春の準備
2019/03/17
毎朝の散歩も雨の日は少し億劫になる時が・・・やはり歳の所為だと思いながら三井寺へ向かった。鹿関橋から疎水を見ると、流れは止まったままだ、両岸を見ると桜のライトアップの為の照明機材は既にセットされ開花を待つばかりだ。三井寺の観音堂前では28日から始まるライトアップの準備が雨の中、作業が進んでいた。三井寺で一番最初に開花する展望台のソメイヨシノも蕾は硬く開花はまだ、先のようだ。湖岸サイクリングも寒さの為、ペダルを漕ぐ足も心なしか元気がなくショートカットした。そして喘息後、体の調子はイマイチだ、冬が来るとスキーに燃えていた頃は寒さも気にならなかったが、早く春になって欲しいと思う、自分の変化に老いを感じた。
クライストチャーチ
2019/03/16
クライストチャーチは今から20年ほど前に訪れたことがある思い出深い美しいニュージランドの南島にある庭園の様な観光都市は今も僕の頭の中のスクリーンに何時でも映し出せる、でも大きな地震で市内中心部は被害を受けたが最近、復興が進み観光都市として蘇ったと思っていた、矢先に起きた、テロ事件で多くの死者や負傷者が出た、ニュースを見て胸が痛んだ。ニュージランドは移民や難民を受け入れる国として注目されている素晴らしい国でこの様なテロが起きるとは想像する事は出来なかった。ニュースで毅然とテロを非難して、全ての国民を擁護する発言をした、アーダン首相の姿が印象に残った。我が国も来年はオリンピックが開催されるがテロ対策は大丈夫なのかと心配になってきた。そして原発でテロが起きれば想像を超えた被害がと考えると恐ろしくなってきた。
大絶滅時代
2019/03/15
今日の京都新聞夕刊を広げると大きな文字で野生生物”大絶滅時代”の見出しが目に入った。絶滅と言う文字が好きな事もあって直ぐ読んだ。でも目新しい内容ではなかった。以前に読んだ、絶滅危惧の地味な虫たち(小松貴)や絶滅の地球誌(澤野雅樹)らの書籍に記された内容がオーバーラップしてきたからだ。新聞は限られた一ページで大絶滅時代を表現するのは難しいのではと思いながら読んだ。昆虫が消えていくとして地球上の昆虫種の4割超で数が減っており,3分の1に絶滅の危機があると・・・特にハチやチョウ,甲虫類の減少が目立った。と現状を詳しく伝えていた。去年の夏は我が家でハエを見たのは一二度と、そして蚊に刺された記憶はないと、虫たちが姿を消しつつある事を実感した夏だった。縁の下から時々、顔を見せたカマドウマの姿も見かけなくなった。人間が強く関係している地球温暖化は止まる事無く進んで行くのかと心配しながら記事を読み終えた。夏が来れば昆虫達に出会えるのだろうか、そしてハエや蚊、そして色んな虫たちを見ても殺さずに見逃そうと思った。
きみの鳥はうたえる
2019/03/14
きみの鳥はうたえる、は佐藤泰志の小説の題名だ。佐藤泰志の作品は何本か映画化されている、僕は映画オーバーフェンス、を見てから佐藤泰志の小説を殆ど読んだ。小説は暗く切なく重いが、仄かな希望を感じるから好きだ。今日の午後、京都の出町座で映画化された、きみの鳥はうたえる、を見に出かけた。出町座は今日が始めてだ市バスに乗り今出川で下車、出町で有名な、ふたばの豆もちは相変わらずの行列だ。出町商店街の中に出町座が小さいながらも存在感を示していた。入って驚いたのは収容人数が40名と少ない、そしてスクリーンまでの距離も短く普通の映画館の前列で見ている様だ、でも見慣れると迫力もあると納得しながら映画を見た。小説では東京が舞台だが映画は函館が舞台だ。小説で感じた大都会の夏の気だるさは映画では余り感じられなかったが、小説が書かれた時代はケイタイなど無かった時代・・・映画はケイタイの普及した時代の若者の日常の中で起きる切なさを俳優の自然な演技が、物語りの中へと誘ってくれた。20代に入ったばかりの若者の心情を良く表現しているなと最後まで楽しめた。でも小説で感じる気だるさ、物語の広がりは映画では余り感じられなかった。小説を読んでから見る映画は自分の頭の中で小説との違いを読み解くのも面白いと思った。映像はドキュメンタリー映画の様で不自然さを感じる事無く最後まで緊張感が続いた久しぶりの良い映画を見たと思いながら帰路に付いた。
スクエア
2019/03/13
スクエアと言えば6X6の正方形の写真だ。1950年代のカメラブームの一翼を担った二眼レフカメラはブローニーフイルムを使用の66と言われたスクエアサイズの写真が12枚撮れるのが基本だ。僕も高校生の時、父に買ってもらったのがマノンフレックスと言う、二眼レフだった。当時は二眼レフのブームでアルファベッドのAからZまで、二眼レフカメラが製造されたとカメラ雑誌で読んだ記憶もあり、懐かしく思い出されてきた。フイルムも高く、そんなにスナップ写真など撮った記憶はないが、修学旅行で友人達の記念写真を撮った事だけは憶えている、そして撮影したフイルムは探しても見当たらず、紛失したと諦めた。デジタルカメラは便利で今日はサイズをスクエアにして撮った。出来上がりはノスタルジーを感じる写真になった。でもフイルム写真の良さは出ていないと思いながら写真を見た。

















