幽玄の時
2018/03/05
今日は雨、湖岸サイクリングは諦めた。一日、一回は琵琶湖を眺めないと気分が落ち着かないと午後、歯科院の帰路、琵琶湖が見たくなり打出浜の湖岸へ向かった。雨も少し小止みになり静かに広がる雨の琵琶湖を眺めると幽玄な風景が日本画の世界を感じさせてくれた。今日は言葉は要らないと思った。来て良かったと呟いた。
三井寺駅で電車を待っていると蝋梅の香りが微かに匂った。そして風の来た方向を見ると蝋梅の樹が小さな踏切傍に見えた。明日に写真を撮ろうと電車に乗った。
びわこ毎日マラソン
2018/03/04
今日、第73回びわこ毎日マラソンが行われた。正午12時半スタートするマラソンを皇子山陸上競技場へ見に出かけた。家から自転車で3分と近い距離にあり直に着いた。スタート前、3分のアナウンスを聞き急いでデジイチを出しスタートを待った。僕が毎日マラソンを見たのは1965年の20回大会を見てから53年の時が流れたのかとぼんやりとグラウンドを見ていると、マラソンはスタートした。慌ててカメラを構えシャッターを押した。選手はグラウンドを一周して競技場をでた。僕も急いで自転車に乗り次の撮影ポジションの161号線の疎水入り口へと向かった。暫らくすると先頭集団が白バイに先導されてやって来た、流石に一流選手は早く構図を決める間もなく眼前を通り過ぎた。家に帰りテレビ中継でマラソンを見ていると僕の脳裏に53年前の毎日マラソンの映像が浮かぶとアベベ選手が皇子山陸上競技場のマラソンゲートを出てゆく風景がはっきりと見えた。其の時のコースは国道161号を北上して琵琶湖大橋で折り返し競技場に戻るマラソンで、僕は八ミリカメラで其の様子を記録した映像は今もフイルムと脳裏の両方に記録されていて何時でも見られると・・・其の光景を脳裏に浮かべるとアベベが2時間22分55秒(時間はネットで調べたものです)で優勝した時の様子がテレビ画面にオバーラップされてきた。マラソンは終盤に近付き、また自転車を出して疎水入り口へと・・マラソンランナーは疾風の様に目の前を通り過ぎた。今日の優勝者はケニアのディラング選手で記録は2時間7分53秒だった。アベベの時代より随分早くなったと思いながら、先日から話題になっているマラソン賞金額一億円の事をおもいながら、スポーツマンシップからマネーシップへ変化して行く現状を見て、スポーツの記録は金額と共に更新されてゆく事は良い事なのか悪いことなのかと僕は考えた。そして僕は競技スポーツから興味が薄れるばかりと、少し寂しくなった。
大津町叙景
2018/03/03
大津の商店街は百円商店街で大賑わいだ。魚屋の店主が以前の賑わいを思い出すと話してくれた。三ヶ月に一度のイベント百円商店街に訪れる人達は此の商店街に魅力を感じているのか、イベントだけに興味を持ち来ている一過性の顧客では日常の買い物には繋がらないと思いながら商店街を後にした。そして寡って遊郭で賑わった柴屋町にも新しい住宅が建ち並び昔ここに遊郭があり大津で一番の歓楽街だったと想像できる人も少なく、語り継がれる事も無く静かに時間の彼方へ消えて行くのかと写真を撮りながら,此れで良いのだと呟きシャッターを押した。最近、都会から大津へ引っ越す人達も多いと聞く、都会での仕事を終え、定年後に移り住む町としての環境の良さを高く評価している事実を考えると大津の町の未来の姿が見えてくるのではと考えた。
昔からの言い伝え・・・
2018/03/02
滋賀県では昔から比良の八講が終わるまで春は来ないと言われ、僕も子供の頃から祖母が此の時期によく言っていた。パソコンでグウグルと高島市にある白髭神社で旧暦2月24日から4日間、延暦寺の衆徒が法華経、八巻を読経する法会が行われる期間、琵琶湖が荒れることから比良の八講(八荒)と言われていると書いてあった。僕は数日間、続いた暖かなお天気で冬物は要らないと思っていたが湖岸に出ると北西風が強く湖面は波が立ち風も冷たく冬に逆戻りしたとデジカメを持つ手に冷たさを感じた。
朝の散歩では蓮池にカルガモがデコイの様に見えた。
小さな記事を・・・
2018/03/01
湖岸サイクリングを終えコメダへコーヒーを飲みに行った。コメダへ行けば他紙も読め、家で読んでいる新聞以外の情報も得られるからと週に三回ほど出かける、今日も新聞を広げるとシリア問題が目に入り読んだ、大国の思惑で犠牲になるのは弱い立場の子供達で心が痛んだ。現地からの声で誰もが声を上げないからと悲痛な叫び声が聞こえた。そして経済面の小さなコラム、経済気象台(朝日新聞)では、鶏の卵事情が載っていた。安く卵を提供する為に鶏たちは狭いケージに閉じ込められて卵を産む機械として日夜、卵を産み続けている、そんな劣悪な環境を知らしていた。EUらの国々では鶏を狭いケージで飼育する事を禁じているが我が国では未だ狭いケージで飼育し続けていると記事にあったが、フォトジャーナリズム誌DAYS・JAPAN3月号では、ニワトリ,豚、牛の置かれている劣悪な状況を伝えていた、人間が食する為に飼育される事は理解できるが・・・余りにも残酷な立場で暮らす動物達が悲惨すぎると思いながらページを繰った、世界では、その様な立場の動物達の環境を変える方向に変化したが我が国は未だニワトリ、牛、豚の最終段階でも麻酔は使用されずに殺されている現状は動物へのホロコーストと同じ事ではと思った、食される動物達は生きている間は」自由放牧で命を謳歌して欲しいと願うのは霊長類のトップにいる人間の義務だと考えた。

















