聞く耳持たぬ大国
2019/11/05
京都新聞夕刊第一面にアメリカがパリ協定離脱通告と大きな見出しが目に入った。スウェーデンの少女グレタ・トゥーンベリさんの願いにはアメリカ大統領は聞く耳を持たなかったのかと世界の主導者には失望するばかりで、何も明るい兆しは見えずに空しくなるばかりだ。今日も打出浜から見る琵琶湖は青く美しく輝いて見える日常が何時まで続くのか不安が募るばかりだ。世界の情勢では温暖化が進む中で北極圏の氷が融ける影響で地下に眠る資源開発を進める国が多くなっている中でも中国の動きが際立っているとニュースが伝えているが、地下に眠る天然ガスや石油は地球上の22パーセントとも言われているが又その化石燃料で地球を温めて温暖化を加速させるのかと怒りを感じた。今でも温暖化の影響で相当な被害が出ているのに振り返る事も無く此の先まだ開発を進めるとは狂気の沙汰だ。未来に生きる人たちの為にも立止まって温暖化のスピードを緩める時は今しかないと思った。今日は冬型で北西風が吹く琵琶湖には温暖化のほかに福井高浜原発の老朽原子炉の再稼働問題があると心配だらけの現状ではストレスが溜まるばかりだと溜息を付いた。
先進モビリティー?
2019/11/04
湖岸サイクリングを終えて町中へ向かう途中、青い小型バスの側面上部に書かれた文字、先進モビリティーに目が行きバスの行く手を追った。バスは大津駅前の30メーター道路で停車していた。近付くと立て看板には自動運転実証実験バスと書かれていた。係りの人に乗りますかと声を架けられたが自転車なのでと断わった。大津市の交通課が11月2日から8日までの期間運行して未来の公共交通を模索する企画ではと僕はそう思った。大津市内は然程交通混雑も無く自動交通システムらの実験には向いているのではと思いながら青い小さなバスを見送った。帰路、新しく整備された旧東海道を通ると車も人影もない静かな美しい道路が秋の斜陽を受け寂しく輝く光景を見て大津市の行う町つくりの不思議さを感じながら自転車のペダルを漕いだ。
静かな観光地
2019/11/03
連休で観光地はさぞ賑わっていることだろうと思いながら何時もの朝の散歩に出かけた。鹿関橋から疎水の水門を見ると通船が一艘繋がれているのを見て何時もなら三艘での運行ではと思いながら疏水のトンネル方向を見ると通船は出た後で静かな佇まいだ。思ったほど需要が無かったのかと思いながら三井寺の総門へ向かった。総門の門前にはモノリスが建立された。もちろんデジタル時代を象徴する大型液晶画面の立派なモノリスだ。其の画面には黄不動尊像と善神像が映し出されていたが見る人影も無く少し寂しく思った。石段を上がると又モノリスが迎えてくれた。境内には五ヶ所にデジタルモノリスが建立されたと聞いた。1200年の歴史の中で新しいモノリスの出現はどの様な変化を巻き起こすのか楽しみだ。境内は平日よりは人影も多く見かけるが京都の観光寺院の様な混雑して困るオーバーツーリズムにならない様に祈った。そして湖岸サイクリングでも休日にも関わらず人も少なく自転車は快適に走れたが観光地としては寂しすぎるのではと湖岸を走った。打出浜から見る琵琶湖は曇り空の下で長閑な恒久の時の流れを感じさせてくれた。
モノリスとジュウガツザクラそして
2019/11/02
モノリスと言えばSF映画「2001年宇宙の旅」スタンリー・キューブリック監督のアメリカ映画(1968年)の冒頭シーンに出てくる黒石板が有名だ。映画の内容はおぼろげになったがモノリスの出現は今も映像が頭に浮かぶ、今朝の散歩で三井寺の境内に石製ではないが黒いモノリスがコンクリートの台座の上に聳え立つ様に立っているのを見た。それはデジタル機器で液晶画面を備えた幅80センチほどで高さ1メートル80センチぐらいで全体は黒い立方体はモノリスの様に見えた。近付いてモニター画面を見ると三井寺の企画展の内容らが映像で紹介、そして境内の案内も兼ねた近代的な標識ではと思った。でも現代のモノリスは時代を超えて歴史の時間を伝えることは出来ないのではと考えた。そして脆弱な電子機器の耐用年数が10年ぐらいではSF映画に出てきたモノリスの様に何百万年もの時間を旅することができないと思いながら液晶画面を見た。1200年の歴史のある三井寺に現代のモノリス出現かと少しユーモアを感じた。帰路大門坂を下ると尼寺、遊心庵の門前に十月桜が咲いていた。十月桜は春と秋に二度も咲く、花には艶やかさはないが凛とした花には魅了され何度もデジカメのシャッターを押した。午後は三井寺の観音堂まえの観月舞台で京都の、くうみクラブのライブがあり少しお手伝いを兼ねて楽しんだ。ライブが終わると素晴らしい夕景が雲を連れてやってきた。自然の雄大なショーを見ながら境内を後にした。
大津絵展を見る
2019/11/01
大津市歴史博物館で開催されている大津絵展を見に出かけた。大津絵はもちろん大津が発祥の地で東海道を旅する人たちの土産物として江戸時代に逢坂峠を挟んで大谷や大津八丁通り辺りで売られていた事で有名だ。俳句、大津絵の筆の始めは何仏、とある様に最初は仏画から始まったと大津絵師四代目高橋松山さんから聞いた。僕も今から五十年ほど前に習ったこともあるが大津絵の面白さを感じるまでには至っていないと改めて大津絵の面白さを再発見したくなり出かけた次第だ。今回の展示は、ヨーロッパの視点から、とキャプションにある様にヨーロッパからの里帰りの大津絵もあり楽しめた。そして藤娘と鬼のツウショットの絵の前に立つと、鬼と藤娘が会話をしているのではと耳を傾けると少し内容が分かった。藤娘が江戸時代に港町として栄えた大津の賑わいを話していた。浜大津には米蔵が並び、町には遊郭もある一大歓楽街だったが今ではすっかり寂れたと鬼に語っていた。鬼は頷きながら今の寂れようは何が原因かと僕に尋ねている様におもえ、答えようと絵に向かうと鬼と藤娘は静かに紙の上で動かなかった。館外へ出てテラスから大津市街を眺めると町の中心部より周辺にマンション群や大型店舗が町を制覇したように見えた。先日も競輪場跡にできる大型店舗の影響で商店街も打撃を受けるのではと心配した。今日は久ぶりに商店街に入ると新しく開店した店も何軒かある、其の中の最近開店した、おにぎりの専門店に寄った。そして、おにぎりを買った、美味しいお米で握った、おにぎりを食べると懐かしいお米の本当の味を感じた。

















