琵琶湖を見ないと
2019/05/31
毎日、琵琶湖を見ないと落ちつかないと帰宅後、琵琶湖へ自転車で向かった。浜大津港を過ぎると何故か今日は長い突堤と言うより湖上の遊歩道の様な桟橋を歩きたくなった。と言うのはFBに何時も琵琶湖で活躍するプランクトンの美しい動画をアップされている研究者の石上さんが時々、この突堤からプランクトンを採取されると記されてあった事を思い出したからだ。何時もなら釣り人が糸を垂れているが今日は誰一人見かける事が無かった。突堤に佇んでいると観光船ミシガンが帰港して来た。この角度から見るのは初めてとデジカメのシャッターを押した。何気なく湖面を見ていると、石上さんのプランクトンの活動の様子を捉えた素晴らしい映像が浮かんで来た。肉眼では見えないが琵琶湖を底辺で支える小さな生命の躍動で琵琶湖が活性化されているのだと改めてミクロの世界の神秘さに思いを馳せた。湖岸に架かる吾妻川の橋の手摺にはアオサギが通る人も恐れずに悠然と琵琶湖での捕食者としての頂点にいるのは俺だと言わんばかりの存在感を示していた。自転車でアオサギの傍を通過してコーヒーブレイクに向かった。何時も寄る喫茶店タイムでコーヒーを飲みながら窓を見上げると子ツバメが三羽、巣から可愛い顔を出しているのが見えた。自然の中で暮らす彼らの無垢な美しさに心が癒されるとコーヒーの味がまろやかに感じた。
昼下がりの叙景
2019/05/30
大津の町の昼下がりは湖岸も町中も長閑な佇まいで時間が留まっているようにも見えた。改めて良い処に住んでいると思いながらデジカメを向けるとモノ全てが記憶の彼方から呼び寄せられて現れたように思え不思議な感覚に陥った。人生も飛行機で言うならオンファイナルとタワー(管制塔)に着陸を伝える着陸前のポイントだ。ランディングする場所は棺桶だと想像すれば説明がつくのではと・・・我が人生も、まもなくと言いたいところだが、そう簡単に着陸させてくれそうも無い、オンファイナルでのタービュランス(乱流)は願い下げたいと思うが、そうは行かないのが人生のファイナルとおもった。
昼食後、庭の木の剪定といっても植木屋さんにお世話になっているから僕の選定は小さな木だけでゴミ袋一つ分だ。そして、失敗も、何時も美しい花を咲かせてくれる豆紫陽花の蕾を確認せず切ってしまい悪い事をしたと心に悔いが残る日となった。
石よ樹よ水よ・・・
2019/05/29
五月の爽やかさも今日までかと心地よい風を感じながら何時もの散歩の、三井寺へ向かった。境内の新緑も落ち着いた緑へと進み山全体が落ち着いてきた。金堂前の蓮池も開花へ向けて其々の茎の活動が水面の葉を通して感じる光景を眺めていると、中島みゆきの曲、命の別名、の歌詞、石よ樹よ水よ僕よりも誰も傷つけぬものたちよ・・・が浮かんで来た昨日らいメディアが伝える悲惨なニュースに心が落ち込むばかりで、何の手立ても出来ない社会を嘆いてばかりではと水面の蓮たちを見ると少し心が鎮まった。今日の京都新聞、社会面では村上春樹氏の小説家40年と「騎士団長殺し」のインタビュー記事の中で人と人の繋がりの信頼感が大事な事に・・・と人と人の交流の大切さを訴えている様に感じた。AI機器やスマホの発達でコミュニケーションの変化が今までの人と人の繋がりの親密感がなくなったのではと思った。湖岸サイクリングの帰り道、町中で閻魔さんに出会った。小川町のお寺の門前に居られるのは以前に気はついていたがと自転車を留め、少し後ろめたさを感じながら前に立つとお前の全ては記録していると言われたような気がして少し汗が出た。もし閻魔大王がおられるなら現世にお出ましいただいて嘘つきで悪い政治家や権力者を懲らしめて欲しいと思いながらデジカメで一枚撮らせていただいた。
モロトフのパンの籠?
2019/05/28
「モロトフのパンの籠」此の言葉を知ったのは今日が初めてだ。今日は検診日で坂本のKクリニックへ出かけ、昼食を何時もの鶴喜で済ませ帰宅すると郵便受けに大きな封筒が入っていた。友人の中西先生から以前にメールで冊子のコピーを送るとあった東京炎上、夜間大空襲であることが直ぐに分かった。そして封を開けるとコピーされた東京炎上、夜間大空襲が目に焼きついた。冊子が直ぐ読めといっている様に感じ、休憩する間もなく二階へ、そしてベッドの端に座り読み始めた。書き表したのは山本鉱太郎(作家)が1945年3月10日の東京夜間大空襲の様子を1946年9月中学生4年生の時記した原文の冊子を開くと東京の空襲の真っ只中へと引き込まれた。僕の住む大津は大した空襲も受けずに終戦になった、戦時経験と言えば高空をB29が銀翼を連ねて悠々と飛行する姿ぐらいだ。幼馴染の中にも大阪での空襲にあった話は聞いたことも、東京空襲は義理の兄妹が経験者であることは知っていたが、冊子の中で語られる空襲での過酷で残酷な東京の下町の様子を今日知った事を自分に恥じた。広島、長崎の原爆の悲惨さは写真や映画で知らされて知っているが東京夜間大空襲で十万人の人達の命が一夜にして消えた事実、累々たる屍が横たわる東京の風景を思い浮かべ胸が詰まった。其の中でモロトフのパンの籠、と言われる小型焼夷弾を詰め込んだ強力な兵器の存在を知った。其の兵器が武器を持たない一般市民を殺戮した事等、戦争の不条理は語っても語りつくせないことは良識ある人は誰も知っていると・・・でもアメリカ大統領トランプと安倍首相は東京で何を話し合ったのか分からないが・・・、最新兵器や軍備のことではと心配に・・・憲法九条は其の侭にして戦争を出来ない国を続けるべきと思った。
普段の・・・
2019/05/27
散歩で毎日、立ち寄る三井寺の金堂前の蓮池では蓮の生長が一段と早まっていると植物の成長のスピードに驚いた。境内のエゴノキの花は消え木々たちも春が終わった事を納得しているのではと思った。新緑から深緑に変わり行く森を見ながら人が感じる季節の移ろいも早いと思った。湖岸サイクリングでは昨日の賑わいとは違い普段の静かな佇まいが広がっていた。琵琶湖も風も無く静かな湖面が広がる普段の眺めだとデジカメを出し静かにシャッターを一回押した。

















