中島省三の湖畔通信

スポーツの秋・・・

2019/10/06

地球温暖化が進んだ所為か秋が短く感じるのは10月に入っても半袖で過ごせるからだ。春と秋に着る服の出番が無くなるのではと秋用ジャケットや長袖シャツを出した。今日は半袖シャツの上に一枚ウインドブレーカーを羽織って湖岸サイクリングへ向かった。休日の湖岸は自転車は遠慮した方が良いのではと何時もよりゆっくりとペダルを漕いだ。陽射しをあびると暑くなりブレーカーは無用と脱いだ。休日はロードバイクでヘルメット着用でスピードを出す人が多く見られ自転車事故が心配だ。湖岸の遊歩道には標識も無く歩行者と自転車の共用でルール作りも必要ではと考えた。スポーツの秋で、今日は学区の市民運動会だ、僕は団体スポーツや競うのは苦手で参加する事は無かった、そして怪我をするまでは山スキーやパラグライダー、自転車らで競う事無く楽しんだ。飛行機もスポーツだと言えるのはアクロバット飛行は体に重力も感じるからスポーツと言えるのではと、懐かしく宙返りやロールをして楽しんだ飛行少年時代を思い出した。スポーツは強制的にやらされたり見るものではないと思った。別にスポーツには四季など無いのだからと青空を見上げると雲が形を変えながら広い空間を漂っている光景を見ていると自由に生活できる社会の重要さを考えた。今、香港では若者が中心に自由を求めるデモが続いている、我が国でも安倍政権が目論む緊急事態法は絶対に認めてはいけないと、何時までも自由にスポーツを楽しめる国であり続けるなら緊急事態法だけは拒否しなければ自由が無くなるからだ。

悪人が主役?の映画・・・

2019/10/05

やっと夏が終わったと三井寺の展望台から琵琶湖を眺めた。湖岸は土曜日、家族連れで魚釣りや散歩をする多くの人の姿を見かけた。季節は秋へと変わったと実感した。昼食後、セブンシネマへ話題作のアメリカ映画「ジョーカー」トッド・フィリップス監督を見に出かけた。予備知識は無く第76回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を獲った作品であることだけは知っていた。映画は少し暗めな雰囲気から始まった、アメリカ映画には珍しいと感じた。主人公アーサーは道化師で精神障害があるが真面目に働いて母親と暮す背景は社会の底辺の生活環境を描く処から物語は始まった。主人公アーサーに降りかかる不条理が彼を悪の世界へと導いて行く映画は社会環境の劣悪な状況下で起きる人間ドラマだが、社会背景を思えばアーサーが悪へと突き進む気持ちも理解できるが、気がつけば自分もアーサーの立場になっていつの間にか悪(殺人)を肯定したり応援してしまうという不思議な感覚になった。社会環境が劣悪になっても自分を正常に保つことは難しいのではと思いながら映画を見終えた。帰宅後、パソコンで映画「ジョーカー」を調べた。原作はアメリカDCコミックで映画等で有名なバットマンの相手の悪のヒーロー、ジョーカー誕生の秘話の映画化とあった。映画は僕には苦手な殺戮シーンがあるがアメリカ映画の傑作だと思った。

武器の多さに・・

2019/10/04

メディアが伝える中国建国70周年パレードの様子をテレビで見た。想像を超えた最新武器の数々を見て驚いた。もちろん中国だけではない世界各国で保有する核兵器を含む武器は地球を何度も破壊する能力がある核兵器や武器を持った軍隊が地球上に現存している、人類は何時になったら愚かな武器の開発や所有やめるのだろうか・・・ボブディランの風に吹かれてが空しく僕の心に流れた。今、再読している本「絶滅の人類史」更科功著の中、第三章人類は平和な生物、では人類は進化する中で犬歯が牙にはならなかた事に尽いて記していた。類人猿の中で唯一牙を持たないのが人類だと知った。ドラキュラは別だが・・・700万年の人類の進化の中で平和な生物として存在してきた誇り高きホモサピエンスが今では人類のみならず地球の全ての生物を絶滅させる能力を有するようになったのは此処75年ほど前からの事だ。万物の霊長類最高の人間が愚かしい事を止める事が出来ないわけはないと思いながら北朝鮮からミサイル発射のテレビ映像を見た。

座敷わらし・河童・天狗・・・

2019/10/03

有名な民俗学者柳田國男の遠野物語は読んだ事は無いが座敷わらし、河童そして天狗が出てくる小説「逢魔が時に会いましょう」荻原浩著を楽しく読んだ。残念ながら僕の住む町では異界に棲むモノたちの物語は無いに等しいが・・・子供の頃、お盆が過ぎて琵琶湖で泳ぐとガタロウが足を引っ張るからとよく言われたことを思い出した。もちろんガタロウは河童のことだ。そして三井寺の天狗の話ぐらいと僕の知る範囲では寂しい限りだ。小説は三部作の短編構成だ、座敷わらしの伝説の背景は東北の貧しい暮らしが背景で暗く哀しい面を知ったが作者のユーモアを感じながら読むと座敷わらしに親しみを感じた。河童も寒村や秘境が開発されて棲めなくなった現状は良いことなのだろうかと殺伐とした現代社会にこそ必要ではとおもった。天狗も今では遠い時間の彼方に追いやられたが今こそ活躍の時ではないか悪い奴と金の亡者が横行する現代こそ異界からお出まし頂き此の世の悪を懲らしめて欲しいと願うのは僕だけではないと思った。

菓子の下に小判?

2019/10/02

連日、メディアを賑わしている関電と高浜町の金品受領問題で語られる内容に驚いた、我が国では、まだ江戸時代が続いているのだと思った。菓子箱の底に小判が敷かれた様子は時代劇で見るシーンだ。それが現実に行われたのだ。三億円以上ものお金が表社会の中で動いて原発立地に絡んだ事実を確りと検証して欲しいと思った。話は変わって、先日、中国映画「帰れない二人」ジャ・ジャンクー監督を京都みなみ会館で見た。中国の発展する中で取り残されながらも懸命に生きる底辺の部分を渡世人を物語の中心に描いた内容は見応えがある映画だ。此の監督の作品の魅力は大陸をゆったり流れる長江を背景に進む物語には何時も魅力感じる、今回も開発が進む長江上流域を壮大なスケールで自然を描き、大きな自然の流れの中で渡世人たちが人生に翻弄されながら生きる姿に切なさ、悲しみ、辛さを感じると時代はどう変化しようが底辺で暮らす庶民達の生き様は変わらないのではと思った。そして連日、伝えられる香港のデモで感じる民衆のパワーは凄いと思いながら、もし我が国で自由が失われる事態が起きれば市民が香港の様に立ち上がり声をあげて権力に対抗できるのだろうかと考えながらTVニュースを見た。

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