静かな佇まい
2019/07/14
今年の梅雨は例年と違い蒸し暑さもなく過ごし易く感じるが、これも人それぞれだからと三井寺の境内を散歩した。まだ蝉の声はまだ、聞こえず静かな佇まいだ。僕の暮らす環境は静かで、町中も湖岸も都会の喧騒からは程遠いと思いながら湖岸サイクリングへ出かけた。今日は休日でカヌー教室らの小さなイベントが開かれているが浜大津港周辺は平日と然程変わらず自転車も快適に走れた。湖上にはバス釣りのボートが見られるくらいで琵琶湖も静かだ。におの浜湖岸から琵琶湖を眺めると心は鎮まるばかりだ。家に居る時はテレビを見たり本を読んだり雑事をしている方が煩悩が働き考える事も多くなる、歎異抄つながりで最近、読み始めた、倉田百三の「出家と其の弟子」は親鸞と弟子の唯円が主の小説(戯曲)を読みながら現代も人の悩みは昔と同じではとおもった。そして昔よりも今の方が便利なモノや欲しいものが多く煩悩も多く歎異抄を簡単に理解することが寄り困難な時代ではとおもうが、でも煩悩を量では判断できないのではと、親鸞と唯円の物語を最後まで読もうと静かな湖面を見た。帰路、湖岸で蝉の声を聞いた。地球温暖化の影響は少しづつ人間社会に影響を与え始めたのではと心配になってきた。今回の選挙では環境問題や原発の事等があまり話題になっていないのは何故と考えた。今も大事だが未来へ向けてのメッセージも必要だとおもった。
蓮の花
2019/07/13
何時も散歩で訪れる三井寺金堂前の蓮池では花が開花し始めた。池に佇んで花を愛でた。桜と違い花其々に個性を感じる花だ。そして開花の時間も違うのではと思いながらデジカメで撮った。よく蓮の花は開花するときにポン?と音がすると信じている人も多くいるのが、現在では開花の時には音がしないと本や情報では伝えている、僕も音を発する事無く開花すると思っている派だ。実際に四十年も前、草津烏丸崎の蓮群落をお寺の仕事で早朝に湖上から船で近付き撮影した折も蓮の花は静かに開花していた。その後、NHKテレビでも開花をドキュメントした映像でも開花時には音がしないと結論された事を思い浮べながら蓮の花を眺めた。お釈迦様の愛した花?蓮の花は音など出さずに、厳かに咲くのか、それともポンと空気を振動させ森に朝を知らせ森の中の生物たちに朝を知らせるのが良いのかと考えた。人の願いからするとポンと音を出して咲いて欲しいと思う人の方が多いのではと思った。僕が身近な処で聞く会話の中では圧倒的にポンと音がして開花する人が殆どだ。僕は最初は知ったかぶりして蓮の開花は音がしないと知らせていたが最近では人それぞれに感じ方もあり、そしてポンと音がして開花する方が楽しいと思うようになった。早朝、蓮の開花の音と小鳥達の鳴き声のコラボも楽しいのではと想像しながら池を後にした。
政見放送
2019/07/12
昨夜、初めて政見放送を聴いた。別に聴こうとしていた訳ではないがテレビを切ろうとリモコンを、何気なくチャンネルボタンに触れるとNHKに画面が変わると山本太郎の顔が映った。今FBらで話題になっている太郎現象が気になり人気ぶりの片鱗を見たくなった。僕は今まで政治家の話など聞いてもつまらないと思っていたからテレビの政権放送など見たことは無かった。山本氏はテンポがよく話の内容も分かり易く政治家個人の凡その考えが説明も無く理解でき、リズムに乗った言葉が心地よく体に入って最後まで聴いた。やはり今回は選挙に行こうと決めているから聴けたのではとおもった。でも他の政権放送も聴かないのは不公平だがと考えるも、眠くなるし興味は湧いてこないし・・・、誰もがテンポよくリズムに乗って・・・そんな事は願っていないが新聞等で見ても各政党の語る政治方針は本当に国民が願っている事が書かれているのかと少し疑問を感じる事も多く、読んでいても楽しくない、これでは投票率は上がらないと思うが、アメリカの様にお祭り騒ぎになっても問題だし・・・でも面白くなれば政治も変わるかもと思いながらベッドに入った。
今日は梅雨の晴れ間が広がり雲の美術館が開館した。もう梅雨明けは近いのだろうかと湖岸から琵琶湖を眺めた。浜大津港を出航したミシガン号は時速5ノットぐらいと僕は自転車のスピードを6ノットにしてミシガンを追い抜いた。
街角で感じた視線?
町の本屋
2019/07/11
今日は雨、何時もの散歩、三井寺の境内では誰も人を見かけなかった。そして湖岸や湖上にも人影や船影は見かけなかった。雨は降り続いている時には強く、風もある中を自転車で走った。楽しくも無いが苦しくも無かった。午後は再読中のお釈迦さま以外はみんなバカを読んだ。其の中、世界一素敵な本屋はどこにあるかしら、には作家らしい考察が記され楽しく読み考えた。僕の素晴らしい本屋は家から自転車で5分の距離にあるN書店だ。僕はモールやスーパーの中にある大型書店は好きになれない本が多すぎて自分の好きな本に辿り着けないからだ。多くの本が津波の様に覆いかぶさってくる様で落ち着かない、そして店員さんともコミュニケーションが取りづらいから大型店で買う事は稀だ。何時も利用するのは町中のN書店だ。店主との会話も楽しく、時には店主の奏でるフラメンコギターを聴きながら本棚を見つめていると読みたい本が見つかる、今読んでいる、お釈迦さま・・もこの本屋で見つけた、そして今日は注文しておいた本、「あの日」からぼくが考えている[正しさ」についてはこの本も高橋源一郎作だ、を雨の中、N書店に向かった。自転車を留め店内を見ると店主がギター演奏中だったが何時ものことと店内に入った。店主はギターを止めて注文の本を出してくれた。大型店では感じられない長閑な時間が流れた。そして入る前に黙って写真を撮った事を喋らずに本屋を後にした。そして僕の素敵な本屋はN書店に決定したと自転車に、雨はまだ降っている、雨でタイヤと地面の抵抗が少ない所為か自転車は軽やかに進むように感じた。
今日も蓮の蕾は美味しく見えた。
時間に追われて?
2019/07/10
今日は呑み会があり帰着してから湖畔通信を書いています。昼間に読んだ本の知識も過去へと・・・撮った写真も、昼間に考えたことも空しく過去の時間へ消え去った。呑み会で語り合った政治や社会、そして映画の話も・・・お酒の味も皆、過去へと・・・振り返る時間ぐらいはと・・・今日,撮った写真を見た。朝の散歩では、蓮池では蕾が水面に、見ていると美味しく見えてきた。桃の様にも見えた。コイは蕾を見ているのだろうかとデジカメのシャッターを押した。浜大津港では学習船が出航する様子を見ていると日の丸と学童の姿が目にとまると歴史の時間が遡り学徒動員の映像が脳裏に浮かんだ。憲法九条の問題らで政治は騒がしくなってきている何時まで平和が続くのかと心配しながら学習船うみのこ、を見送った。

















