中島省三の湖畔通信

お彼岸中日

2017/09/23

今日は彼岸中日、毎日の散歩でお参りする三井寺の観音堂にも幕が張られて柱には彼岸中日法要と書かれていた。帰宅後、パソコンで彼岸を見ると意外と知らないことも多かった、お墓参りは春のお彼岸と秋のお彼岸には参る事にしていて昨日にお墓参りを済ませた。子供の頃、祖母に連れられてお彼岸には参った事を記憶している、そして家では祖母が作った牡丹餅を食したことが懐かしく思い出されてきた。パソコンには春は牡丹の花が咲くことから牡丹餅と、そして秋は萩の花が咲くからお萩と、牡丹餅は粒餡、で、おはぎは漉し餡と記してあったが今日、食したお萩は粒餡だった。そして我らが暮らす方を、し岸、そしてご先祖様が暮らすのは彼岸と・・・僕も今年で77歳を越えた父よりも随分と長生きをさせてもらった、後は彼岸への旅たちが僕の旅行かと考えたが此ればかりは何時、旅たつのか分からないから予定も立てられないから良いのだと、そして出来るだけ物は買わないようにしようとおもった。残る人生、ミニマリスト的な暮らしができればと、まだ少し物欲のある自分を反省した。

国連での演説

2017/09/22

テレビや新聞でアメリカ大統領の演説、そして我が国の首相の演説、では北朝鮮への制裁処置を高圧的な発言で聞いていても内容は攻撃的に感じた此れでは北朝鮮の政権は余計に態度を硬化させるだけと政治には素人の僕でも分かった。演説と言えば、2012年6月にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで行われた国連の『持続可能な開発会議」リオ会議で188カ国が参加した会場で一番最後にウルグアイの大統領ホセ・ムヒカさんの有名な演説を思い出してきた。人を傷つける事無く優しさの眼差しで地球上に暮らす全ての人へのメッセージは今も語り継がれていて素晴らしいもので愛に溢れた演説だった。演説とは人の心に届かなければただのアジテーションではと思った。何をするか分からない国と一方的な思い込みでは対話が出来ないのではと心配になってきた、どうか短慮な考えで戦争にだけは向かわないでと祈るしかないと思った。こんな最中に国会を解散して選挙などしているどころではないと普通の人はそう思っているのではと考えた。そして僕は今日、もう一度、元ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカさんの演説を記した本を読んで心を鎮めようと思った。


天気の移り変わりが早くなった・・・秋が来たと思った。

予期せぬ出会い

2017/09/21

予期せぬ出会いと言ってもタマムシの事だ。今年もタマムシを見ることは無いのかと考えながら三井寺の境内の榎を見上げる日が続き夏は過ぎた、そして昨日の午後、三井寺の茶房ながら亭へ向かう途中、鹿関橋近くの路上でタマムシを発見した。まさかアスファルトの路上で見かけるとは思ってもいなかった、急いでデジカメを出し数枚、撮り終えてからタマムシを手で拾い上げて帽子の中へ入れ茶房へ急いだ。茶房に着くとタマムシが逃げないように襖や戸を閉めてもらってからタマムシを帽子から出した。テーブルの上を元気良く歩くタマムシは飛ぶ事も無くゆっくりと写真が撮れた。店員のUさん,Nさんらも一緒に暫しタマムシを観賞した。その後、タマムシは桜の幹に離すと上へ上へと歩み姿を消した。その後、コーヒーを飲みながらタマムシに出会えた余韻を楽しんでいる時、何故か詩人坂村真民さんの誌、念ずれば花ひらく、を思い出してきた、坂村真民さんには一度会った事があり、とても優しく温かい人だなと感じた、其の時、坂村さんは自慢できることが一つあると、それは毎朝、鳥よりも早く起き、川で禊ぎをすることを何十年と続けている事ですと話された、その折に頂いた色紙には念ずれば花ひらくと、書かれた色紙は今も僕の部屋にある、タマムシのことは何時も念じていた訳ではないが、タマムシが見られたら良いなと思っていたことで予期せぬ出会いに繋がったと考えた。


タマムシの美しさを伝えるのは言葉よりも写真でと路上、室内、屋外へと写真は全てタマムシで・・・

視界不良

2017/09/20

今日の琵琶湖は視界不良だ、でも僕の好きな映画監督アンゲロプロスの映画を見ている様で心が鎮まってくるが、我が国の政治を思うと気分は晴れない国民に知らせなければならないアメリカとの新安保法制下での自衛隊の行動などは秘密裏にされているとテレビが伝えていた。森友学園、加計学園問題も解決できずに総選挙ではますます選挙離れする人が多くでると予想されるが、自民党嫌いの無党派の有権者の受け皿が無く自民党が圧勝するのは誰もが分かっている事と考えると空しさだけが心に残った。湖岸ではヒメジョン,シロチョウソウら秋の草花が咲いている光景を写真に撮ると溜息が出た。

マイクロプラスチックの脅威

2017/09/19

マイクロプラスチックの脅威はテレビや新聞で知らされ知っている人も多いと思いますが,海洋に限らず琵琶湖でマイクロプラスチックが淡水魚の体内からも検出されたと新聞の記事で読んだ事を思い出しながら浜大津湖岸に漂う藻群を見ると小さな面積の中にポリバケツ、ペットポトルらのプラスチック製品が藻の上に確認された。それらのプラゴミは紫外線劣化で細かく砕かれて5ミリ以下の微細なマイクロプラスチックへと変化、其れを食した魚が増えていると聞く、地球上を覆う海洋の全てでマイクロプラスチックが確認されている、人間への健康被害は撒いた種として受け止めねばならないが海洋に暮らす哺乳類や海鳥、魚類らへの影響は人間の責任として受け止め一刻も早く何らかの手を打たないと大変な事になるの判りきった事だ。地球温暖化、そして原発から出る放射性廃棄物の処理も解決できない今、戦争どころではない先進国は責任をもって次の世代に綺麗にして引き渡すべきではないのかと、これこそが大儀だと・・・我が国は又国会を解散して大儀無き選挙を行おうとしている、空しさだけが漂う秋空の下、ペダルを漕ぐ足にも力が入らなかった。

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる