中島省三の湖畔通信

我が町叙景

2017/12/27

今年も後・・・と言っても時間は続いて行くのだからと年賀状を書きながら別に慌てなくても良いのではと思った。今朝の三井寺の境内も訪れる人も無く静かな佇まいの中を歩いた。冬の境内は明るく感じ木の葉が繫る夏よりも爽快感があるのは空が見えるからと思った。展望台から眺める風景も色彩が無く、あえてカラーで撮る事も無いとデジカメをモノクロにして我が町を撮った。モニターで確認、改めて見るとマンションが増え大津宿の面影は既に消えていると、風景条例などは無用と感じた。

パソコンに写真をアップしているとコンパクトデジカメのレンズ性能の悪さを実感しながら画面を見て、もう少し良いコンパクトデジカメが欲しいと思ったが・・・・ユリカモメを見て彼らはミニマリストで何も持たない姿に憧れた。

モノクローム

2017/12/26

昨日、見た映画。立ち去った女、は全編モノクロームの映像だがフイルムではなくHDハイビジョンで撮影でフイルムとは趣が違うが見慣れてくると別にフイルムに拘る必要はないと最近おもうようになった。今日も湖岸サイクリングで打出浜から琵琶湖を見ていると湖畔通信の写真もモノクロをもっと多用しても良いのではと思いながら写真を撮った。ユリカモメは琵琶湖に常駐しているものは僅かで以前を知るものには寂しい眺めと思った。でも琵琶湖全体ではもっと多くのユリカモメを見られる場所があるのではと考えると琵琶湖の北へ久ぶりに行きたくなってきた。

3時間48分

2017/12/25

3時間48分の長尺映画を京都みなみ会館へ見に出かけた。体調もイマイチな折、長時間の作品を見るのは辛いと考えていたが、先日、みなみ会館でポスターとチラシで得た情報をパソコンで調べると凄い作品だと評価も高いベネチア映画祭金獅子賞の作品、立ち去った女(監督ラヴ・ディアス)はワンシーン・ワンカットのモノクロ映画で魔術的映像とあっては見るしかないと思った。フイリッピン映画のことは余り知らなかったが作品を見て驚いた。安定した構図のシーンは絵画を見ている様で最後まで飽きなかった、主人公は無実の罪で三十年も刑務所に、冤罪が分かり釈放され社会に、そして罪に陥れた犯人に復讐するためと・・・でも活劇映画では無く、主人公の女性ホラシアが出会う人達は社会的弱者で、ホラシアは弱者にたいし優しさで応えて行く姿を描いた映画の背景は現在のフイリッピンの社会が浮き彫りにされた内容ある映画は実際に現場で体験しているようにも感じた。固定撮影の画面での人物の動きは前後で奥行きと重さを感じながら貧しい社会に暮らす人々が僕には輝いて見えた。今年、見る最後の映画を素晴らしい作品で締めくくれたと充実感を持ちながら帰路に着いた。


映画のシーンとは隔世の現実の京都駅の風景を見ても何も感じなかった。

霧の中

2017/12/24

少し霧が立ち込める神秘的な琵琶湖を眺めながら、見える不安よりも見えない不安の方が良いと最近、思うようになったのはと考えた。毎日、テレビや新聞で報道される現実には然程、リアリティーを感じないのは何故と・・・だったら寧ろ霧の中を漂うほうが心が鎮まり穏やかになってくるのは何故と答えの出ないまま湖岸をサイクリングした。

過去を記憶する

2017/12/23

数日前に読んだ新聞記事、少し気になった言葉だけが脳裏に焼きついた。誰の言葉かは忘れたが・・・・過去を記憶できないものは、過去の過ちを繰り返す、の言葉だけが残ったのは何故と考えた。それは現政権の安倍政治がすっかり過去の過ちを忘れた挙句にまた過ちを犯しかねない方向に進む政治が心配になったからではと思った。そして昨夜、見たテレビ番組、人間ってナンだ?超AI入門(終)の中で、人類とAIがもたらす問題を少し考えながら楽しんだ。人間が社会で働く場所が少なくなって行く近未来は、もし何もしなくても暮らせるとしたら、僕は人間が植物の様に地に足を着け、其の場所を動かずに人樹になっての何百年も生き続けたら戦争は無くなり、経済活動もなくなり、地球は元気を取り戻すのではと・・・SF的に想像した。そして政治はAIに任せた方が確りと過去を記憶して
過ちを起さなければ、地球上から人類の起す戦争は無くなるのではと久ぶりに僕の好きなSF小説を読みたくなった。

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