外来魚釣り大会
2019/05/26
湖岸サイクリングで浜大津港に来ると大勢の釣り人を目にして少し驚いた観光シーズンでも、これだけの賑わいを見た事が無いと湖岸の釣り人の多さに目が留まった。昨日に此の湖畔通信で釣り大会の時期は今頃と書いたが本日開催されているとは思いも寄らなかった。主催は日本釣振興会(公益財団法人)が主催で外来魚釣り大会の中では一番規模が大きいのではと思いながら釣り大会の風景を写真に撮った。釣具は流石、釣振興会だと思いながら貸し出し用の釣具を見た。釣り大会の参加者は殆どが家族ずれで子供が主役で父親を助手にブルーギルを釣り上げている姿も見られた。近くの家族の釣りの成果はとバケツを除くとゼロ匹だ、やはりブルーギルは少ないのかと思いながら本部前に用意された大きな青いポリ容器の中を見るとブルーギルが多く詰められて恨めしそうに目をむいている姿に少し哀れさを感じた。浜大津港から吾妻川河口(打出浜)までの湖岸は参加者で埋め尽くされていた。新聞報道を読むと本当に外来魚が激減して釣り大会が成り立たないのではと心配したが今日の成果を見てブルーギルは嫌われ者として健在ぶりを誇っている様に思えてきた。そしてFBでプランクトン研究者が淡水赤潮の原因となる植物プランクトンのウログレナの写真を載せていた。質問すると水温が高くなっているので淡水赤潮の発生には至らないのではと教えてくれた事を思い出しながら琵琶湖を見ると大丈夫だよといっている様に見えた。
ブルーギルの写真は今日撮影したものです。
もっと伝える事が・・・
2019/05/25
今日もテレビから流れて来るニュースは異常な暑さを取材したモノが多くみられた。暑さばかりを主張する人ばかりが登場して五月の暑さを訴えている、本当にそんなに暑いのかと僕は思った。今日の湖岸サイクリングでも琵琶湖から吹いてくる風には爽やかさを感じながら自転車のペダルを漕いだ。メディアは本当に、この国で起こっている大切な事を伝えるのが役目ではと心配になってきた。テレビを見ていると暑さを伝えるニュースが主ではストレスが溜まるばかりだ。暑さを感じる人も多いが快適に過ごしている人もいる、暑さばかりを強調するより爽やかさも報道すれば少しは暑さも和らぐのではと思った。コーヒーブレイクに寄った。喫茶店で朝日新聞を広げると琵琶湖の外来魚が激減の文字が目に入り読んだ。ブルーギルが特に減ったとあり、例年この時期は外来魚撲滅の釣り大会がありブルーギルが多く釣られていた事を思い出した。以前、ブラックバスらは湖のギャングとまで呼ばれ指名手配の様なポスターまで見かけた時代もあった。記事によるとブルーギルの激減は水草が少なくなりブラックバスなどの大型魚から身を隠す場所(水草)が無くなった事も影響しているのではと書いてあった。今日も相模川や吾妻川の河口ではアユ釣りの人達が多く竿を垂れている姿を目にした。におの浜湖岸から琵琶湖を眺めながら1978年の淡水赤潮の騒ぎを思い出しながら少し濁った湖面を見た。そして今年、深呼吸の出来なかった琵琶湖は温暖化の進む中で正常さを保つことができるのかと心配しながら湖岸を自転車で走った。
心象風景
2019/05/24
今日もテレビの気象予報やニュース映像がやたら猛暑を報じているがと、僕は不思議に思った。朝の散歩でも湖岸サイクリングでも爽やかさを感じたからだ。メディアは暑さを伝える為に過剰に伝えているのではテレビをチラッと見た。湖畔通信の写真も時には心象風景的なモノもありかと今朝の散歩で想いつくまま写真を撮った。鹿関橋の欄干の石が少し破損しているのが気になっていた。物言わぬ石が話しかける訳ではないがと今日は欄干と対話した。桜のシーズンには多くの観光客が訪れる場所なのに破損した箇所は修理もされずに其の侭だ。壊れた箇所を見ると痛いと言っている様に見えた。観音堂から展望台に向かう石段の傍らに咲く芍薬?の花は盛り過ぎ少し寂しさがと哀愁を感じたが、良く見ると横から新しい花が咲く準備をしていた。花から話しかけられる不思議さを感じる時もと・・・これは自分の想いから出る概念かとデジカメのシャッターを押して。帰路、エゴノキの花を見によると花が落下して白い星の様に見え足下の宇宙に広がる花の星座を楽しんだ。穏やかな気分でものを見ると心が鎮まり辺りは静かで美しい風景で充たされている事に気付いた嬉しい日となった。
ボレックス?
2019/05/23
ボレックスはスイス製の映画撮影用16ミリフイルムカメラだ。今日、其のカメラ、ボレックス16レフレックスを友人の石上さんが持ってきてくれた。ボレックスは今から50年前、大津青年会議所(JC)で琵琶湖の環境映画を製作する時、僕が撮影に使ったカメラを久ぶりに持つと時間の重さを感じた。完成した映画「青の輝き」は彼方此方で上映され好評だったことと、映画のワンシーンが頭に浮かんだ。ボレックスは今も機械の美しさを誇るように輝きを見せていた。カメラは電気を使わずゼンマイの力でフイルムを一秒間24コマのスピードで30秒の撮影が出き、充分に映画撮影できる名機だ。カメラを手にすると自然に操作した、ゼンマイ巻上げレバーを右手で反時計周りに回すと少し手ごたえのある感触が伝わると僕は29歳になった。フイルム無しだがファインダーを覗くと1969年の風景が見えるようで驚いた。ゼンマイの力で廻る歯車の音が確かな力で時間を刻む感じがした。現代の撮影機材はゼンマイ、やモーター、そして歯車などないデジタルの世界では、記録するテープやフイルムは必要なしだ。撮影された映像はデジタル信号で肉眼では見ることが出来ず、デジタル機器が必要だ。アナログ時代を賛美するつもりは無いが便利になった分、また不便になった部分も多いのではと16ミリフイルムで撮られた映画、リトアニアへの旅を思い出した。ジョナス・メカスは重い金属製の16ミカメラボレックスを携えリトアニアまで旅をしたのかと手元のボレックスを眺めると急にリトアニアへの旅を見たくなりツタヤへ行こうと思った。
愉しい事ばかりでは
2019/05/22
目覚めるとカーテンの隙間からの陽射しが晴天を知らせてくれた。窓から見ると青空に雲が帯状に広がる光景に思わずデジカメを持ち急いで鹿関橋へ向かうと窓から見る眺めとは違って見え写真を撮るのを止めた。朝食後、何時もの散歩で観音堂の上の展望台から琵琶湖を見ると上空には帯状の雲が放射線状に広がって見えた。久ぶりに見る雲の芸術作品が空の美術館に展示されたと喜びながら雄大な眺めを楽しんだ。帰り道ではエゴノキの花を楽しんだ。下から花を見上げると天空に広がる白い星花の様に見え花宇宙ではとデジカメで一枚撮って確認すると暗くイメージとかけ離れている、気を取り直してストロボを使用して撮ると花の星空がデジカメのモニターに再現され納得した。そして自己満足だと自分に呟いた。湖岸サイクリングで湖岸を走っていると草刈機から飛んだ石が足に当たり痛さを感じ自転車を止めて一応、作業関係者に注意を促したが無反応だった。雑草の除去作業では業者によって石の飛散を防止する為にネットを設置する業者もあるのだからと不満に感じた。午後は柳が崎にあるバラ園に出かけた。バラ園は大津市?が管轄ではと思うが、何時来ても入場券を購入の折、手間取るからイラついてしまい、バラの花を見ても気分は乗らない、バラには罪は無いのだがと一応に咲き誇る花を見渡した。でも話しかけてくるバラの花はなかった。僕が昨日、三井寺の境内でエゴノキの花が話しかけて来るように感じて写真を撮らせてもらった事を思い出した。バラ園の花は人間に管理された所為で言葉を失っているのか元気なく唯咲いていれば良いのだと花が思っているのではと思いながらデジカメのシャッターを押した。そして赤いバラの映るデジカメのモニターを見ながら載せるか迷った。

















