ユリカモメの会話?
2020/01/28
湖岸ポタリングでは久しぶりにユリカモメが浜大津港の長い突堤の手摺に並んで留まっている姿を見て近付いた。そして写真を撮っているとユリカモメの話し声が耳に入ってきた。ユリカモメAが最近、人間社会ではコロナウイルスに寄る新型肺炎が流行っていて大騒ぎしている、中国の武漢では患者数が4千人を超えて死者も60人とメディアが伝えているが我ら鳥類には鳥インフルエンザもあるが鳥社会では騒動にはならなかったと話すとユリカモメの長老Mが人間社会ではスペイン風邪が1918年に流行った頃は大変な事態で世界では5000万人もの人がインフルエンザウイルスのスペイン風邪で亡くなったと言う歴史があり、日本でも39万人もの人がスペイン風邪で亡くなった記録があるがそれと比べると大騒ぎするほどでもと思うが・・・ユリカモメBいや長老、医学が発達したと言ってもウイルスの攻撃には人間も打つ手が無いらしいが経験して学んだ知識で今回のコロナウイルスの新型肺炎も何とか押さえてこれ以上に感染者が出ない事を祈るしかないと会話していた。そして少し生意気なユリカモメが発言した。新型肺炎での死者は今のところ60人くらいだ、其れに比べたら交通事故で亡くなっている人は日本だけでも去年3000人以上の人が亡くなっているのに車を無くせない人間社会は不思議だ、人にとっては車もウイルスではないのかと僕に聞こえるように言ったような気がした。デジカメのファインダーを見るとユリカモメの姿は消えていた。僕の聞いたユリカモメの会話は夢・・・僕の戯言?・・そんな事を考えながら浜大津港を後にした。
コロナウイルス新型肺炎の早期終息を願うしかないと思った。
新聞広告に・・・
2020/01/27
昨日の京都新聞朝刊の広告に少し驚いた。市長選のPR広告?選管のポスターかと思いきや、大切な京都に共産党の市長は「NO」と大きな見出しの一面を使った広告に目が行ってしまった。一度もどんな政党にも興味を持たなかったが、共産党も随分嫌われたもんだと少し気の毒におもった。そして誌面に載っている面々の顔写真を拝見、文字を見ると自民党、公明党、国民民主、そして社民党までが名を連ね、各種団体が銘記されていた。最近のメディアは行き着くところまで来てしまったと思うことが多くなったと先日のテレビ民放キー局の同時一斉放送らを見ていると此の国はこれから先、自由に生きる事が難しくなってくるのではと思いながら何時もの湖岸ポタリングへ向かった。二つ玉低気圧の影響で琵琶湖は吹き付ける風で波立っていた。湖岸に佇み荒れる湖面を見ていると自分の心の怒りと琵琶湖がリンクしている様におもえてパワーをもらった気分になった。
穏やか過ぎる日・・・
2020/01/26
寒い冬は何処へと今日も湖岸から見る琵琶湖冬景色は毎年見てきた風景とは違った。地球温暖化の問題もネットを開けば色んな考えや意見もあるが何れも人間が中心に考えた事ばかりだ。地球上で起きる気象の変化の歴史は余りにも壮大な時間の出来事、今起きている地球温暖化と言っても最近の事で原因も特定できていないが人間社会の活動が地球に与える影響はあると思うのが普通の考えではと思った。プラスチック問題での海洋汚染や原発事故での放射能汚染らは人間の社会が起因しているのは事実だ。地震や台風の自然災害の原因までは特定しきれないと思うのも普通の考えだ。でも最近、起こっている自然現象の異常さは気になるが此れも地球の歴史の流れの一部として受け入れるのか、それとも地球温暖化は人間が多大な影響を与えているのかと・・・もし何パーセントでも温暖化に影響を与えているとしたら社会のシステムを少しでも変えようと思うのが普通の考えではと思いながら雪の無い比良山を眺めた。
水上スキーを楽しんでいる人を見ていても寒いのではと思わないのは温暖化の所為かと思った。
脱原発市民ウォーク・・・
2020/01/25
脱原発市民ウォークと言っても参加する市民など殆ど無いに等しいと今日も参加者の顔ぶれを見た。二十人ほどがJR膳所駅前に集まって市民ウォークが出発した。相変わらずのシュプレヒコールにはうんざりだ。僕は黙って湖岸まで歩くだけだ。今年八月で閉店となる西武百貨店前を通り関電滋賀支社を通過して琵琶湖岸へコースも少しマンネリ化したと感じた。西武百貨店は消えるが肝心の原発は何時無くなるのか想像すら出来ないと思いながら空しく歩いた。
紙面の情報から
2020/01/24
購読紙を朝日新聞に変えた、以前は朝日新聞だった事も在り読みやすく感じた。スマホやパソコンでの情報は目で追うだけで頭の芯まで届かず僕の記憶回路とリンクしないと思っている、今日も朝刊に目を通すと「人生100年」の現実、の見出しにおもわず読んだ。「ピンピンコロリ」は、まれ、は医師・ジャーナリストの富家 孝さんが現在の医療制度の事にふれながら高齢社会を語っていあた。迷惑かけなきゃ130歳まで、はアマチュア写真家西本 喜美子さんは今も元気に毎日写真を撮り続けている、今を楽しく生きる人だと感心しながら読んだ。「死の規制緩和」議論の時、は宗教学者の山折 哲雄さんは「人生100年時代」という言葉には直感的な反発を覚えました・・・としながら深く人の生き方まで語りながら死生観まで話されていた。読み終えてから僕の見た家族の臨終を思い出した。祖父は家で長く寝たままで祖母が最後まで看取った。そして数年後に亡くなった、祖母の死が僕には印象的だった。信仰心が厚く何時も南無阿弥陀仏を唱え生活もシンプルで家で安らかに亡くなった。父も母も病院で亡くなった。死に際の様子は祖母が安らかに臨終を迎えたのはやはり信仰心が厚かったからだと思っている、そして自分の人生のファイナルはと考えた、延命治療は受けない、自分の葬式はしないことぐらいしか決められないと思いながら人生100年は僕には無理だと思う年金爺は今年80歳に、願わくばピンピンコロリと行きたいがまれとあっては難しいと思いながら湖岸ポタリングへ出かけた。

















