晴れた日のデモ
2017/08/19
夏空の下、脱原発 市民ウォークin滋賀に参加した。デモと言っても20人がJR膳所駅から関電滋賀本社、そして湖岸まで歩いた。僕は今日もただ黙って歩いた、それだけのこと・・・・歩きながら考えた事は又、我が国が本土をミサイルから守るためとアメリカから高額な防衛システムを新たに購入するという、また矛盾の故事を思い出した絶対的な武器などこの世に存在しない事は分かっているのに・・・限られた予算はもっと有効に福祉や教育、社会保障に使い実のある国へ向かうのが正常ではないのかと思いながら夏空の下を湖岸まで歩いた。
雷鳴
2017/08/18
早朝の雷鳴も強くなければ夏の風物詩と聞き流しながらうつうつとした。三井寺への散歩時には雨も上がり蝉時雨を聞きながら境内を散歩した。件のアオサギ君も此処最近見かける事が無く寂しく花の無い蓮池を見た。
湖岸サイクリングも水分の多い空気を重く感じながらペダルを踏んだ。湖岸から見る琵琶湖大橋近辺は風があるのかヨットが見られデジカメで撮った。今年は去年の様に藻が異常繁殖していないせいか異臭も無く快適に湖岸を走れることに感謝した。
午後三時を過ぎると青空が広がり、家に居るよりはと久ぶりにロードバイクを出して湖岸に向かったと言うのは先日、テレビから認知症の予防法が流れていた、其の中で行動パターンが広い方が認知症を発生しにくい言っていた事もあり行動に移したしだいだ、浜大津の一本木コロッセオ公園に来ると夏雲が美しく広がる夏の風景が見られた。写真を撮っていると何処からか名前を呼ばれているのに気がつくと遠くで若い女性が手を振っている、良く見ると三井寺、ながら亭の従業員Nさんと分かり近付くと今日は休みで友達とインスタグラムの写真を撮っていたところで其の写真を見せてもらうと今、流行のインスタグラム的写真が公園を背景に美味しそうに写っていた。風景の中に浮かぶソーダー水はファンタジックな映画の画面を見ている様に感じ年金爺にはとても撮れないと思った。彼女たちは閉店の近いパルコに向かった。僕は夏雲の広がる風景を撮り続けた。
サマショール
2017/08/17
サマーショールでなくサマショールはウクライナ語で立入り禁止区域を表す言葉だが今日,読んだ朝日新聞のコラムには自発的な帰還者としてチェルノブイリの原発事故後のウクライナの話が載っていた。禁止区域で暮らすサマショール(自発的な帰還者)は高齢で亡くなる人も多くその後、大地が無人に還って行き荒涼とした風景が広がっているだけと結んでいた。今世界情勢は一歩間違えば核戦争の危機にあると考えると不安が募るばかりだ。原発事故で失われた大地よりも核戦争が起きれば広大な大地が無人となり荒涼とした核戦争後の世界が広がる風景はSF映画で想像できる、どうか北朝鮮、アメリカの短慮な判断で過ちだけは絶対に避けてもらわねば人類存亡の危機と、一刻も早く話し合いで平和解決してほしいと一般市民は祈るばかりだ。
省線電車
2017/08/16
お盆と言ってもお坊さんに来てもらいお経を唱えていただくだけだ。祖母から門徒もの知らずと良く聞かされた、親鸞さんのお陰で簡単なお盆で済むと感謝しながら南無阿弥陀仏と唱えた。今朝の三井寺の散歩では、以前テレビで鉄道カメラマンが展望台からJR湖西線と京阪石坂線が交差する情景を撮っていた事を思い出しコンパクトデジカメを最望遠にしてJR湖西線と石坂線の電車を待った、暫らくすると湖西線の緑色の電車が見えると僕は叔母さんが電車を省線と言っていた事を思い出した、大阪の築港に暮らしている戦争中の話だ、叔母さんは戦争が終ってからも電車の事を省線と言っていたが、その意味も分からず聞き流していたが国鉄の前は鉄道省で東京や大阪で運行されている電車を省線電車と読んでいた事をつい最近に知ったくらいの鉄道の知識を反省しながら緑色のローカルな湖西線の電車と石坂線の電車を写真に収めた。
敗戦記念日と終戦記念日
2017/08/15
72年前の今日、8月15日は日本が戦争に負けた日、敗戦記念日、終戦記念日と言われているが敗戦と終戦では意味が違うと思っているが現政権は終戦を使うが真意はと・・・新安保法制、共謀在法案が成立し時代は戦前の様な国への回帰を感じている、また戦争の時代になるのではと心配が耐えない今日この頃の情勢には不安が募るばかりだ。もう二度と戦争をしませんと世界に向かって宣言した此の国は平和憲法を守り続けるべきと今日の敗戦記念日に思った。華やかな色が溢れる平和な時代からモノクロームの時代へは進んではならないと考えて今日の湖岸風景はモノクロで撮った。
打出浜から見る風景には僕の幼い頃見た軍都の面影は無いと、5歳の時の記憶が蘇ってきた、家の近くには陸軍九連隊、そして少年航空兵の飛行訓練が行われていた事もあり上空で宙返りをする練習機赤トンボが今も脳裏にある、僕の飛行機好きはそんな事がルーツかと考えた。時代が変わったお陰で軍国少年にならずにすんだ事に感謝しながら平和な時代が続く事を曇り空に祈った。

















