ユートピアとデストピア
2019/11/10
今日も晴天で視程も良く三井寺の展望台からは伊吹山もすっきりと見えた。伊吹山の山頂からパラグライダーで飛んだ日を懐かしく思い出した。空から地上のユートピアの夢みた、20世紀はユートピアなどない事が判った。21世紀になった今でも戦争や紛争は無くならず、地球温暖化は進むばかりで何一つ希望は叶わないが、でも希望は持たねばと思うが、今の現状ではデストピアへの未来に備えた生き方を考えるほうが前向きな思考に思えてきた。最近、読み始めた,献灯使(多和田葉子著講談社文庫)は日本の近未来のデストピアを描いた小説との情報を得て買った。読み始めた瞬間から僕の感性に深く反応した。小説の時代は、もちろんフィクションだが日本は既に便利なモノも無く?棄て?そして鎖国状態での社会生活の様子を読むと、今の時代に生きるものとして未来に生きる人への思いがもてるのではと読み始めた。僕は最近、見た、映画、ボーダー二つの世界(スウェーデン・デンマーク映画)とサタン・タンゴ(ハンガリー映画)もデストピアへと向かう人類の賛歌ではと思えるようになった。近頃、身近な便利な暮らしも先が見えてきたのではと思うが不思議と暗く落ち込むことがない、かえって前向きになれるこの頃、自分もデストピアへ向かっている現実をしっかりと受け止め生きて行くしかないのではと感じているからだ。
パブリックスペース
2019/11/09
今日も晴天、翼があれば飛びたい気分だ。湖岸サイクリングも風も弱く湖岸を快適に走れた。今年は水鳥の飛来が多く今日も湖面を埋めている様に見えた。青空には僅かな雲が申し訳無さそうに浮かんでいた。午後は柳が崎へ向かった。元水泳場だった浜辺もアオコが消えて美しくなっていた。びわ湖大津館から見る湖岸の眺めは外国の様に見えた。大津市や滋賀県の湖岸の利用方の失敗はパブリックスペースが少なく民間に供与した事が一番の問題だったと今も思っている、浜大津から膳所にかけての湖岸には博物館や美術館そして図書館らの公共施設を建設すべきだったと思うが、残念ながら高層マンションが立ち並ぶ衝立状態の琵琶湖の情景を見ていると哀しくなってくるが今更嘆いてもしょうがないと白けて琵琶湖を眺めた。帰路、競輪場跡に完成に近付きつつある施設ブランチ大津京に寄った。思っていたより規模が小さく感じ、もし此の施設が湖岸寄りにあればと想像しながら見ると期待が半減した。少子化の進む未来の地方都市はどの様に衰退して行くのか美しい風景とはうらはらに気分はネガティブになるが、事実明るい未来は無いのだからと力なく自転車のペダルを漕いだ。
琵琶湖そして京都
2019/11/08
湖岸サイクリングで時々、学習船うみのこを見かける、そして新型になってからは急旋回する姿の迫力には目を見張る、旧船では見られなかった急旋回はモーターでスクリューを回転さし効率と運動性能が上がったのではと感心しながらうみのこ、の写真を撮った。打出浜湖岸から沖合いを行くミシガンを見ると渡り鳥が多く行き交っているのが見えた。キンカンハジロではと思いながら群れとミシガン号を構図に入れデジカメのシャッターを押した。そして晩秋と初冬の区別はと少し寒さを感じながら湖岸を走った。午後、京都へ友人の個展を見るためにSさんMさんと一緒に出かけた。そして久ぶりに京都近代美術館へ応挙から近代京都画團へ展を三人で見た。応挙と言えば、地元の円満院だが今は応挙の名品は消えて久しいと昔を思い出した。今日見た応挙の作品よりインパクトが強く迫力もあった、絵巻物、七難七福図を思い出しながら作品を楽しんだ。京都図書館の前庭に薪を背負っていない二宮金次郎ならぬ尊徳の銅像を見かけ、読書の秋・・・急に本が読みたくなった。芸術の秋を充分楽しんだとスマホの歩数計に目をやると一万歩を超えていた。疲れる筈と呟くとふくらはぎの筋肉に疲れを感じるスポーツの秋でもあった。
AIそして自己責任?
2019/11/07
三井寺の展望台から空の美術館を楽しんだ。大陸からの高気圧で爽やかさを感じながら見上げる空には巻雲、巻積雲、巻層雲、高積雲と遥か高空で色んな雲が其々の形で見事な作品を見せてくれた。水の惑星に暮らす幸せを感じる時間に酔った。そして喫茶店で新聞を広げると下界の複雑な社会情勢が載っていた。朝日新聞では外国の学者がAIの問題点を指摘していた。データーで物事を判断するAIの利用は慎重にしなければと語っていた。そして自己責任論に走る社会は弱者を見捨てることにも繋がるのではと・・・僕も若くて元気のあった時代は自己責任論派だった、スカイスポーツや山スキーは個人スポーツで自己責任とおもって楽しんでいたからだ。最近は考えを改めた、社会的弱者や生活困窮者が自己責任とは一概に言えないからだ、政冶や資本主義社会が富の分配に失敗しているからだ、我が国の社会や政冶でもAIデーターを重視する方向に進んでいるがAIやITが弾き出す情報では人間の心の部分が欠落しているからAIの情報結果で判断されては、不公平さでますます格差が広がる社会になるのではと心配になった。心を持った人間の存在が試される時間は多くは残っていないが、今こそ地球上の問題解決には心で考え行動して欲しいと願うしかないと思った。
不思議なファンタージー映画
2019/11/06
雲一つ無い青空が広がる秋晴れの下、湖岸サイクリングを楽しんだ。浜大津港の西側桟橋を見ると疏水の通船が人を乗せ湖上を航行しているので、あれっと思って暫らく見ていると桟橋に着けられた。通船の乗り場はトンネル入り口が近く直ぐにトンネルでは観光的にもイマイチと気がついたのか・・・浜大津から向かえば琵琶湖から疎水水門を通りトンネルまでなの景観が楽しめると思った。午後は京都みなみ会館へ気になる映画、「ボーダー二つの世界」(監督アリ・アッバシ)スウェーデン・デンマーク映画110分を見に出かけた。少し不思議なファンタージー映画はトイレにも立つ事無く最後まで楽しめた。主人公ティーナは醜い容姿の独身女性で税関員だが特殊能力で人を嗅ぎ分けることができ、町の犯罪捜査にも協力している、ティーナの出生の秘密が解き明かされ物語は大詰めへと向かうが、現生人類ホモサピエンスへの警鐘も感じ取れる大人のファンタージー映画だ、我ら側と違う人類?尻尾が残っているのが愛嬌だ、そして向こう側の意見の正しさもあるのではと・・・彼らは現生人類クロマニヨンは地球に取っては毒でしかありえないと・・現在、地球温暖化で進行する環境の悪化は現生人類が引き起こしているのだからと問題意識を感じながら映画を見終えた。

















