中島省三の湖畔通信

エルドとマカニー

2019/05/11

昨日、浜大津港で出航する学習船を見送る学童の親達の姿を写真に撮った。その時は何も感じなかったがパソコンに写真をアップしていると僕の小学生の思い出が浮かんで来た。学習船うみのこ、などは無い時代だ。小学校六年生の時に描いた6年間の思い出を絵と文書で表し6枚の画用紙に一年生から6年生までの思い出を記したものを最近、見つけた。何故か5年生の想いではなく、4年生の思い出が2枚描かれている其の内の一枚が象列車で名古屋へ出かけた事が短い文章と蒸気機関車に引かれた客車、そして名古屋東山動物園の象、エルドとマカニーが画用紙に描かれている絵を見ながら記憶を辿った。でも一応、パソコンで象列車を検索すると寄り鮮明に映像が立ち上がってきた。東山動物園の象、エルドとマカニーの話はドラマや映画で有名だ。太平洋戦争の最中に殺処分された動物は279種961点とあり、其の内、生き残ったのは象2頭チンパンジー1、鳥類23だった。東山動物園の象エルドとマカニーは三井高孟獣医大尉の軍規違反により象に与える餌を飼育員が盗むのを見逃したり象の通路に置き忘れたようにした事もあり戦中を生き延びたと記してあった。象列車は日本はまだアメリカの占領下で自由に列車を運行することが出来ない時代だった。戦争で疲弊した少年少女に少しでも夢と明るさをと企画されたのが象列車で1949年の6月に第一陣の象列車が運行され、その象列車に乗って名古屋東山動物園まで出かけた想い出は今も僕の記憶のスクリーンにはっきりと残され映像として浮かんでくるから不思議だ。70年以上も経った今でもエルドとマカニーの名前と象列車の楽しい想い出は色褪せないと74年間の平和な時代の大切さを改めて感じた。やはり憲法九条は変革せずに元のままにしておくべきと考えた。


僕の描いた思い出帳の象と機関車の絵、そして、お天気は彦根を過ぎるとと雨が降り出したと、動物園では友達の傘にと・・・・写真も大事だが文も大切だと考えた。

年金爺、都へ行く

2019/05/10

近場ばかりでは写真を撮るにも困る状況を打開すべく久ぶりに都へ知的散歩に出かけた。京都国立博物館で開かれている国宝、一遍上人聖絵と時宗の名宝展を見た。六波羅蜜寺で見た空也上人像が深く印象にある事もあり、その繋がりで一遍上人さんも気になり見に行く事になった。絵巻を身近に見るのは久しぶりだ。一遍上人聖絵は鎌倉時代に円伊によって描かれたと伝えられているが、今も色落ちもせず当時の鮮やかな色彩を残している事に驚きながら見た。踊り念仏で放心状態の僧侶の顔が生き生きと描かれ音まで聞こえてきそうな絵巻に魅了された。明治時代に模写された絵巻も同時に展示されているが色彩も鮮やかさに欠け、迫力も無く本物との違いに驚くばかりだ。そして一編上人の南無阿弥陀仏の字の美しさに凄さを感じ心の奥深く滲みこんだ。八百年前の社会はと絵巻を見ていると平和で長閑さを感じるが現代とは比べようも無い厳しく過酷な暮らしの日常はと考えるが実感として捉えることは出来ないが今よりも宗教が占める位置は高かったと思いながら絵巻を見た。見終えて館外に出ると其処はモノが氾濫した現代の乱世に思えた。そして見残した国際写真祭の作品を見るために祇園の画廊へと・・・そしてキューバの三人の写真家の作品を見た。僕の好きなゲバラの写真を撮ったアルベルト・コルダの作品が多く展示されていた。そして、杉本博の海のシリーズも見られ充実した日となった。

記念写真撮影

2019/05/09

今日は曇り空、湖岸サイクリングも昨日の疲れかペダルを漕ぐ足も元気なくショートカットして喫茶タイムへ向かった。コーヒーを飲みながら昨日撮った写真をデジカメのモニターで見ていると長等小学校のグラウンドで記念写真の撮影準備している、写真が目に留まり、僕の小学生時代の写真事情を考えた。僕の小学校の卒業アルバムは作られなかった。時代は戦後の貧しい時代が影響したからだ。そして記念写真は学年事に撮った記憶もあるが・・・四年生の時に名古屋東山動物園に大津駅から象列車に乗って行った時の記念写真を思い出すぐらいだ。中学と高校は卒業アルバムは作られたが時代を感じる貧弱な代物でカラー写真は一枚も使用されなかった時代だ。僕、個人の写真事情は小学校生の頃からからカメラ(リッチレイ?玩具カメラ)で遊んだ事もあり、撮った写真は父がアルバムに張ってくれていたお陰で今も残っているが簡単な記念写真で名刺の大きさだ。誰でもが現代のスマホの様に簡単に写真を撮らなかった時代では記念写真は大切な記録だったと当時を振り返った。そして僕らの時代の写真が少ないのは戦後事情が影響したのではと思いながら父や母の時代の方が写真技術も良く、母が写っている写真(大正時代・昭和初期)は今、見ても観賞に耐えられる出来だ、写真一枚にも重みを感じるのは何故と自分の撮っているデジタル写真の軽さに寂しさを感じた。現代の卒業アルバムは動画の入ったCDかブルーレイディスクかと想像しながらデジカメのモニターを見た。

五月の風に誘われて・・・

2019/05/08

五月の風に誘われて、今日は久ぶりにプチサイクリングを楽しんだ。以前、よく行った南郷洗堰まで久ぶりに走った。車道を利用せず殆ど遊歩道を利用、そして信号も無く快適に長距離?を自転車で走れる環境に感謝しながら向かった。途中の打出浜、におの浜、由美浜の湖岸ではキショウブを見かける事が無かったが瀬田唐橋を過ぎると河岸にキショウブの花が咲いていた。浜大津から近江大橋までの湖岸ではオオバナミズキンバイの徹底的な除去作業でキショウブも指定外来生物で一緒に刈り取られたのではと考えながら写真に撮った。石山寺付近から瀬田川岸には整備された遊歩道が南郷まで続いているから自転車も安心して走れ快適だ。今日は南郷洗堰の水門は二箇所しか開いていず流れる水量も迫力は無かった。今、琵琶湖は貴重な在来種のニゴロブナの産卵期で水位を保って産卵場所の確保を図っているからではと思った。何時もと違う風景に写欲が湧いて久ぶりに写真を多く撮った。少し疲れは感じるが充実感が勝り自転車も快適に走れた。

飛びたくなる空

2019/05/07

散歩に出ようと外へ出ると眩しい光と青空が・・・五月は航空写真を撮るにも適していると1989年の5月30日に山科上空一万フィート(3000メートル)より琵琶湖を撮影した事を思い出すと急に空が飛びたくなった。夏と違い空気密度も高くプロペラが空気を捉え効率よく飛行することができる五月の空に似合うのは僕の好きなパイパースーパーカブ(PA18アメリカ製の単発小型飛行機)だと空を仰いだ。そしてライカミング135馬力がリズミカルなエンジン音を響かせ青空の中を飛行する姿を思い出すのは五月の晴れた日だ。残念ながら今は飛ぶことも無くなりニワトリ状態ではと視程100キロ以上ある最高の飛行日和を三井寺の展望台から羨んだ。最近はドローンで空撮が主流と聞くがドローンはワイドレンズと低高度で撮影する為、手前に映るものが異常にデフォルメされて見えるので実際に高空から見る景色とは違い僕はドローン撮影の写真には違和感を感じ、やはり僕は自分が飛行機やヘリから地上の光景を撮影した写真の方が好きだ。もう飛ぶ事のない五月の空の下では山が今日も笑っていた。

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