空飛ぶクルマ
2019/08/22
空を見上げ秋が近いと少し元気付けられ散歩へ出かけた。遥か上空は真夏でも涼しいのではと上空の雲を見た。三井寺の石段ではブンブンを見つけ眺めていると最近テレビのニュースが伝えていた、空飛ぶクルマを思い出した。飛行機は鳥と同じで大きな翼(羽)で揚力を得て飛行するが、ドローンや空飛ぶクルマには翼が無く、プロペラを多く備え地球の重力に逆らう為にプロペラで上向きの力を得て飛ぶ仕組みは僕は好きになれないとブンブンを眺めた。でも昆虫には翼(翅)が備わっているから飛行機と同じだ。ヘリコプターも大きな羽を回し回転翼として揚力を得ているから飛行機だと思うが、空飛ぶクルマと何故メディアが名づけたのかと不思議におもう、車が空を飛べばフライングマシーンで飛行機ではないか、昔から自動車に翼を付け、プロペラを付けて空を飛ぶ飛行機は紹介されて久しい、これも登録は航空機だ。多分、空飛ぶクルマと言われる未来の乗り物はコンピューターで制御された交通手段で操縦を楽しむ飛行機等とは別物だと思った。僕が飛行機が好きなのは鳥の様に大空を自由に飛びたいからだ、コンピューターに制御されたドローンやフライングマシン(空飛ぶクルマとは言いたくない)では空を飛行する楽しみが無いのではと・・・そして少子化の進んだ未来の都市でフライングマシンが必要なのは過疎地から病院通いをする後期高齢者だけではと・・・でも高額医療と空飛ぶ交通システムの費用を負担する経済力が此の国に残っているかが門題ではと空を見上げるとトンビが上昇気流を探して旋回していた。
帰還しなかったマサド
2019/08/21
今日、反戦小説集「帰郷」(浅田次郎)を読み終えた。著者が戦後第一世代と分かったのは解説を読んで初めて知った。六編の短編は其々の戦争が描かれ、読書中は戦争経験者の小説と思い込んでいた。鉄の沈黙の中で語られる内容らに戦地経験がある人でないと書けないのでと思いながら小説を読んだ。名も無き人たちの戦争の物語は戦後の闇市を舞台に戦死扱いされた男の話らに戦争の不条理を感じながら読んだ。そして五編目で語られる戦地での過酷な状況下の極限状態下での戦闘や兵士の日常らの描写に驚いている時、何故か僕は父の下で働く住み込みの使用人で家族同様だった、マサドの事を思い出してきた。マサドは22歳で応召され南方戦線に向かい日本に帰還することは無かった。マサドは僕を大変可愛がってくれたと祖母に聞いた記憶は今もあるが,その人の面影は思いだせないが、小説の中で語られる悲惨で過酷な戦闘が行われたニューギニアの先のソロモン群島の戦時下でマサドの置かれていた悲惨な状況を想像して胸が苦しくなった。マサドは祖母の話によると母は芸人で一人っ子だったと・・・もっと祖母にマサドの事を聞いておけば良かったと今更、考えても遅いと自分の戦争認識の甘さを後悔するだけだ。そして夏が来ると戦地から届いた、マサドの手紙の事を思い出す。手紙にはバナナが豊富にあり、バナナを僕に食べさせたいと記してあった、と母からも聞いた事は今も思い出す、そしてマサドからの手紙を読みたいと思うが手紙の在り処は分からないままだ。今日の湖岸サイクリングで見る風景は遠くマサドが戦死した南方の島の風景を想像させてくれた。
琵琶湖観光は雨の日が・・・
2019/08/20
秋雨前線の影響で雨の日が続くとテレビの天気予報が伝えていた。レインギアを纏い湖岸サイクリングへ出かけた。打出浜湖岸から見る琵琶湖は墨絵の世界と、そして雨の日でなければ見られない神秘的な光景をデジカメで撮った。観光パンフレットやポスターでは晴天の琵琶湖が主人公だ、でも本当の琵琶湖観光は雨の日が一番ではと思いながら湖岸を走った。何時もの喫茶店タイムでコーヒーを飲んでいると雨脚が一段と強くなった。僕は雨の中を走るのは苦痛ではない、黒澤映画に出てくるような強く降る雨の中を走るのも偶には良いとレインギアのファスナーを閉めて雨の湖岸へ向かった。比叡山、大津市街は雨雲が霞め幽玄の世界だ、上空には青空が少し見られ間もなく雨も止むと自転車を屋根のある場所で留めた。雨上がりの琵琶湖の美しさに見とれながらデジカメのシャッターを押した。
夕食後、テレビの情報番組を見ていると中国,杭州では商業用ドローンが運行される様子を伝えていた。レポターが町中でハンバーガーを注文するとドローンがハンバーガーを載せて専用の小さな着陸場?に着くと嬉々としたレポターが新しい時代の到来を得意げに伝えていた。僕はドローンが空からハンバーガーを届けるのが新しい時代の幕開けとはとても思えなく白けてしまった。人間の文明社会は此れから先も他愛もない発明に振り回されながら進んで行く事と・・・此れから先も地球を包む大気の流れの中で起きる小さな事ではと昼間に感じた琵琶湖の雨情を思いだすと僕は何時でもパソコンやスマホを棄てる用意は出来ていると思いながらパソコンのキーボードを打った。
写真三枚目は昼間、見たタカサゴユリは美しかった。
デジタル時代でも単行本
2019/08/19
デジタル時代と言ってもアナログは健在と思った。久ぶりに単行本の小説を買った。僕の好きな伊坂幸太郎の新刊「クジラアタマの王様」だ、持ち運びやすい文庫本を選びたいが出版されるまでの時間は待てないと単行本を買った次第だ。表紙カバーを外すと僕の好きな雲の写真が表紙に使用されていた。写真の構図も雲が大半を占め地上が少し見える写真で構成されている本の装丁を眺めた。僕はパソコンやスマホで小説を読もうとは思わない、画面に急かされている様に感じるからだ。単行本の重さ感じながらページを開くと表紙の厚みから小説の内容へ移る紙の厚さを感じると指から小説の世界へと入って行く快感はやはりアナログでしか会得できないのではと思った。表紙の雲の写真を見ながらクジラの姿を浮かべた、現在、地球上で一番大きなクジラが広い海の中から見る空は人間が感じる空とは違った感覚で空や宇宙の事を捉えているのではとクジラの想像力はもっと凄いのではと思いながら本の表紙を見つめた。そして「クジラアタマの王様」は楽しく読めると再び本を手に取った。
三井寺の蓮池は花から実へと・・・・
夕食後、何気なく庭の片隅を見るとユリの花が・・・此のユリは近く尼寺遊心庵門前から飛んできたものと直ぐに分かった・・・でも外来のタカサゴユリ・・・それとテッポウユリ・・・
休日の湖岸・・まち中・・・
2019/08/18
地球温暖化が話題になる遥か前の時代ではお盆が過ぎる頃には涼風が立つと僕の祖母が言っていた事を思い出した所為か自転車で湖岸を走っていると少し涼しい風を感じた。休日の湖岸はイベントも無く静かな佇まいだ。打出浜湖岸から湖上を眺めていると狩りの名手のシラサギが西から東へと飛んでいった。湖岸の釣り人も気だるい暑さの中、垂れる糸も緊張感を失った様に微風に揺れていた。長閑な湖岸で感じる平和な時間は本当の時間だろうかと・・・毎日、起きる事件や事故の多さ、世界の何処では戦争や紛争が、そして近くの国ではミサイルが発射された、でもアメリカのトランプ大統領は自国アメリカまで届かないと問題にもしていない、おまけに飛翔体と・・素直にミサイルと言えば良いのに、そして我が国も最近までは北朝鮮の発射するミサイルに避難警報まで発した事を忘れ、アメリカに追従して飛翔体と発表しているメディアまでがミサイルと書けばよいのに馬鹿の一つ覚えではないか、我が国では安倍政権以外の人たちは皆、ミサイルだと分かっている、こんな政権に国の安全など守れるはずが無いと空を見上げミサイル、いや飛翔体を探した。ところで以前講演で中東でミサイル攻撃を経験したジャーナリストがミサイルを肉眼が確認した瞬間爆発すると語っていた。もし天体からの飛翔体なら早くから確認でき死ぬまでの余裕が・・・でも惑星が地球衝突なら人類は全滅・・・死を選ぶなら僕は飛翔体(惑星)の方を間違いなく選ぶだろうと思った。大津の町中では地蔵盆が行われている、本来、地蔵盆は23日と24日だが近年は日曜日に行う町内が殆どだ。そして子供が参加する夏休み最後の楽しみだった。でも少子化で子供よりも大人の地蔵盆となったのが現状だ。何時までも平和が続き地蔵盆が行われ子供達の姿が増える事を祈りながら自転車で町中を走り抜けた。

















