積雲を楽しむ
2024/08/11
石川啄木の小説に「雲は天才である」があるのは知っていて、一度読んだ?記憶があるが内容までは思い出す事が出来ないが・・・今日も湖岸から眺める琵琶湖上空の雲は殆どが積雲だ。少し時間が行くだけで大きく変化する雲の形は天才しか創り出すことが出来ないと雲の美術館を楽しんだ。唯それだけのこと・・・・
浜大津港では藻の繁殖が目立ってきた。水位低下で真夏の太陽光線のパワーを受けて異常繁殖しそうではとおもった。
今日の写真
2024/08/10
大津の夏の一大イベントの花火大会が終わり元の静かな湖畔になった。琵琶湖南湖の湖上は静かだ。ジェットスキーやモーターボートの姿のあまり見かけなくなった。広い湖面を横切るのは水上スキーを楽しむモーターボートが一隻の姿のみの静かな琵琶湖の佇まいだった。浜大津港公園では百日紅の花が盛りを迎えた。夜は三井寺が昼間の静けさと打って変わって賑わったのは恒例になった三井寺妖怪ナイトのイベントに大勢の人が訪れた。静かな湖都大津はやはりイベントがないと人が集まらないのは何故とだろう・・・・
南海トラフ「巨大地震注意」
2024/08/09
昨日の九州で起きた地震以後、テレビの画面には南海トラフ「巨大地震注意」の文字が表示され続けているのは何故?少し不信感持ってしまうのは僕だけはないと思った。地震の予測は難しく研究され続けているが未だに未解決のままだ。自然災害を防ぐことは本当にできるのかと過去に起きた大災害を見ても防いだ事など一度もないのにテレビの画面には地震が起きると、恐怖心を煽るだけではと思った。僕の住む家は築百年で耐震構造ではない、大地震が来れば倒壊は免れないと思っている、多分、家屋の下敷きになる確率は高いが手立てがないから成り行きに任せるしか無いとおもった。地震の備えも大切だが平和の事を考える8月は地球上から核兵器を廃絶することの方が大切ではと思った。
花火大会叙景
2024/08/08
今日は久しぶりに爽やかな夏を感じた。湖畔のパブリックスペースの殆どが花火見物の有料席になっているため遊歩道を走る事が出来なかった。打出浜湖畔に整然と並ぶパイプ椅子の全てが有料席だ、此の狭いスペースに一時間以上も座っていることは出来ないとおもった。市民が無料で見られるスペースは東の端っこだ、その場所には朝から席取りのカラフルなシートが湖畔を占拠している風景はアート作品?此方は無料で手足を伸ばして花火見物ができそうだ。どちらにし僕は湖岸で花火見物をするつもりもないとデジカメのレンズを向けた。夕食前テレビを見ていると九州地方で大きな地震が起きたと臨時ニュースが伝えていた。南海地震への警戒も必要と伝えていた。そして夕食後、我が家の横、大門坂から花火を撮ろうと出かけた。家から三分だ。久しぶりに三脚を立てカメラの構図を決めて待った。僕は何時も戦争のイメージで花火を撮ってしまうから、少し花火を楽しんで撮った。風もなく花火の煙霧が邪魔になり美しい花火を撮るのが難しくなった。傍らの石橋の縁に腰掛け休憩しながら花火を見ているとガザやウクライナでの悲惨な戦争を思い出した。平和な日本の夏の風物詩を心から楽しめるようになりたいと思った。
格差社会
2024/08/07
湖岸ポタリングも花火大会が近づくとパブリックスペースなのに湖岸には有料の桟敷席らに占拠され琵琶湖の眺めも台無しだ。明日はびわ湖花火大会で何十万人が花火見物に湖岸に押し寄せるが良い場所は殆どが有料席だ。浜大津港周辺の有料席を見ていると格差社会が目に見えた、昔の花火大会は誰でもが無料で湖岸の好きな場所で見られた長閑な花見見物の様子を思い出した。浜大津からにおの浜までの有料席後方の道路には二メートルを超える格差の塀が立ちはだかる、光景は去年メディアが取り上げ問題にされたにも拘らず今年も設置された。花火は綺麗だが格差の塀は見苦しさを提供するだけだとデジカメで撮った。道路は歩行者天国になっていて車は通らないから花火は見えても良いのではと思った。浜大津港の湖岸から湖面を見ると藻が浮かんでいるのが気になった。此処数年藻の異常繁茂は無かったが去年の水位低下の影響で水草が元気を取り戻したからではと思った。