湖上は荒れ模様
2017/09/28
今日の琵琶湖は北西風が強く吹きつけ湖上は白波が立ち冬の様な光景が広がっていた。現実社会も解散風で荒れ模様で政治家は慌てているが市民はそれほど騒いではいないのではと思った。そして強い風を受けながら琵琶湖の北方を見ると若狭の原発群の何処かで事故が起これば強い風に乗って危険な放射能雲がほんの数時間で琵琶湖を覆うのかと考えると恐ろしさで体が固まった。解散による選挙では希望の党が原発ゼロを選挙の項目に入れるらしいが信用できたものではないと思った。原発を選挙に利用するのかとおもうと空しさだけが身に滲みた。本当に真剣に原発の問題を解決しないと夢も希望も無いと考えながら泡立つ琵琶湖を眺めた。
テレビで解散のニュースが・・・見るも聞くもバカバカしいとテレビを切った。そしてウルグアイ元大統領の言葉、壁をつくることで、国民は政治から離れていきます。もっとも良くないことは、国民から政治が嫌われること。そうなると、政治は失敗に終ります。と記してあるムヒカさんの本を読んだ。今回も心でムヒカさんに一票と心に決めた。
お天気は下り坂
2017/09/27
簡単なお天気の移り変わりなら雲を見れば少しは予想ができる、今日も三井寺への散歩で展望台より空を見上げると羊雲が美しく見えたが此の雲は天気が悪くなる兆しと昔から言われていて誰もが知っている事だ。境内の蝉の声も殆ど聞かれなくなり草むらから聞こえる虫の声が秋ですよといっている様に思った。湖岸から雨の降る前の青空の残る琵琶湖を見ながら走ると少しはストレスが消えるが完全消滅とはいかない、政治家から発せられる嘘で塗り固められ偽善に満ちた言葉が秋の空気の中を走ると余計に気持ちが落ち込むばかりだ、希望なんて言葉を簡単に使われると、希望は失望と解釈してしまう安倍首相が発する言葉も全部反対語としてなら理解できると考えた。今回の解散は国難突破解散と言うらしいが益々、国難が増え一般市民が困る時代になるのではと心配になるがどうしようもない気持ちを空に向けると失望と言う雲が見えたような気がした。
今日やっと27年も積んでおいた本、タルコフスキー日記、を読み終えた、暗い時代には重くて暗い内容の本が読みやすいと実感した。
彼岸花を探して
2017/09/26
彼岸花はポピュラーな花で以前なら近くで見られたが田畑は住宅へと変わり彼岸花は何処と考えた、数日前の新聞の記事で見た高島市今津桂湖畔の彼岸花が最盛期とあったが電車に乗って態々見に行くことも無いと自分の記憶回路を探すと川の堤防が浮かぶと場所がイメージとなって浮かんで来た。丁度、T接骨院に出かけることもあり、デジカメを持ち自転車で出かけた。T院は皇子山公園近く、治療を済ませ近江神宮方面に向かった。目的は皇子山カントリークラブ(ゴルフ場)付近を水源に近江神宮横を通り少し北へ流れ直ぐに東に流れ競輪場横から琵琶湖へ流れる小さな川、柳川を目指した。そんな大した距離ではないし河口まで行くつもりは無いと自転車を進め近江神宮参道を琵琶湖へ下ると直ぐに橋が見えた。自転車を橋上で止め川を見ると堤防に彼岸花が咲いていた。花の咲く場所で構図を決めると僕のイメージとあまりピッタリなので不思議に感じながら彼岸花をデジカメで撮った。今津桂湖畔へは行けないが彼岸花はこれで満足と自転車に乗った。
彼岸花の花言葉はとパソコンで見ると悲しき思い出、あきらめ、独立、情熱とあったが今の時節柄、僕は、あきらめ、が合っているかとおもった。
読書の秋
2017/09/25
秋になったからといって読書を強要された訳ではないが、最近、見たい映画も無く一月以上映画を見に出かけていない、ただ見たい映画が上映されていないお陰で以前に買って積んどくだけの本を読む機会が出来た。まず目に付いたのは僕の大好きな映画作家アンドレイ・タルコフスキーの本、タルコフスキー日記(キネマ旬報社1991年)を十日前から読み始めた、まだソビエト連邦の頃、国内ではなかなか評価が得られず、映画製作も侭ならずストカーを製作後、イタリアで制作活動を、そして映画,ノスタルジアを完成、その後サクリファイス(1986年)を完成後、パリにて死去するまでの日記を読み終えた。作家の苦悩する日常が語られる日記を読むと制作過程や其れを取り巻く人間模様と国家権力の執拗さが押し寄せる中、凄い映画を作るタルコフスキーは天才と思った。今、続けてタルコフスキー日記Uを読んでいるが、もう一度、ノスタルジア、ストカー、鏡、の三本の映画作品をフイルム上映で見てみたいと思うが、最近の映画事情では無理と分かり残念なことだがと諦めた。タルコフスキーの作る映画はストーリーよりもイメージで捉え自分の心の中で見る映画だと僕個人はそう思っていて、タルコフスキーの映画はタルコフスキーが独特の世界観で捉えた映像が素晴らしく今も僕の心にあり時々残像として思い浮かんでくる、彼が最後に制作した作品サクリファイスは今の世界の在り様を映し出している此れがタルコフスキーが人類に宛てたメッセージではないのかと思た。
膳所湖畔
2017/09/24
今日は少し足を伸ばし膳所公園までサイクリングした。公園の湖畔では駆除された筈のオオバナミズキンバイが少し見かけられた、やはり特定外来植物に指定される事はあると感心した?そして改めて生命力の強さに驚いた。入り江の水面は水草で覆われているが此処でも外来種ミシシッピーアカミミガメの甲羅が水草の水面の彼方此方で見られ数も多いと想像できた。帰路湖岸に架かる歩行者専用橋の上から湖上を見るとシラサギがスローフライトで水面に嘴を突っ込んでいたホーバーリング出来ないシラサギが何時からこんな技を会得したのかと考えた。そして以前に読んだ小説カモメのジョナサンの様に飛行術を学び技量を上げ飛行能力を増し進化したシラサギではと自分勝手に想像した。新しい事に挑戦するのは人間だけではないと、地球上で生物の頂点に立っていると勘違いしている人類はもう一度、進化の過程を反省しなければと、そして温暖化が留まらない地球の環境を真剣に考え人類の英知をもって地球温暖化にチャレンジするべきと思いながら優美な飛行をするシラサギにエールを送りながらデジカメのシャッターを押した。

















