アユ魚群
2018/04/04
今朝の新聞にアユ魚群平年の2割とあった。湖岸サイクリングで此の時期は稚アユ釣りの人を多く見かけるが、今年は打出浜で釣り人、数人を見かけるだけの寂しい春の風物詩だと思った。近くの釣り名人も今年は堅田の漁師からアユ群が少ないとの情報を知っていた。
三井寺の境内も桜から新緑へと変化,ミツバツツジの花が眩しく新緑に浮かんでいた。
春のライトアップ
2018/04/03
今年の桜の開花は全国的に早く三井寺や疎水の桜も既に今日は桜吹雪状態だ。地球温暖化のスピードが速まったのではと思った。ライトアップの照明もLEDに変わり以前ほど電力を使わない省エネになった。遅まきながら夕食後、三井寺、疎水のライトアップを見に出かけた。満開のピークを過ぎたが結構、多くの観光客がライトアップを楽しんでいた。三井寺のライトアップは派手さは無く静かな佇まいを演出しているが、僕は夜桜派なのでライトアップよりもボンボリに照らされ仄かな明かりで桜を楽しめる時代が来ればと思いながらライトアップされた境内を歩いた。
世界は三極化へ・・・
2018/04/02
最近の国際情勢をと言っても新聞等で知る情報だけで話をするのも気が引けるが・・・中国やロシアは長期政権の独裁国家へ北朝鮮の金正恩委員長の中国訪問らで近辺の国々の関係が微妙に変化して行くのではと考えるとジョージ・オーウェルの小説、一九八四年、の様に世界はオセアニア・ユーラシア・イースタシアに区分され三極化された全体主義国家へ進んで行くのではと心配になってきた。本の中では権力者(政治家)が二重思考で国民を操る状況は今の安倍政権を見ていると小説一九八四年に出てくるオブライエンの様な政治家大勢いるので、小説の世界が実現してしまうのではと恐ろしくなってきた。事実は小説よりも奇なり、を思い出し現実はもっと厳しい事態になるのではと思った。
思っているより季節の移ろいは早く今朝の三井寺の散歩ではモミジの新緑の鮮やかさを写真に撮った。
さざ波や・・・
2018/04/01
さざ波や 志賀の都は 荒れにしお 昔ながらの 山桜かな と読んだのは平 忠度だ。其の碑が長等山の山頂近くにあり、見に出かけた。長等公園はお花見を静かに楽しむ人達がいた。今は三井寺の桜がメジャーになったが以前は桜といえば長等公園だった、ボンボリに照らされた夜桜にも大勢の人が訪れて賑わっていた。長等公園を通り抜けるとき、父親の仲間達に連れられて夜桜見物に出かけた思い出が微かに蘇ってきた。桜は以前より少なくなったと思いながら山道を上がった。少し開けた場所に平 忠度の歌碑が立っている近くの山桜は開花していなかった。ソメイヨシノが数本寂しく歌碑に花を添えているが山桜でないのが残念と思いながら写真を撮った。歌碑を見ながら、12世紀の寂れた大津の都はどの様に見えたのかと想像するが近代化された地方都市のイメージが強く、とても想像すら出来なかった。最近、JR西大津駅から大津京駅に改名されたが僕は何故と思っている山と湖に囲まれた狭い場所に大きな都、大津京などと呼べる規模では無かったと空から見れば想像できる大津の宮で充分と考えた。大津の宮に暮らした権力者には興味は無いが周辺に暮らす其の当時の様子は知りたいと思った。そして今読んでいる、文明に抗した弥生の人びと、の作者、寺前 直人氏の権力者で無い99パーセントの人々にスポットを当てながら続ける発掘調査や取材姿勢に共感を覚えた。
平成花見風景
2018/03/31
お花見シーズンになり御近所の桜の名所は花を楽しむ人達で朝から大賑わいだ。何時も静かな三井寺も今日は京都の観光地並みの賑わいとなった。我ら日本人にはDNAの中に桜を見る要素が入っているのだと思った。今日も疎水鹿関橋では中国人の観光客も大勢見かけた。日本人だけでなく桜に反応する因子が組み込まれているのは人間全てではと考えた。湖岸では人出も少なくゆっくりとお花見を楽しむ人も見かけた。家横の県道は三井寺へ向かう車が渋滞を起している、大津も京都並みの観光地になれば市内の道は狭く交通渋滞が起きて大変な事になり市民生活にも影響がと・・・でも今のところは桜のシーズンの二、三日の事で心配する事もないと思った。
今日はデジカメの機能を使ってノスタルジックに撮った。

















