんな急に国民の意見や発言を聞き入れる訳がないとテレビを直ぐに消した事を思い出した。嘘で固めた発言は聞き飽きているから、真っ当な人なら安倍首相の嘘の発言は見抜けたのではと考えた。そして今の政治の滑稽さを笑ったが、これから先の不安が募るばかりだ。野党も真剣に秋の国会対策に頑張ってくれることを願った。今日は琵琶湖へ三回も出かけた。時間によって変わる琵琶湖の美しさを見ていると心が鎮まり、ストレスも消えた。夕景は久しぶりの雲の美術館となった。

電柱が木になった。

2020/05/20

何時も湖岸ポタリングで大津絵の道脇で見かける小さめの電柱が数日前から木に変化しているのが気になっていた。今日、写真を撮りながら見事に木になったと感心した。本当に電柱が木に変化する訳はないがよく見ると蔦系の植物が見事に電柱を芸術的な仕業でもって作品に仕上げたと言っても過言ではないと暫し見とれた。人間社会はコロナ自粛で皆様、静かにお家で過ごしておられ、植物の作った作品を見る人も見かけなかった。人間の管理社会は一見、整然と美しく見えるが窮屈で自由の無い世界だ。自由に生きる動植物たちも管理され駆除もされる時もあるが、自由意志で管理の目を逃れて生きる植物や動物には少し憧れるとおもいながら湖岸を自転車で走った。今、読んでいる「東京漂流」藤原新也が著し発行されたのは1983年だ、37年経っても我が国の状況は何も変わらず、悪くなるばかりだ。本の中には70年代から80年代の我が国の管理社会が進む状況を読みながら頷くしか無かった。今も管理され続けている所為で今回の自粛要請も、本当は自主隷属している様なものだとおもった。でもコロナウイルスの影響で世界は大きく変化するが、良い方か悪い方か分からないから心配だ。でも良い方向に向かってほしいと願うしか無いとおもった。

銀色に輝く水玉

2020/05/19

霧雨の中を散歩した。柔らかい水の感触はシャワーでは絶対に経験する事はできないとおもった。そして何時も見ている金堂前の蓮池の水面では蓮の葉上には美しく銀色に輝く水玉が見えた。葉一つが銀河系宇宙とすると池面に広がる葉は星雲ではと思うと大宇宙が想像できた。水面を素早く移動するアメンボウは宇宙船だ、素早い動きは光速でアンドロメダから銀河系までを簡単移動している宇宙船のように見えた。湖岸ポタリングで見る浜大津周辺はコロナの空気に包まれて静かな佇まいだ。西武百貨店も鎧戸を下ろしたままだ、明日から日常営業になると張り紙がしてあった。周辺の道路状況も車が多く普通の日常ではとおもった。朝の散歩で宇宙の旅を楽しめたが町中はまだ重くコロナの空気が漂っていた。午後はFBでブックカバーを目にした事もあり、本棚にあった、東京漂流(藤原新也)を手に取った。1980年代は外型人間の僕は本を読むより空を飛んだり映画を作る事に忙しく内面の充実には縁がなかった。本は40年近く眠っていたわけだ。申し訳なくページを開くと1980年へとタイムスリップできた。本は東京が列島改造に目覚めた1960年頃からの首都の様子を作者藤原新也が綴ったエッセイだ。最初、豚は夜運べ、その中に5つのエッセイが書かれていた。40年前の話がちっとも古く感じられないのは何故とおもいながら読んだ。家の佇まいの変化、人の暮らし方なども今とさして変わらないから不思議だ。作者が体験した時代は僕と同じだから理解もでき、納得しながら読めた。作者は新しい暮らしへと、僕は80年同じ家で暮らしている、居間には銭形平次に出てくる提灯箱が、そして神棚、仏壇、床の間、庭と昭和時代いや大正時代までもの空気が漂っている中で今もくらしている、でも僕は神棚には手を合わせないが作者が自然を「かみ」とふりがなしているのには同感した。そして「大衆の浪費を刺激する10の戦略」などは今も変わらないと56ページまで読み進んだ。そして今回のコロナ騒動が良い方向へ社会を変化させてくれることを願った。

コロナウイルス対応での環境負荷が・・・

2020/05/18

僕は何時もテレビニュースから流れる映像で今回のコロナウイルスに対処するために消費されるウイルス対策に使用されるアルコール、防御服(化学繊維)、マスク、そして手洗いらで使用される水の量などは環境に相当負担を与えているのではとおもった。ホモ・サピエンスの事だけを考えた行動に反省すべきだ。コロナ後の新しい生活様式など、生物として、これから先続けて行けるのか疑問だとおもった。もっと視野を広げればウイルスとの共存も見えてくる筈だ。今日の散歩で訪れた三井寺の蓮池では蓮の葉が新しい息吹を感じさせてくれた。今回のコロナ騒動も二十年もすれば無かったように忘れるだろうとおもいながら境内を歩いた。今日も琵琶湖は静かな佇まいで僕を向かえてくれた。世界の事は分からないが、以前、滋賀大の鈴木紀夫教授が琵琶湖を見ていれば世界の自然環境が感じ取れると言われていた事を思い出した、そして今、起きているコロナ問題で世界が大きく変わる、と言われているが、こと自然に関しては時の流れに逆らうこと無く終局へ向かってゆく時間がホモ・サピエンスの歴史を超えて進んでゆく事だけは間違いないと安心しながら琵琶湖を眺めた。

ペストを読んだ。

2020/05/17

今日は非常事態宣言が解除された、最初の休日で自粛疲れを癒す為?に湖岸で多くの家族連れの姿を見ていると、小説ペスト(カミュ)のラストでオラン市の封鎖が解かれたシーンを思い出しながら湖岸風景を撮った。カミュのペストは小説(フィクション)の世界だ,僕も今回のコロナウイルス肺炎がパンデミックに為っていなかったら多分、読まなかった。話題になっている本と知って本屋に注文しても品切れだった。最近やっと手に入れ読む事が出来た。舞台はアルジェリアの港町オランで起きたペストの蔓延で都市封鎖がされ市民は塀に囲まれた中での物語りは、今、我が国で起きているコロナウイルスによる厄病問題を肌で感じている時にフィクションである小説がノンフィクションの世界だと確信してペストが蔓延するオランの町中へ入ってしまう不思議な感覚に陥りながらページを捲った。僕の暮らす大津は都市封鎖された状況でなく小説ペストの中のオランの状況とは悲壮感が違うが目に見えぬウイルスやペストに脅かされながら暮らす心理状態には変わりは無いのではと思った。登場人物も多彩で,医者のリウーと友人タルーそして記者ランベール、グラン、喘息もちの老人、神父らがおりなす人間模様には過酷な状況下で人間が葛藤する様は今も昔も変わらないのではと思った。僕の好きな登場人物は医者の友人タルーに一番心が引かれた理想を追い求めながら不条理の壁と自分の壁に苦悶しながら生きる様になんともいえぬ感情が湧いてしまった。そして最後の方で医者リウーが何時も自分は犠牲者の側にいたいと語る言葉も印象に残った。あれこれ書いてしまうと此れから読む人もあるので・・・そして大津の町中では不足していたマスクが彼方此方で売られていた、そして町中の商店街の金物屋が良心的な価格でマスクを販売していた。町衆の心意気ではとおもうと少し良い気分に為った。


喫茶店の軒先を借りてマスクを売る業者も見かけた・・・モノクロ写真は休業中の浜大津港の風景です。

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる