中島省三の湖畔通信

湖上も町中も

2017/12/02

三井寺の展望台から琵琶湖を眺めると、ヨットが群がって、まるで白い蝶が湖面を舞っているように見えた。何時もの散歩では、この方向の写真は撮ることが少なく、久ぶりに航空写真を撮った様な気分になった。お天気が良いと写真的にはイマイチで、ドラマを感じる事が無かった。湖岸サイクリングで打出浜から見るヨット群は平面的に見え、水平線上?に並ぶヨットの数の多さに驚いた。ヨットと言えば高校生の時に浜大津で貸しヨットで湖上に出たことを思い出し懐かしく辺りを見ても貸しヨットやボートの店も今は無く、以前と比べると、琵琶湖で舟遊びを気軽に出来ることが出来ない現状は寂しいと感じた。帰路、町中に入ると今年、最後の百円商店街のイベントで賑わっていた。毎回、このイベントを見ていて、此れだけ多くの人を呼び寄せる潜在能力を持っている大津の商店街は昔の様に賑わう時代が何時かくるのではと幻想をいだきながら賑わいを撮った。

虹のシーズン

2017/12/01

虹にシーズンがあるのか、僕には分からないが、琵琶湖では冬場、比良山の方向が時雨れていて大津上空に晴れ間がある時は必ずと言っていいほど虹を見られることが多いことから琵琶湖の虹のシーズンと言われる由縁とおもいながら、浜大津港から西大津ビル群の後ろにかかる虹を写真に撮った。虹と言えば希望や夢を想像するのが普通だが、確かに写真に撮っても美しいと感じるがと、虹について少し思った事は、最近、カズオ・イシグロの小説を六編も読んだのは何故と、珍しく、遠い山なみの光、を読み終えた折に,余り読まない,訳者のあとがき(小野寺 健)を読んだ中に、イシグロの小説、不条理という見方だけで割り切らず、たとえかすかなものでも希望を棄てない生き方が多い。其の人生をつつんでいる光は・・・
強く明るい光でも、・・・真っ暗な絶望の光でもない,両者の中間の薄明かりというものであると、書いてあった部分を思い出しながら虹を見ると冬の暗い空をバックに見える虹は正しく薄明かりの中にみえる仄かな希望ではないかと思った。僕が好んで写真に撮る、暗い琵琶湖の風景の中にも僅かな希望が見えないかと・・・そして僕の好きな映画、ノスタルジア(アンドレイ・タルコフスキー)やシテール島への船出(テオ・アンゲロプロス)らの映画の底辺に流れる光も薄明かりではと思った。そして僕はどちらかと言えばネガティブな考えで育ってきた事もあり、映画も小説も暗くて静かで少し重いものが好きな事も影響したのではと、又、小説、、わたしたちが孤児だったころ(カズオ・イシグロ)を今日から読み始めた。きっと虹を見たせいだと思った。

晩秋叙景

2017/11/30

明日からは師走、時間の過ぎるのが早く感じるのは歳のせいばかりでもないと、忙しく移り変わる晩秋の景色が時間を早めているのではと考えた。浜大津港ではカワウの大群が見送る中をミシガン号が出航して行くが、今日は観光客も少なく船上デッキには人影は見えず見送るカワウも張合いが無いのではと思いながら写真に撮った。カワウが浜大津沖を拠点にしているのは、餌になる魚が多いのかと考えても、思いつくのは外来魚のブルーギルかブラックバスぐらいと、そうするとカワウは県の推奨する外来魚の撲滅に協力しているので,害鳥ではないのではとおもった。

昼食後、腹ごなしに、又、自転車で膳所和田神社へ向かった。湖岸は朝に走った事もあり旧街道を通った。車も少なく湖岸の様に風の影響を受ける事もなく思っていたより早く着いた。門を潜り銀杏を見上げると上部の葉は散って少なくなっていた。写真を撮り始めると急に風が吹き銀杏の葉が降り注ぐ光景は情緒よりも迫力を感じた。地面に敷き詰められた黄色の葉の絨緞は境内を別世界に感じさせてくれた。

三和土

2017/11/29

三和土を、たたき、と読むことを今日まで知らなかった。今日から読み始めた、カズオ・イシグロの小説、遠い山なみの光、の中に三和土に,振り仮名がなければ僕は読めなかった。英国人の作者は五歳の時に日本を出ているので実際の、三和土(たたき)の土間など知らないのではと不思議におもいながら、小説を読み進めているが・・・・三和土(たたき)と言えば今,暮らしている家も床を外せば、三和土の土間が現れる事は間違いなしだ。今でも、土間の三和土に差し込む日差しで凸凹とした土の表面が光って美しく見えた事を思い出す時がある、もちろん、オクドさんと言われる煮炊きをするカマドが二つ並び、小学生の頃は祖母が薪で米を炊いていた事や、釜底のおこげのお握りを食した事、そして薪の燃える臭いなどが小説の内容とは別に僕の少年時代の残像が頭に浮かんできて、小説を読むのを中断してしまった。本を閉じて、どんよりとした今にも雨が降り出しそうなお天気の中を湖岸へ向かった。浜大津港ではユリカモメは見かけなかったが、湖面にはオオバンが多く群れていた。パソコンで見ると、中国から日本へ渡ってくるオオバン(クイナ科)の6割が琵琶湖で冬を過ごすと記してあった。由美浜サンシャインビーチではカモたちが砂浜に、写真を撮ろうと自転車を止めるも逃げずにいた、何時もなら驚いて飛び立つのだがと、本当は僕は飛び立つ姿を撮りたかったのにと少し悔やみながらデジカメのシャッターを押した。

ユリカモメ

2017/11/28

ユリカモメとミヤコドリが別物と知ったのは数年前、由美浜で白黒の鳥を写真に撮ってパソコンで調べて、ミヤコドリと分かってからはユリカモメをミヤコドリと呼ばなくなった。パソコンには1974年までは京都では見かけなかった鳥とあった。ユリカモメは琵琶湖で多く見られたが最近は京都加茂川で一日を過ごすようになった。要因は外敵(野犬)がいなくなり安心でき、態々、琵琶湖から京都へ通う必要も無くなり、今では琵琶湖を本拠地にするユリカモメの数は少なくなった。今日の湖岸サイクリングでは、浜大津港の手すりに留まる数羽のユリカモメを写真に撮った。そして数十年前には浜大津沖で休むユリカモメの大群、そして早朝、京都へ向かうユリカモメの大群が三井寺の上空を通過する時の羽音の迫力を感じる事は出来ないのかと、湖面を見ると以前より多くの渡り鳥が来ているのが確認できた。天敵のいない上、禁猟区に指定されていて安心して過ごせる渡り鳥の楽園になり琵琶湖全域で水鳥の観察が出来、鳥好きにとっては一日いても飽きない場所となった。冬場の観光は水鳥観察に決まりと考え、風のない湖岸を自転車で走った。

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