中島省三の湖畔通信

大津市長選・・・

2020/01/18

大津市の市長選挙の最終日も静かで朝の散歩の途中で選挙カーから流れる候補者の名前を聞いたぐらいだ。一騎打ちと言われた選挙戦も熱気を全く感じなかった、新聞で見る両候補の訴える内容が似ていて、今までと変わらない市政が続くのではと期待もせずに出かける選挙の空しさを感じるも明日の投票には出かけるつもりだ。今日の湖岸ポタリングも冬型が強まり風も強く吹くと、天気予報での予想ほどではなく快適に湖岸を走れた。におの浜湖岸から琵琶湖を眺めながら昨日の広島高裁での伊方3号機の仮処分決定を思い出しほっとするも若狭原発群の中、高浜原発の老朽原発の再稼動だけは止めて欲しいと願いながら冬ばれの美しい琵琶湖を眺めた。


朝、三井寺の蓮池を眺めていると水の惑星、我らが暮らす地球の大切さを改めて感じた。大津の商店街を歩いても市長選挙は何処吹く風と眠りに陥りそうな商店街の活性化は話題にもならなかったのかと考えた。

タルコフスキー

2020/01/17

朝の散歩で何時も通る鹿関橋から疎水のトンネルを見ると作業車のライトが流れの止まった水路の水面に月の様に映っている様子を見て、タルコフスキーの映画、ストーカー(1979年)のトロッコでゾーンを目指すシーンを思い出した。今も映画が好きで以前ほどではないが月に三本くらいは見る、でもタルコフスキーの映画を見た後の不思議な感覚に陥る映画には出会った事が無い、去年見た、タル・ベーラ監督のサタンタンゴが印象に残っているぐらいだ。タルコフスキーの映画は今も多くのファンがいて最上映される事もあるが「ストーカー」の上映はなく残念だ。日本社会でのストーカーは犯罪者のイメージだが映画ストーカーでの意味は信ずる事を求めての探索行、あるいは、精神の最後の息吹とタルコフスキー(国文社)の中にあるが、映画はモノクロで時々カラー場面もあるがトロッコが霧の中をゾーンへ向かうシーンは今も脳内スクリーン保存されていて何時でも浮かび上がらせることが出来、今日も疏水トンネルの光景とオバーラップして見えた。最近の映画はデジタルHDカメラで撮られる画像は其れなりに美しく思うが心には入ってこないのは何故かと考えた。テレビでは8K画像の美しさをしきりに宣伝するが別に高いお金を払って見るつもりも買う予定もない、そして買えない下層年金爺だと卑下するつもりなど無いと僕の記憶回路には素晴らしいタルコフスキーの映像があるからだ、デジタル技術で自然よりも超美しい映像を作っても人の心を動かすのは美しく映った画像ではなく本当の自然の一部をさりげなく捉え人の心へ届けてくれる映像ではと思った。

比良に雪が

2020/01/16

三井寺の展望台から比良山を見ると蓬莱山の上部に雪が積もっているのが見えた。やっと冬らしくなったと少し喜んだ。でも琵琶湖を囲む山々には積雪も無く、このまま行けば春先に雪解け水が琵琶湖に流れ込み冷たい水に含まれた酸素が湖底まで届く現象の琵琶湖の深呼吸が行われないのではと心配した。そしてプランクトンを採取して映像をFBに投稿されている研究者Iさんの写真と動画には淡水赤潮の原因となるプランクトンのウログレナの不気味な姿が紹介されているのを見ると1977年に発生、そして翌年大発生した淡水赤潮が又琵琶湖で大発生するのではと想像すると少し怖くなってきた。地球温暖化の影響は徐々にではなく一挙に押し寄せて来たら災害列島日本は持ちこたえられる事ができるのかと今年の台風シーズンが今から心配なって来た。夕方近く湖岸から比良を見ると雪は解け根雪にはならなかった。遠くに見える伊吹は夕陽を受け少し赤く染まった雪景色を見ていると、寒くなれと叫びたくなった。

市内バス?

2020/01/15

今夕、久ぶりにバスに乗った。近くの停留所、三井寺は大門坂の途中にあり時刻表を見ると一日僅かな本数で三時間に一本あるか無しの路線に少し落胆した。20年位前には一時間に一本は走っていたと記憶していて大津駅まで何回か乗った事を思い出しながらバスを待った。ほぼ定刻通り5時27分にバスは来た、勿論乗客は僕一人だ。料金表示はデジタルに変わっていた。車窓から見る浜大津近辺の夜景の暗さに驚いた。以前ならネオンが輝き其れなりにの浜大津の賑わいを感じさせてくれた昔を思い出し、寂れように驚くしかなかった。浜大津から乗客が三人、そして途中で三人乗って僕と合わせて7人の乗客がJR大津駅まで乗って、全て降りた。国道経由石山駅行のバスに乗客はあるのかとバスを見送った。今日は駅前近くの居酒屋で新年会を兼ねて仲間達と飲んだ。かえり際、居酒屋の店長から今月でお店を退社すると告げられた。次回からは店長も変わるのかと、お店の顔は店長だしと、次回は場所を変えねばと考えながら一人で小さなバーへ向かった。スコッチを一杯煽り家に向かう道中に出会った人は三人と本当に寂れた町になったと実感した。

本で学ぶ・・・

2020/01/14

今日、久ぶりに友人Sさんと喫茶店で会話した。獲りとめもない会話の中で幼少時の生活環境の話になった。豊かでなかった時代の中での格差社会で苦労した者との違い等を話しながらコーヒータイムを過ごした。帰宅後、苦労する事無く生きてきた自分の経験では社会の格差を実感として受け止めているのかと今、読んでいる本ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルーの中に出てくるイギリス、下層で暮らす人たちの話を読んで、貧しい社会での生活らを本の中で知るだけだ。ボランティアの実体験も無く、食事らにも困ったことが無いものが本を通して感じる困窮生活を本当には理解できたかは分からないがと自分に聞き返した。本の中で語られるイギリス社会での総合扶助活動に参加する人たちの素晴らしさに感心した。日本では災害が起こったとき行政主導での救援活動が殆どだ、でもイギリスでは下層地域の人たちが行政機関が不能でも総合扶助の精神でボランティア機能が働き困っている人たちへの救助や援護がスムーズにできるのは小学生からシティズンシップ・エデュケーション教育で学ぶからだと思った。改めて日本の教育制度は旧態勢のままでは未来の社会への不安を感じ心細くなった。スマホでのコミュニケーションでシンパシーやエンパシーまで感じられるのかと疑問が広がるばかりのバーチャルな社会と格差社会で起きる問題を解決できる日はくるのだろうか・・・

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