アオコ発生
2018/08/01
暑さに慣れた所為か散歩も湖岸サイクリングも快適にこなせたと・・少しは痩せ我慢もあるが・・・今日の湖岸サイクリングは少しショックを受けた。以前の新聞記事でも今年の琵琶湖でのアオコ発生は過去最速とあったが、こんなに早く大発生するとは思っても見なかった。アオコを始めてみたのは大津青年会議所で琵琶湖の映画を製作しているとき訪れた、長野県の諏訪湖で見てから50年近い時間が流れた。アオコの種類によっては毒性があると言われていて、1996年ブラジルで肝不全による死者が50名も出たとパソコンで見た事があり、淡水赤潮よりも心配な事態だと思っているが、近年は県もメディアも琵琶湖にアオコが大発生したくらいでは騒ぎもしないし紙面にも写真は載らないのが残念だ。僕も以前は新聞社に電話したり県琵琶湖環境課にも知らせたことがあったが無反応ぶりに失望してから一切、知らせない事にきめた。もちろん今日も知らせる事は無かった。アオコも琵琶湖が発する危険シグナルだ。自然からのメッセージを素直に聞き理解して、対応して行かねば未来は大変な事になると思った。
車窓風景
2018/07/31
久ぶりに京阪石坂線で坂本のKクリニックへ向かった。坂本比叡山駅に改名され駅名が長くなり少し違和感を持った。確かに比叡山の上り口だがと駅の改札を出た。熱中症を考え何時もなら歩くのだがケイタイでタクシーを呼んで向かった。医院は混雑していたが30分程で診察を受け、異常無しそして何時ものコース、鶴喜そばへ向かった。釜揚げそばとビールを食した。何時もなら天婦羅を付けるのだが家に入れ歯を忘れ残念な事になった。帰路、石坂線の楽しみは車窓風景だ。坂本比叡山駅から大津方面へ向かう左側の車窓からの眺めは最高だ。特に松ノ馬場駅から滋賀里にかけての展望は素晴らしく僕のイチオシの風景が楽しめる、でも田園風景が開発によりマンションや家々が立ち並び以前ほどの開放感は無いが京阪石坂線の唯一の見所だ。滋賀里から湖岸の間に僕の飛行少年時代に慣れ親しんだ大津際川飛行場が在ったが今は跡形も無く消え寂しい限りだ。今日も車窓から飛行場を創造するが今日も毎日牛乳の広告塔は確認できなかった。際川飛行場の近くに在った毎日牛乳の広告塔は牛乳ビン型で飛行中遠くからでも確認できるランドスケープとして重宝したことが懐かしく思い出された。
湖岸サイクリングでは花火大会に向け、湖岸の水草の撤去作業にドイツ製の作業船が出動していた。におの浜では警官の見張り台が浮世絵をイメージさせてくれた。
琵琶湖現風景
2018/07/30
今朝の三井寺の散歩では件のアオサギ君には驚かされた。咲きそろった蓮の花を写真に撮ろうと池の石橋の上で構図を考えている、其の時、傍らでバッサとする音に驚き横を見るとアオサギ君がいた。ふーん、蓮の花の写真を撮るのかと尋ねている様に感じた。昨日の台風で倒れ池面に花を着けているものもあったが其れなりの佇まいを見せていた。湖岸サイクリングでは久しぶりの琵琶湖現代的風景に心が動いた。浜大津港の長い桟橋も花火大会では立入り禁止になると聞いているが特別料金での観覧席でもと思った。湖岸では花火大会に向けて台風の置き土産の水草除去に重機が活躍している風景を写真に収めた。毎日、読む新聞記事では西日本豪雨災害の様子を見ていると、オリンピックやアメリカから購入する高額武器などの予算を復興事業に回せないものかと考えるが安倍政権で到底無理な事は判っているが国民を最優先するなら予算を組み替えて復興事業に専念すべきと思った。
嵐は去った
2018/07/29
台風12号は東から来た、さぞかし風の神もコース取りに苦労したのではと・・・我が家も被害なくほっとした。昨日は嵐の前の美しい夕景を楽しんだ。不思議と台風の前後の雲は美しく今回も予想通りにドラマティックな夕景が撮れた。今日の琵琶湖は台風の波で攪拌された事もあり濁っていた。湖岸では打ち上げられた藻が彼方此方に散乱していた。打出浜の文化館の湖面には藻が吹き寄せられている光景を写真に撮りながら被害が少なかった事を嬉しく思った。午後は安倍9条改憲NO滋賀県民集会へ参加、ゲストは東京新聞社会部記者、望月衣塑子さんの講演を聞きに出かけた。政治家に痛烈な質問を浴びせる事で有名な記者だ、話は東京人らしく標準語でまくしたてられると元気は感じるが僕には演芸場で政治をネタにした漫談ショーの様に感じてしまった。一時間半の講演は退屈する事無く日本の政治家、官僚そしてアメリカの話までを短時間で語るパワー全開の望月節は誰にも分かり易く現政権や世界の情勢の概略は伝わったのかと思った。
第70回脱原発市民ウォーク
2018/07/28
台風12号が近付く中、第70回脱原発市民ウォークに友人と参加した。原発は危険と言う認識は殆どの人は持っている現状、でも原発は住民らが起こす差し止め裁判をものともせずに、次々と原発は再稼働されて行く実情の中でも声を上げ続けねばと人数は少ないが小さなデモは続いてきたが大勢にはなんら影響は与えなかったと少し空しさを感じながらJR膳所駅から関電支社そして湖岸まで歩いた。僕は旗を揚げない個人参加で何時も友人と最初から参加しているが正直、運動家の発言にはうんざりして、何度も参加を止めようかと思った事は度々あった。炎天下の中、歩きながら考える、原発だけでなくプラスチック問題、地球温暖化と問題は山積みながら此の国の政治家はどれ一つとして真剣に取上げる事はない、これでは未来を生きる子供達に対して無責任すぎると反省すれど何一つ解決できない苛立たしさが暑さを数倍に感じさせた。

















