春の嵐
2020/01/08
春の嵐が・・・少し早すぎる到来に温暖化の現実を感じた。そして中東では戦争の嵐が心配だ。三井寺の展望台から空を見ると雲の流れる速さに嵐を感じるが広がった青空に安堵すら感じるから不思議だ。強風を受けて湖岸に立つとやはり心配は若狭の原発群そして高浜老朽原発の再稼動が心配だ。一月にしては暖かい強風を受けると不安が増すばかりだ、今年の台風シーズンを今から心配せざるを得ないと湖岸を自転車で走った。午後三時を過ぎると風も弱まり又湖岸へ自転車を向けた。浜大津湖岸から見る、嵐の隙間の琵琶湖の美しさに感動した。やっと琵琶湖の美しさが分かる歳になったのかと・・・何時も見ている身近な自然の美しさがこんなにも大切と思うのは地球温暖化や戦争への心配があるからではと思った。
雪景色は何処へ
2020/01/07
今年も異常気象で悩まされそうだと展望台から雪の無い比叡山を眺めた暖冬と言っても正月には雪が降っていたのではと過去を振り返った。スキーに出かけていた頃は新聞のスキー場積雪情報を良く見た。何時も近場のスキー場はクリスマス頃から雪が積もり出し正月には県内のスキー場は殆どがスキー可能になるのが普通だった。股関節がサイボーグ?になってスキーは出来なくなったがスキー場の積雪が気になって今日も見た。県内のスキー場は一部可とあるが人工雪がコース上に申し訳ない位積もっているだけだ。各スキー場も年末年始の客を当てにしていたのに残念なことにと、少し気の毒に思った。世界では異常気象で山火事が多発して大変な事になっている国も、そして世界情勢は戦争の危機が心配されている状況だ。戦争は人間の英知で切り抜けられるが地球温暖化による災害を予防するには時間が多くかかるのに人類はまだ対策に手を拱いている状態だ。もう今年は雪景色を見ることはできないのかと雨空を見上げた。
今日、鹿関橋の上から流れの止まった疎水に清掃作業車がクレーンで下ろされていた。
予定なしの日常の変化?
2020/01/06
正月休み明けと言っても年中休日の年金爺には変わりない日常で、散歩と買い物を済ませた。午後は湖岸ポタリングで疎水河口?三保が崎へ向かうと水門を閉じる作業が行われていた。冬場は第一疎水の流れを止めて清掃作業らのメンテナンス工事で三月までは水の流れは見られないと作業風景を写真に撮った。におの浜湖岸から琵琶湖を見ると雲が広がり青空が消されそうな空模様を眺め、お天気は下り坂、でも今日は大丈夫とポタリングを続けた。午後三時、帰宅するも夕飯までは時間が・・仕方なく映画を見ようとスマホで検索、去年、三井寺でロケをしていた映画カツベン(周防正行監督)を思い出し見ることにしてセブンシネマへ出かけた。見る予定をしていない映画も良いかと館内に入ると僕を入れて4人と少ない観客だ。映画は無声映画の古い映像が時々映り懐かしい昔の映画を感じながらロケ地の三井寺が出てくると場所を特定して楽しんだ。映画の内容よりもご近所のロケの映り具合を確かめたて二時間近くの時間を無時過ごせた、そして予定なしの映画を見た実感はと自分に問うと・・・・・ん・・・・ん・・・・・沈黙が続くのみ・・・
天気の爺は虹を呼ぶ
2020/01/05
今日は朝から時雨が・・こんな日は虹を期待できると三井寺の展望台へ向かった。比叡山も雨雲に隠れ上部は見えず比良も伊吹も見えないが時折、雲の隙間に明るさも感じるが太陽は顔を出さなかった。湖岸ポタリングへは虹を期待してデジイチ(一眼レフ)を自転車の前籠に入れて湖岸へ向かった浜大津港へ来て今日は消防出初式と気がついた。消防車が湖岸に整列しているが一斉放水までは時間があるのでカフェタイムへ向かうことにした。コーヒーを飲み終え外を見ると陽射しがあり虹が期待できると急いで湖岸へ向かうと琵琶湖は少し時雨れているが虹がでることを願いながら山並みを見ながら少し湖岸を走ると虹が少し見え自転車を留めた。カメラを出して場所を決め暫し待つと見事な虹が湖上に見え、急いでカメラを構え構図を決めて数枚写すと気分は天気の爺になった。琵琶湖で虹が見られるだけで幸せな気持ちになれると暗い思いが少し晴れた。小さな希望も適えられることも難しいが希望だけは持ち続けようと琵琶湖に架かる虹を見ると心が少し明るくなった。
家族を想うとき
2020/01/04
家族を想うとき、はイギリス映画でケン・ローチ監督の最新作だ。わたしは、ダニエル・ブレイク、を製作したおりに引退宣言をしたケン・ローチ監督が映画を作った。引退を覆して製作した社会派の映画を見なくてはと京都へ向かった、映画、家族を想うとき、は正月から暗い映画を見るつもりは無かったが好きな監督の映画を見逃してはとの想いからだ。今、読んでいる本ポバティー・サファリイギリス最下層の怒り(ダレン・マクガーヴェイ)を読んでいる繋がりもあるから興味を持って見た。映画は父リッキーと母アビーそして息子セブと娘ライザの四人家族の物語は困窮家族の追い詰められた状況を描いた映画は深刻な社会問題を正面から捉えた映画は重たく圧し掛かる生活の辛さが伝わってくる内容に自分の立場で考えると恥じ入るばかりだ。父親リッキーはフランチャイズの宅配ドライバーを始めるが過酷な仕事のシステムに人間性までもが壊れ行く様子には心が痛むばかりだ。グローバル資本主義の歪に翻弄される弱い立場の人たちの救いのない状況にどう立ち向かえばよいのかと考えるばかりで前に進む事が出来ない現代社会の現実を突きつけられて映画は終わった。映画の中の家族の未来は絶望的に見えた、今、世界で起こっている格差社会での経済問題の解決は簡単なことではないが映画が訴える社会問題を真剣に考えねば資本主義社会はますます悪い方向へと向かうのかと心配が募るばかりで今年も大変な年になるのではと覚悟した。

















