中島省三の湖畔通信

琵琶湖の北には

2017/03/03

毎日の湖岸を自転車で走っていると北風の強く吹く日は琵琶湖の北方の若狭の原発群が気になり、事故が起これば琵琶湖はと想像するだけで恐ろしいと、今読んでいる本の中で、注目したことが、それはラセンウジバエの繁殖を止める為にオスにセシウム135を被爆させ生殖機能を失わせて撲滅した内容を読み、驚いた、ヒトとハエの遺伝子は40パーセント共有するとあった、福島第一原発事故で放出されたセシウム137は135よりも半減期は劣るが強力とあった、そんなセシウム137が東日本全域にばら撒かれた事はニュースで誰もが知っている事実だ、ヒトとハエの遺伝子の事を考えると人間にも多大な影響がと普通の人なら心配するのだが此の国の原発関係者(政府、政治家、学者も含む)は福島事故の後処理も出来ていない現状を無視して40年以上も経った老朽原発を再稼働しようと企んでいる、此の現況は狂気以外のなにものでもないと思いながら琵琶湖の写真を撮った。由美浜で湖面を見ると雲のスリットから漏れる太陽光が美しく輝いていた。太陽から地球までの距離一億五千万キロ、太陽光が地球に届くのは八分後、そんな事を考えながら雲の動きと光る湖面を見ていると少し気分が和らいできた。

毎日マラソン

2017/03/02

天気予報では天候の急変が予想されると伝えていたので湖岸サイクリングを止めて西大津コメダにコーヒーを飲みに出かけての帰り道、皇子山陸上競技場近くを自転車で走っていると第72回びわ湖毎日マラソンのゲートが目にはいり自転車を止め近付いた。珍しく門が開かれて誰も居ないのでマラソンゲートを潜りグラウンドを眺めているとアベベが走った、1965年の第20回びわ湖毎日マラソンの僕の撮った八ミリフイルムの映像が浮かんで来た、まだ皇子山競技場近辺は昭和の戦後風景が少し残っていて大津市役所も無く周辺は鄙びた雰囲気が漂っていた。アベベが走ると言う事で人出の多さに躊躇しながらニュースカメラマンに成ったつもりで八ミリカメラを回した、其の映像は今も手元にある、其の頃のコースは皇子山陸上競技場を出発して国道161号を北上して雄琴、堅田、そして琵琶湖大橋を渡り守山で折り返して皇子山陸上競技場まで戻ってくるコースだった、たしか報道各社のヘリが琵琶湖大橋上空らで超低空飛行をして撮影した為にマラソン走者に影響が出たとかで、その後はヘリコプターでの取材は禁止されたと記憶しているが真偽ほどは定かではない・・・・そんな事を思い出しながら誰も居ないマラソンゲートを潜りながら、3月5日には誰がトップで此のマラソンゲートを通過するのかと考えた。

明日はひな祭り、母の残した小さな拳くらいの雛人形と僕の好きな柴田晩葉の扇面に描かれた雛の絵を玄関に飾った。

三月一日には・・・

2017/03/01

三月一日は僕の誕生日と言っても本当は二月二十九日うるう年で四年に一度で、子供の頃、祖母に四年に一度の誕生日と聞かされて育った。小学校高学年になると自分でもうるう年は理解するようになり、其の頃から意識して本当の誕生日は二月二十九日と自分で言うようになったが、役所への登録はそのままの三月一日だ、今年は二月二十九日が無いので誕生日と言っても実感が無い、でも今年七十七歳になった。人生五十年に憧れ続けた結果が二十六年も余分に楽しく生きられたことに感謝あるのみと思った今日でした。

湖岸サイクリングで見る琵琶湖の風景は雨が近い事を感じさせる空模様を見ながら自転車で由美浜へ走った。そして人工の砂浜をサンシャインビーチと言う事を改めて知り、人工の砂浜に相応しい名と思った、そして元の名前は和田浜と思いだした。

浜大津港は琵琶湖総合開発が始まる前は木製の桟橋に繋がれている大型船はり丸、以外の船は昭和と言うより戦前のノスタルジーを感じる京阪丸、みどり丸、弁天丸等が見られた事を思い浮かべながら近代化されて海に隣接している港を彷彿させる姿に変貌した現代の港には風情を感じる事ができず寂しく思った。琵琶湖には木製の桟橋が、そして港よりも船着場の方が似合っていると昔の風景を思い浮かべた。

何でもない写真・・・

2017/02/28

何でもない写真ほど難しいと思っている、朝の散歩や湖岸サイクリングでは何時もデジカメを持ち何か写真になるものはと全視野で探しているが此の時期は花も少なくモノトーンの世界が広がっているいるだけと自転車を走らせた。由美浜の人工砂浜も平日で賑わいも無く静かな佇まいだ。湖岸のベンチの足元に誰が並べたのか松ぽっくりが目に留まり自転車を降りロウアングルで写真を撮ろうと屈みかけてたが人工関節の脱臼を思い出し膝をついて体制を安定させてカメラを構えた。何気ない一連の動作にも気を使う生活に少しストレスを感じるが、一部サイボーグでは仕方がないと諦めながらシャッターを切った。プリンスホテル近くの湖岸では芝桜の植栽が始まっている、ダンボール箱にはキャベツと印刷されているが中身は芝桜の苗が入った箱が積まれていた。僕はあまり芝桜は好きでない、目を射るような鮮やかな花の色が琵琶湖には似合わないと思っているからだ。でもジュネーブ構想でこの様な風景も増えてゆくのかと思いながら湖岸を自転車で走った。

ベルリン映画祭

2017/02/27

朝の散歩、そして湖岸サイクリングを終えたが今日の湖畔通信の写真の被写体も無く困った。コーヒーでもとコメダに向かった。相変わらず、お店は繁盛していて席は無く、諦めてカウンター席に朝日新聞を手に座った。コーヒーを注文して、新聞を開くとベルリン映画祭の記事が目に留まり読んだ。映画祭の歴史は第二次大戦後に始まったと、映画だけに留まらずに監督、俳優,脚本らの育成にも携わり多くの映画人を育ててきた事が記してあり興味深く読んだ。そして日本の萩上直子監督もベルリン映画祭で育った監督で最近ニュースでも話題に、今年の作品、彼らが本気で編むときは、が第67回ベルリン国際映画祭でLGBT(性的少数者)への理解を示した作品に贈られるテディ賞を受賞した事も知り、午後は浜大津アレックスシネマに見に出かけた。最近、僕の見たい映画が多く上映されるので出かける機会が多くなった。切符を買って館内に入ると観客は僕、一人で申し訳なく思いながら映画を観賞した。萩上直子監督作品はカモメ食堂とめがねは見たこともあり親しみを感じた。映画は性同一症候群ら(性的少数者)の問題を日常の生活の中で淡々と描いた秀作と僕は思いながら日本の現実社会の在り様を考えさせられた。

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる