中島省三の湖畔通信

青一色の世界

2019/10/10

昨日に続き今日も青空の好天になった。打出浜湖岸から琵琶湖を眺めると鏡の様な湖面が青空と一体化した、青い世界が広がった。宇宙へ行かなくても青い地球は実感できるとデジカメで撮った。雄大な眺めを切り取るとシンメトリーの上下対象の光景は下が空で上が湖面と言えば通りそうな写真になっているとデジカメのモニターを逆さにして楽しんだ。大きな鏡と化した湖面を見ていると、懐かしい浜大津港に在った水上飛行機を思い出してきた。僕は陸上単発小型機しか操縦できないが水上飛行機を運行している関西航空へ良く遊びに寄った。そしてパイロットの魚谷さんに水上飛行機の話を聞かせてもらった。魚谷さんは海軍のパイロットで真珠湾攻撃にも参加されたと聞いた記憶は少しおぼろげだが戦争末期はテストパイロットをされていた方で物腰は静かで親切な方だった。その時の会話の中で水上飛行機が一番難しく感じるのは鏡の様な静かな湖面や海に着水する時に高度の判定が難しく何時タイミング良く操縦桿を引いて湖面に着水する技術を取得するには経験を要したと話された事がつい最近の様に思い出されてきた。湖岸の辺りを見回しても水上飛行機の基地が在った場所さえ分からないと空を見上げると青空の中を赤色の消防ヘリが西へ飛んでゆくのが見えた。最近ではプロペラで飛ぶ翼のある小型飛行機の姿を見ることが少なくなったと青一色の世界をもう一度みると翼が無くても飛べるのではと思うくらい空気の軽さを感じた。

密度の濃い青空

2019/10/09

密度の濃い青空には雲一つ無い快晴だ。三井寺の展望台からは伊吹山はもちろ鈴鹿の山並みも見える視程の良さに久ぶりに飛びたい気分になった。そして琵琶湖の全景写真を撮った時も今日の様な快晴だった事を思い出すと心はすっかり飛行状態だ。高度一万フィートは約三千メートルの上空から見る琵琶湖は美しく見えるが驚くほど大きくは感じなかった。其れよりも彼方の先には福井若狭の原発群が気になった。もし原発が事故を起せば琵琶湖は数時間で放射能汚染され近畿1300万人の命の水が絶たれてしまう大変な状況になる前に原発は廃炉にすべきと、そして美浜の老朽原発を再稼動させてはならないと考えた。


写真の琵琶湖は1989年に撮影したものです。

琵琶湖雨情

2019/10/08

琵琶湖の眺めを楽しむなら寧ろ好天よりも雨や曇っている時が最適だと僕は思っていてる、今日は午前と午後に自転車で琵琶湖岸へ向かった。打出浜湖岸に佇むと雨雲が垂れ込み比良山も雲の中だ。特に視程が悪いと琵琶湖の六分の一の南湖の景色が雄大に感じるから不思議だ。デジカメを出し海の様に見える風景を構図で切り取りシャッターを押した。そして午後三時ごろ又、湖岸へ向かった。浜大津港を通り打出浜で自転車を下りた。視程が良くなり比叡や比良山の雲も消えていた。西の空を見ると薄い雲を通した優しい光が琵琶湖を照らすと一段と美しさを増した。空には積雲が色んな形で自由に大空間を移動し行く光景に自然のダイナミックさを感じた。そして今日は何枚写真を撮ったのだろうかと考えた。フイルム時代なら考えられないと、一年間に1万8千枚も撮っていることだ。でも湖畔通信に使用するのは三枚だ、そのデターはパソコンからハードディスクに送り保存しているが未来には残らないと考えている人も多い言われている現状だ。ならば保存などしなくても良いのではと最近に気がついた。後生大事にする必要も無いのではと思うようになってきた。湖面を見ると空が映っていた。沖を通った船の引き波が絵画的に見えた。湖面に映る空をながめ、自然の造形は素晴らしいと見入った。そしてデジカメの使用頻度を少なくして頭の中の記憶装置に入れる方が大切だと自転車に跨ぐと光線が明るさを増してきた湖面がスローモションで動く波を見せているがデジカメを出さずに脳内カメラで確りと記憶した。

不死鳥の寺?

2019/10/07

僕が毎日、散歩に向かう三井寺は不死鳥の寺と言われている三井寺は本当は園城寺が正式名称で天武天皇から園城と言う勅額をいただいて園城寺となり、その後、智証大師の死後、門下の流派争いで比叡山(山門)との対立、そして南北朝の内乱での焼き討ちで十度も焼けても復興、そして豊臣秀吉による「けっ所」三井寺は境内の建物は殆ど破壊されたうえ寺領まで没収された三井寺が江戸時代には復興する事から不死鳥の寺と呼ばれるようになったと三井寺のパンフレットに書かれていた。三井寺は今、歴史たび特別企画として国宝金堂の内陣に金色不動明王立像(重要文化財)と護法善神立像(重要文化財)が荘厳な雰囲気の中で平安時代と鎌倉時代の傑作といわれる二つの像を美術館の様にガラス越しでなく拝観できるから、此の機会に三井寺の素晴らしさを体験してほしいと思った。

スポーツの秋・・・

2019/10/06

地球温暖化が進んだ所為か秋が短く感じるのは10月に入っても半袖で過ごせるからだ。春と秋に着る服の出番が無くなるのではと秋用ジャケットや長袖シャツを出した。今日は半袖シャツの上に一枚ウインドブレーカーを羽織って湖岸サイクリングへ向かった。休日の湖岸は自転車は遠慮した方が良いのではと何時もよりゆっくりとペダルを漕いだ。陽射しをあびると暑くなりブレーカーは無用と脱いだ。休日はロードバイクでヘルメット着用でスピードを出す人が多く見られ自転車事故が心配だ。湖岸の遊歩道には標識も無く歩行者と自転車の共用でルール作りも必要ではと考えた。スポーツの秋で、今日は学区の市民運動会だ、僕は団体スポーツや競うのは苦手で参加する事は無かった、そして怪我をするまでは山スキーやパラグライダー、自転車らで競う事無く楽しんだ。飛行機もスポーツだと言えるのはアクロバット飛行は体に重力も感じるからスポーツと言えるのではと、懐かしく宙返りやロールをして楽しんだ飛行少年時代を思い出した。スポーツは強制的にやらされたり見るものではないと思った。別にスポーツには四季など無いのだからと青空を見上げると雲が形を変えながら広い空間を漂っている光景を見ていると自由に生活できる社会の重要さを考えた。今、香港では若者が中心に自由を求めるデモが続いている、我が国でも安倍政権が目論む緊急事態法は絶対に認めてはいけないと、何時までも自由にスポーツを楽しめる国であり続けるなら緊急事態法だけは拒否しなければ自由が無くなるからだ。

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