中島省三の湖畔通信

樹に謝る?

2019/05/21

今朝の散歩で三井寺の境内に入ると芳香が漂っているが何の樹から発しているのか分からないが嫌な香では無いと石段を上がり何時もの展望台へ向かった。帰路、若モミジのトンネルに入ると白い花が咲いている樹に目が留まった。白い小さな花が咲き誇る樹は大木ではないが新緑の中で存在感を示していた。花の名前はと・・写真に撮るのは初めてだと考えながらデジカメで撮った。そして境内の森からは小鳥達のさえずりが聞こえ、鳥たちも五月の爽やかな季節を謳歌しているのだと思いながら雨上がりの柔らかな地面を心地よく歩いた。帰宅してパソコンで白い花を検索してエゴノキの花と分かった。先日、妹からのラインにもエゴノキの写真が、でも花のアップではなく樹全体だったから花の美しさまで感じなかった。僕が散歩で見たエゴの花は雨に濡れていた所為か美味しそうに見えた。そしてパソコンにはエゴノキは歌舞伎や人形浄瑠璃で演じられる先代萩として有名な事も知った。先代萩は伊達騒動が題材、僕は伊達騒動と言えば甲斐は死にモミの樹は残った、の映画は覚えているが何故、エゴノキ(チサノキ)がと疑問に感じた。昼食後、もう一度、エゴノキの花を見に三井寺へ向かうと千団子(善神堂)前の池の傍でも白い花が咲いていた。朝に見た花よりも小さく見えるがエゴノキの花ではと写真に撮るも自信が無く、朝に見かけた場所に咲く花を見るべく向かうと同じ大きさの白い花が咲いている、美しさは感じるが美味しさは消えていた。でも何十年も散歩していてエゴノキの花を認識したのが今日ではエゴノキに謝らねばと思った。花は五月の眩い日を受けて一段と美しさを増していた。ネットの記述にはエゴの若い実は石鹸代わりに利用された事も伝えていた。そのエゴノキを見上げると子供の頃、三井寺の境内を流れる川で小さなエゴの実をこすり泡立てて石鹸の変わりにして遊んだ思い出がおぼろげにうかんだ。日常の中で見落としている大切な事も多いのではと思いながら又エゴノキを見上げ自分の不甲斐なさを反省した。

湖岸ではアオサギが哲学者の様に佇んでいた。

ファンタージーな夢を?

2019/05/20

昨夜、ファンタージーな夢を見た。場所は、竹生島付近の湖上に停泊する観光船?のデッキから見る琵琶湖の風景は僕が一度も見たことの無いSF映画(夢の映画)の世界で超自然的美しさの光景広がり湖面は鏡の様に静かで銀色に輝いていた。其の湖面に誘われ何故か僕は水上を素足で浮いて二足歩行で進んでいる、そして船員に呼ばれて船に近付き荷物を持たされると重さに耐えかねて胸まで水がくるが泳ぐ事はなく躊躇しているところで夢から覚めた。そして足裏には水の上を歩いた感触が少しあり不思議に思った。そして本当に琵琶湖上を歩いたのではと浮遊感の残っている体を起すと現実に戻りほっとした。久しぶりの不思議な夢は、超能力や超常現象が在ればと思っている潜在能力が作用したのではと考えながらカーテンを開け朝を確認した。


今朝の三井寺の散歩ではギンリュウソウが咲く場所に急いだ、今日は研究者のIさんを其の花の咲いている場所へと案内する事になっているからだ。その場所に着くと銀竜草は昨日よりも白く美しく輝いていた、まるで来訪者を待っている様に見え花に軽くありがとうと会釈した。

時代は・・・

2019/05/19

時代はと・・考える様では歳を取った所為だと自分に笑った。千団子さんの雰囲気も随分と変化したと門前で行われている芸能際を見ておもった。数十年前からお上?のお達しで露店は境内だけと規制されてから今の状況だ。以前は疎水鹿関橋から三井寺境内までの道路の両側は色んな業種の露店が並び祭りへ向かう大勢の人で埋め尽くされた。そして境内は植木と苗を売る店が多くを占めていた。善神堂と池の間には拝殿が在った時代は見世物小屋や覗きからくりらの興行は拝殿南横と限られていた。池に架かる石橋を渡るのも待たねばならぬほどの混雑した時代が在ったと言っても信じる人は少ないと千団子さんの賑わいを写真に撮った。現代は何もかもが整然と清潔で美しく見えてしまい祭りで感じるカオス的な雰囲気が消え、寂しく感じるのは、やはり歳の所為と思った。一方、湖岸では爽やかな五月も後わずかとなり好天を惜しむように家族ずれが釣りを楽しんでいた。そして三井寺境内の池ではモリアオガエルが樹上で雨の降るのを待っている様に見え梅雨が近いと感じた。

千団子さん

2019/05/18

千団子さんは人の名前ではなく、今日、行われている三井寺千団子祭りの事だ。子供の頃、一年を通じて一番楽しいお祭りだったと今でも思っている、戦後、楽しい事が少なかった時代では千団子さんは僕らのワンダーランドで嫌な事を忘れる日でもあった。以前は曜日に関係なく5月16,17,18日と三日間お祭りが続いた。お祭りと言っても神輿や稚児行列は無く露店や植木と苗市で形成されたお祭りで、農繁期に入る前の年中行事の一つで近郷近在から押し寄せる人の数は京都の繁華街を思わせた様子を、懐かしく思いだすと露天で買ったハッカパイプの香と唇に当たるセルロイドのパイプの感触が蘇った。今日、見る千団子祭りは露店の数も少なく植木や苗を売る場所も少なくなり少し寂しさを感じながら歩いた。千団子祭は三井寺の仁王門の南に鎮座する鬼子母善神を祀る善神堂で行われる三井寺の祭事だ。法要の後、亀の放生が善神堂の前の池で行われ祭事は終わるが祭りは二日間続く、今日も以前の賑やかさは無いが境内の二箇所では芸能祭が行われ腕自慢の人達が腕を競っている風景を写真に撮っていると子供の頃に見た見世物小屋の様子が僕の脳裏に浮かぶと鼻腔から千団子さんの懐かしい空気を感じた。この時期、三井寺の森はツブラジイの花で覆われると辺り一面が千団子さんの匂いに覆われ梅雨が近いと誰もが感じる時期が千団子祭りだと僕は思った。


稚児行列は以前に行われた事もあったと聞く、そして僕の妹が稚児行列に出たことを思い出した。

五月のワイン

2019/05/17

五月のワイン、別に酒屋の宣伝をしているわけではない、爽やかな風に吹かれてワインが呑みたくなっただけだ。ワインと言っても年金爺が飲めるるワインなど知れたものだ。買うのは1000円から2000円までのワインが主だ。ポケットの小銭と千円札一枚で結構美味しいワインが手に入る、浜大津の小川酒店で買うのが日常だ。ワインに詳しいHさんが何本かの手頃なワインを選んでくれるから迷う事はない、好みはカベルネソービニヨンだ、以前から同じ種類のぶどう酒を飲むほうが違いも分かり易いからだ、産地には拘らない、最近はチリ産のものが値段以上の価値を感じるが、美味しければ銘柄や産地は気にしない、時々はラベルに魅了される時も・・・そして僕の五月のワインは南アフリカ産の赤ワインで、Hさんが推薦した二種類を・・・もちろん買うのは一本なので先に買ったのはリーベック・ピノタージュで最近流行の栓はスクリューだ。味は爽やかで五月のアフリカ?行った事は無いが、きっと草原を吹き抜ける風はと思うが・・・でも現在アフリカは近代都市でビルが立ち並ぶ風景が浮かぶとサバンナは消えた。そして今日、買ったのは、裏ラベルにキャプションが、天才弁護士のワイン・プラハム・ソナトと書いてあり表にはヴァイオリンが黒地に金で印刷された控えめなラベルで此方も栓はスクリューでカベルネとシラーズで香も良く、もちろん味も爽やかな五月の風となり体内へ吸収された。

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