中島省三の湖畔通信

大津町家一棟貸し・・・

2018/04/09

京都では既に町家の一棟貸しの宿は営業しているが、大津でも七軒の町家の一棟貸しの宿が間もなく完成する、今日は湖岸サイクリングを終えて商店街へ入った、相変わらず人通りも少なくシャッターが閉まった店が多く閑散としていた。何時も寄る和菓子屋で草餅を買って、向かいを見ると町家ホテルと言われる町家一棟貸しの宿がほぼ完成していた。菓子屋の人に尋ねると一棟、五万円(一泊)で五人が利用すれば割安にはなるが・・京都などでは外国人向けと聞いたが大津は京都の様に観光都市としてまだ認知度も低く外国人が観光に訪れるのだろうかと思いながらデジカメのシャッターを押した。電車通りを渡り菱屋町に入ると三年前に開店した有名店アンリシャルパンティ(洋菓子店)の前の張り紙を読むと今月で閉店すると記してあった。暫らく行くと同じ様な造りの町家ホテルが魚屋の隣に完成していた。シャッターが多く閉まった通りの中で瀟洒にリフォームされた町家が存在をアピールしていた。少し行くとまた町家ホテルがアーケードの下で開業を待っていた。大津の町を静かに楽しむには商店街の夜の静けさは格別と思うが華やかさを求めての旅なら僕は選ばないと考えた。静寂を好む人にはピッタリではと・・・静かな夜の商店街と琵琶湖岸はモノを考えるには最高の場所、心を鎮める旅の最終章は此処しかないかも・・・・

お茶を楽しむ

2018/04/08

今日、三井寺で春のお茶会が開かれた。桜も散って新緑モミジが花に変わって訪れる人を迎えてくれた。お茶会と言っても三井古流煎茶道で誰でも気楽にお茶を楽しめる催しだ。しかも国宝の光浄院の客殿で行われる光浄院は何時は非公開で一般の人は拝観できない場所だ。受付に向かうと大勢の人が茶席の順番を待っていた。席順を訪ねると三席目で一時間待ちと聞き境内を散歩した。村雲橋の傍らの枝垂桜は花を保っていて多くの人が写真を撮っていた。順番が来たので光浄院の客殿に入った。僕は個人的に何度も拝観しているので庭に面した椅子席でお茶を頂いた。煎茶は気楽に楽しめばと50年前に少し方円流の煎茶道を少し習った時に教えられた事もあり緊張する事無く気楽にお茶を楽しんだ。少し寒いが野点は枝垂桜が咲いている唐院の前庭で行われた。赤い傘と緋毛氈、そして枝垂桜と絵になる構図にカメラを向けた。お茶も野点で頂くと気分爽快になった。

脱原発市民ウォークIN滋賀

2018/04/07

今日、67回目の脱原発市民ウォークに友人と参加した。JR膳所駅から関電滋賀支社を経て湖岸までコースを歩いた。シュプレヒコールは相変わらずの内容で僕は一度も声を発する事無く終わった。一番嫌なシュプレヒコールは琵琶湖を守ろう、は何度聞いても嫌になる、原発事故が起こらなくても琵琶湖は守れない、大きな自然の営みの中の時間の中で起きることには何もできないと思うからだ。今日、もらったチラシにエネルギー消費を減らす生活が載っていた。読んでみると何十年前と変わらない言葉が並んでいた。消費資本主義経済のシステムが変化しなければ地球温暖化は止めることは出来ないことは誰もが知っている、善意的な呼びかけだけで社会のシステムは簡単に変化することはないと思いながら僕はただ黙って湖岸まで歩いた。自分の暮らした時間を振り返ると地球温暖化に協力した数々の行為が思い浮かんできた。もう今更、反省しても遅いわと自嘲気味に呟くと空しさと諦めが辺りに漂った。

花筏

2018/04/06

長く続いた晴天も桜の花にタイミングを合わせたように雨が降り出した。先日、テレビ番組で花筏なる言葉を聞き美しい表現もあるものと感心してパソコンで花イカダをグウグルと花筏と花にもハナイカダがある事を知った。そして今日、疎水鹿関橋から疏水の水門を見ると桜の花びらが連なって流れ行く様を見ながら改めて言葉の美しさに感心しながら暫し魅入った。トンネル方向を見ると京都蹴上からの通船が流れに逆らい大きな波を立て帰って来た。通船は客を降ろすために減速すると引き波が疎水の流れに逆らって上る様を見て津波を想像してしまった。通船は14名乗りの小さな船だが狭い疏水の流れに逆らって航行して減速すると大きな引き波が起こるのかと少し驚きながらデジカメのシャッターを押した。昔の通船にはエンジンなど無く人力で流れに逆らっての曳き舟作業は大変な事だったと考えた。昔なら引き波など起きるはずも無く、水路には負担がかからないが、14名を乗せてエンジンで航行すると狭い水路の壁面に相当な圧力がかかり疏水の堤防にダメージを与えないのかと少し心配した。

花散りて・・・

2018/04/05

鹿関橋から見る疏水の桜も花から新緑へと進行中だ。大勢の観光客で賑わった橋上も静かになった。今朝の散歩で歩く三井寺の境内も静かになった。この時期に思い出す俳句、花散りてまた静かなり園城寺、は上島鬼寛(江戸時代中期の俳人)の句だ。江戸時代も三井寺は桜の名所だったと考えると、その当時は山桜で現在のソメイヨシノは存在せず、山桜でお花見をしていたと想像すると桜木も少なかったのではと思いながら境内を歩いた。

午後はデジカメを修理に出す為に大阪梅田のグランフロントにあるサービスステーションに向かった。大阪駅は久しぶりで、まるで浦島太郎になった気分だ。近未来都市の様なビル群を写真に撮りながらゴダールのアルファヴィル(1965)の映画を思い出した。ビル中ではAIロボットが活躍しているではと思いきや受け付けでは人間が対応してくれたのでホッとした。修理を依頼した後、少し付近を見ようと思ったが急に疲れを感じて直ぐに駅に向かって帰路に付いた。

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