静かな街で
2019/05/06
十連休も今日が最終日、メディアが伝える道路の混雑や賑わう観光地の映るニュースを見た。そして静かな街に暮らせる幸せに感謝した。祭りの後の静けさもあるのか今日は三井寺も湖岸も人出は少なく平日と変わらなかった。午後は静かな街を散策した。閑散とした商店街も過去の栄光を背負いながら次の時間へと粛々と進む姿に美しさを感じながらデジカメのシャッターを押した。市内の道路も交通量が少なく異常なほど静かだ。人影も無くSF映画で見る、人が消えた街に来た様で少し不気味に思えた。午後は皇子が丘公園に出かけると近場で休日を楽しむ家族連れの姿も多く見られた。新緑に包まれた静かな環境の公園が近くにある事を再認識しながら山手の方へ歩き早尾神社まで足を伸ばした。161号のバイパス道路を跨ぐ橋から琵琶湖が見え遠足気分になった。早尾神社に着くと以前にバイパス工事で社殿の新造の記録映画を頼まれて撮影した事がつい最近の様に思え、懐かしく撮影当時の社殿造営の様子が蘇ってきた。完成当時は白木の社殿も時とともに風格を漂わせすっかり辺りの森に溶け込んでいた。静かな街には静かな暮らしが似合うと思いながら神社を後にした。
今日は何の日
2019/05/05
今日、五月五日は、こどもの日だ。今日は何人子供を見かけたかと考えた。日常では家の前が通学路で朝から小学生や母親に連れられた幼稚園児の声が目覚まし代わりで僕の一日が始まるが十日間の連休で静かな朝を過ごしたが、そろそろ元気な子供達の声を聞きたくなった。今日は氏神さま早尾神社のお祭りだ。でも子供の姿は少なく昔と比べると随分寂しいお祭りだと思いながら大門坂を駆け下りる神輿一社を見送った。でも我が家の長男は氏子総代で忙しく駈けずり廻っていた。久ぶりに訪れた次男の孫もゲームに熱中、その様な姿を見ていると、子供達の未来はどの様になるのかと少し気になった。そして最近、読み終えた、サブマリン(伊坂幸太郎)の小説に描かれた鑑別所に送られる少年と家裁調査官の物語は久ぶりに少年問題を考える機会を与えてくれた秀作だと僕は思った。少子化の進む我が国での子供達のおかれている環境はけっして素晴らしいものではないとおもった。子供から少年へと成長する過程で起こる問題を社会が暖かく見守るシステム作りが必要だと感じた。
山笑う
2019/05/04
山笑うとは上手く言ったものだと思いながら三井寺の展望台から山並みを眺めた。新緑の中の三重塔は何処か遠くの山寺を想像させてくれ旅に出なくても遠くに行った気分になった。五月の爽やかな時間は貴重だと思いながら境内を歩いた。我が町内では氏神様の祭礼を明日に控え役員は大忙しで我が家の長男も氏子総代を拝命して祭りの準備に走り回って大変だ、今年は神輿の当番町で町内のK設備の駐車場に神輿が飾られた。二トン車の上に飾られた神輿が小さく見え、子供の頃は大きく見えたのにと少し不思議な感じがした。今日は宵宮で夕方から神輿を囲んでお祭り気分を盛り上げる酒宴?が開かれるそうだ。父親は氏子総代を何年も勤めたが、僕は正月と祭りが子供の頃から好きになれなかった事も在り一度もお祭りの役はしなかった、そして我が家には客人が多く集まり酒宴で騒がしく、おまけに酒の匂いが家中に漂い、子供には楽しい雰囲気でなかったのではと昔を思い返した。パソコンのキーボードを打っていると太鼓の音が聞こえた、長男も酒宴の最中かと思いながらパソコンをオフにした。
5月3日の叙景
2019/05/03
今日は憲法記念日、1947年5月3日に日本国憲法が施行されてからの72年間の間、我が国が戦争を行ってこなかったのは憲法第九条の存在が大きかったのではと改めて平和に暮らせた時代に感謝しながら日本国憲法を守るべきは政治家ではと思いながら何時もの散歩へ出かけた。五月は大津市内の神社は祭礼月だが昔と比べれば随分と静かなお祭りになった。今日は三井寺の総門前にある三尾神社の祭礼で拝殿に神輿が飾られている、以前は三社が飾られていたが今では一社の神輿と小型の神輿が飾られているのみだ。子供の頃は縁日、境内は露店が並び賑わっていた光景は何処へと・・・そして三社の神輿が担がれて大門坂を下り下りる勇壮な姿は今も脳裏にある懐かしい祭り風景だ。どの町内も氏子の数も減りお祭りは縮小傾向ではと思いながら飾られた神輿を後に三井寺へと向かった。琵琶湖岸ではアユが釣れだし糸を垂れる人も多く見られた。近くの釣り名人に聞くと今年は大きなアユが釣れると話してくれた。プランクトンの研究者らが発するFBの写真を見ているとプランクトンの種類が多く感じ魚の餌も豊富なのではと思った。午後は膳所公園での憲法集会に友人と個人参加した。旗の数は多く見えたが参加人数は250人と発表されていた、デモ?パレードは少し迫力に欠けるが西武百貨店まで行進した。お祭りも、デモも静かになるばかりではと先行きを心配した。
五月の琵琶湖
2019/05/02
毎年、五月になと琵琶湖の赤潮を思い出す、僕が空から淡水赤潮を見たのは41年前の1978年の5月27日で今でも鮮明に覚えているが失敗もあった、と言うのは淡水赤潮についての知識はゼロで初めて見る淡水赤潮を写真には撮ったものの、後に松の花粉が大半だと研究者から指摘された、でも空撮で赤潮も撮影されていた、安曇川付近のエリには醤油色の赤潮が写っていた、僕が琵琶湖の淡水赤潮を空から撮った事は事実だ。そして大量の松の花粉が作り出す模様の不気味さに驚きながら撮影したことが懐かしく思い出された。それから十年後1988年5月6日での空撮で湖面に醤油色の淡水赤潮が広がる彦根沖の状況を撮影したのが、誰が見ても赤潮と分かる写真が撮れた。その当時、滋賀県は赤潮の発生は伝えていなかった。今日の湖岸サイクリングでにおの浜湖岸から湖面を見ると湖水には花粉の混じり少し濁って見えた、赤潮の発生時期は松の花粉と重なる時期ではと今年の琵琶湖ではプランクトンの活動が活発と聞く、淡水赤潮はプランクトンが主たる原因といわれ、今年の琵琶湖が心配になってきた。
三枚目の写真は1988年5月彦根沖に発生した淡水赤潮

















