中島省三の湖畔通信

クローン人間

2017/11/22

先日、読み終えた小説、わたしを離さないで(カズオ・イシグロ)ではクローン人間が主役の物語で予備知識無く読み始めた。最初の頃は主人公らの暮らす施設がクローン人間の子供を教育する学校と理解するまで時間を要したが、後半はクローン人間が葛藤しながら生きる社会の状況を描いたカズオ・イシグロの小説はこの作品に限らず何時も感動させられ、そして僕の脳裏で生命の社会問題にまで考えが進んで行き、心に残る小説と思った。小説の中のクローン人間は内臓を人間に提供する為だけに生かされ、提供が終わると死が待っているだけと、なんと悲惨で惨いことと、足下を見ると自分達が暮らしている消費社会では牛、豚らが人間に食される為に飼育されいる動物の世界も同じではないかと思った。人間以外では時々、クローン技術で牛が作られたとニュースで見た事があるが、この小説の様に現実社会に人間のクローンが登場する時代には絶対にしてはいけないと考えた。

今日の湖岸サイクリングで見る湖岸の並木も葉が落ちて冬に模様替えしてしまった。今年は本当に秋が短かったと感じた。でも、湖岸から町へ足を運ぶと人工河岸の楓の並木は紅葉が見ごろとなっていた。

あらしやま嵐子を知っているか

2017/11/21

今日は三井寺の観月舞台で、あらしやま嵐子のコンサートがと・・・言っても、あらしやま嵐子を知る人はいなくて当然、今日、本日デビューしたのだから、と言うのは僕の友人の作曲家(シンセサイザー)のMOROさんから夏頃、三井寺でコンサートを出来ないかと相談され、早速、三井寺の執事長Fさんに、その一件を御願いしたところ快諾いただき開催できる事になった次第だ。あらしやま嵐子(SAKI)さんの名前も今月に入ってから打ち合わせの時にMOROさんが言ってから決まったのではと僕はおもった。今日は、あらしやま嵐子の記念すべきデビューコンサートの日だといっても歌手はマイナーで宣伝も、チラシ、看板も無く人集めの努力はゼロで本日の開演となった。三井寺は秋の観光シーズン、でも京都ほどの観光客も無く観月舞台の前で聴く人も疎らだが、嵐子さんの作詞そして曲はMOROさん担当した歌を嵐子さんが歌った。語りかけるような歌い方は静かに響きながら聴く人の心に届くと僕は思った。ケイタイで急に呼び出して参加してもらった友人も良い歌だと言っていた。テレビやラジオから流れて来るメジャーな音楽も良いが時にはマイナーな音楽を聴くのも楽しいと思った。午後2時から夕方を過ぎ6時まで寒さの中、熱唱した嵐子さんのパワーにエールを送ってMOROさん一行と別れた。

蓬莱山初冠雪

2017/11/20

蓬莱山と言うより琵琶湖バレイと言った方が通じるのではと打出浜から比良の山波を見ると蓬莱山の山頂が雪化粧されていた。以前なら雪を見れば胸が躍りスキーの準備を始めたものと・・・今年、一月に骨折してからスキーとは無縁になったが、でもゲレンデならスキーで滑る自信はあるがAドクターからは禁止されているので諦めてはいるが少し未練はあると湖上の彼方の蓬莱山を見た。僕が蓬莱山へスキー登山に向かったのは1963年の冬と記憶していて、江若鉄道に乗り蓬莱駅で下車、最初は徒歩で雪が多くなるとスキーの裏にシール(アザラシの皮)を取り付けてのスキー登坂で小女郎峠を目指した事が懐かしく思い出された。今は琵琶湖バレイと名の付いたスキー場となった現在ではカーレーターからアルプスゴンドラを経て三代目の大型ロープウェーは一度に百人もの客を乗せて山頂まで10分少しで着く時代に誰も麓からスキー登山などする人は皆無と半世紀の時間を感じると懐かしさが込上げてきた。近年は雪が少なく比良山系で山スキーを楽しめることは無いのではと・・・其の当時は蓬莱山付近では3mは越す積雪があり遠くへ出かける事無く身近な場所で冬山を楽しめた時代には地球温暖化など環境問題など話題にならなかった無責任な時代だったのではと思いながら湖岸を自転車で走った。

虹と蜃気楼

2017/11/19

強い冬型で寒さが強くなるとテレビの天気予報が伝えていた。今日は二回も湖岸を自転車で走った。午前は何時もの湖岸サイクリングで湖畔通信の写真を撮る目的だ。打出浜から湖上を見ると琵琶湖大橋は今日も下方蜃気楼で守山側の橋の部分が湖面に消えて見えた。ヨットは風を受け遠くから見てもスピードが早いことが分かった。虹を期待したが薄い虹が少し見えた。充分、写真が撮れ納得した。午後は又、湖岸を走り、におの浜近くの会館で大飯原発反対集会の講演を聴きに行った。講演内容は毎日新聞記者の高浜原発がある地区の現況と国家の原子力利用の矛盾点を記者の視点で語ったもので僕にはインパクトは無かった。そして参加者も少なく反原発運動の実情はこんなものと思った。もっと広い視野で捉えなければとおもった。我が国の少子化も大きな問題と考えると近い未来、此の国に其れほどエネルギーを使う産業が起きることも無いとおもうと、今から原発の停止した後処理の方が大きな問題として考えると、未来を生きる人達に負の遺産として残す方が無責任なことではないか、今直ぐ原発は全廃、そして直ちに廃炉作業にかからねば少子化が進んでからではどうする事も出来ずに原発は放棄されて放射能を垂れ流す状況を想像すると恐ろしさで気分は暗くなるばかりだ。

観光地

2017/11/18

何時も散歩する三井寺も秋の観光シーズンで賑わっていると言っても京都の寺社仏閣の様な混雑する程ではなく静かに秋を楽しむには最適とおもった、そして三井寺が観光シーズンに大混雑した記憶は僕にはないと思いながら境内を歩いた。春の桜と違い秋の紅葉は雨の日も趣があり晴れた日よりも浮かび上がって見える紅葉は漆の朱色を彷彿させ、また雨が音を吸収するためか何時もより静寂な雰囲気が漂う三井寺の佇まいは京都の観光寺院では決して味わえるものではないと思った。京都では訪れる観光客が一寺院で年間に五百万人以上訪れると聞いた事があるが幸い滋賀県の観光地は大した混雑もなく自然の多く残る寺院を見学できるメリットは大切にしたいと思った。そして琵琶湖を眺めるのも雨の日が良いのではと水墨画の様な風景は心を鎮めるには最高と、打出浜から雨情を楽しんだ。

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