中島省三の湖畔通信

マルメロとカリン

2016/10/26

向かいのお家のカリンが大きな実が色づき始める秋の季節は僕は決まって以前に見た映画、マルメロの陽光(ビクトル・エリセ監督の1992年)のドキュメンタリー映画を思い出してくる、それはマルメロとカリンがよく似ているからと、今日は気になりパソコンで見ると、同じバラ科だが属は別と、似ているのは黄色の果実と実を砂糖漬けや焼酎付けにするところだけとあり、見れば違いは歴然とあった。マルメロが印象深く僕の心に残っているのは映画が良かったからと、でも内容ははっきりと覚えている訳ではないが画家アントニオ・ロペス・ガルシアが自宅の庭に成るマルメロの実を秋から冬へ向かう季節に描いて行く日常を描いた作品で、画家がマルメロをどの様に表現して行くのか僕は興味を持ちながら見た、そのマルメロを描く過程をカメラが淡々と画家の姿を追って行く映画は見ごたえがあり、画家が作品の絵を仕上げるために崇高な表現活動する姿を静かに追った二時間の映画で、画家はマルメロの絵を完成する事無く映画は終った。今でも僕が忘れずにいるのは画家が真剣にマルメロに対峙して行く芸術に対する真剣な姿だと思った。今の世の中、一番に真剣に国や社会の在り様を考えて行かねばならない時に政治家がこんな状態では此の国の行く末もどうなる事かと心配になってきた。

昨日見た映画は・・・・

2016/10/25

昨日の午後、退屈しのぎにと浜大津のアレックスシネマへ、少し興味があった、シング・ストリート未来へのうた(アイルランド・イギリス・アメリカ合作)監督ジョン・カーニーの半自伝的映画を見ようと思い自転車で向かった、そして浜大津港に来るとお天気が良すぎて映画館に入るのはと少し躊躇したが館内へ、観客は平日とあって5,6人と少ないが既に座っていた。映画は主人公の少年コナー(フェルディア・ウォルシュ)が登場するところから始まった。家庭には色んな問題があるが、頼りになる兄ブルダン(ジャック・レイナー)の名台詞、ロックをやるなら笑われる覚悟をしろ、の後押しを受けて好きな女の子ラフィーナ(ルーシー・ポイントン)を振り向かすために、悪がきを集めてバンドを作って行くストーリーの青春映画で、音楽に疎い僕もロックのリズムに乗りながら楽しく見られた久しぶりに気分が明るくなった傑作で、其の上、カメラワーク(ヤーロン・オーバック)が手持ち撮影の素晴らしさが画面に躍動感を与え、自然に少年達の仲間に入って行け、106分の時間が過ぎた、ラストーシーンも最近見た映画の中では僕は一番と思った。そして女優さんも美しかったことが印象に残る映画となった。

雲一つ無し・・・

2016/10/24

展望台から見る琵琶湖の眺めも雲一つ無い晴天の景色では情緒を感じる事は出来ないが、穏やかな秋日は良しとして散歩を終えた。 

湖岸サイクリングで打出浜から見る琵琶湖の風景もサッパリしすぎて写真には向かないと二枚ほど撮って止めた。日常の光景も変化が在るからいいのだとおもた、そして最近見た、日常を映画にした、西川美和監督の,永い言い訳、を思いだした、誰にでも在り得る日常のドラマは感情移入でき映画の中と自分の心の中を行き来できて楽しめた、西川作品は女性の視点で細やかな心理描写は何時も見事で日本映画の僕の好きな監督さんの一人だ、そして何よりも監督自身の小説、脚本も担当と凄い才能を持った人もいるものと感心した。そして穏やかなお天気の中、何気ない日常の中にもドラマはある筈と考えながら自転車を走らせた。


空にレンズ雲

2016/10/23

今年は少し寒さが早く来たように、そして秋は短いのではと思った。三井寺の境内でも色づき始めたモミジも見られ、桜の葉は既に落ちて空が見やすくなった。湖岸サイクリングで打出浜から見る風景も秋の透明な空気のせいか遠くまで見ることが出来た。そして雲の様子を見ているとレンズ雲が確認され、上空は風が強いと想像がつく、写真を撮ろうとカメラを出すと雲は早くも移動して崩れかけている、急いで撮った。上空の気流の速さは200キロ以上のスピードがあると考えながら自然のパワーの凄さを感じた。

午後は反原発の集いがあり参加した。火山列島の我が国の災害の歴史や危険度を講師が話されたが僕は学校の授業を受けている様で少し退屈した。でも火山の多い日本国には原発は危険で不用と思った。その後、近くにある関電滋賀本社までのデモに参加、少人数では気勢は上がらなかった、そして僕は一度もシュプレヒコールを叫ばなかった。僕には出来ないことばかりの言葉は叫べないと何時もデモに参加しても無言を通すつもりだ。

琵琶湖博物館は今・・・

2016/10/22

琵琶湖博物館が今日で20周年を向かえたと湖岸サイクリングの帰路、町中でWさん(元博物館勤務)に出会った時に聞いた。そして先日、友人のSさんと琵琶湖博物館に行った時、エントランスホールの垂れ幕に生まれて20年と書いてあった事を思いだした。ずっと以前に行政から琵琶湖博物館の出来るまでの記録を依頼された事で多くの学芸員さんとも知り合えた、そして完成後も僕の開発を批判した自主制作の俺の見たびわ湖等も買い上げてもらった事もあり頻繁に博物館へは出かけていたが此処15年間では2,3度行ったぐらいで久ぶりに入った博物館は新聞のニュースでリニューアルされた記事を読み、少し期待して出かけたが見た目には新しくなった部分は少なく感じた。水族部門でバイカルアザラシの水槽が目立った位で、むしろ琵琶湖の環境問題の展示コーナーが狭められて淡水赤潮の発生などは年表で小さく載っているぐらいで寂しく感じ、滋賀県の行政は本当に琵琶湖の環境問題を真剣に考えているのかと疑問をかんじた。今年の琵琶湖南湖の藻やアオコの異常発生している琵琶湖の現状を伝える展示も必要ではないのかと、最近の行政、マスコミらの自主規制を感じたのは僕だけではないと思いながらSさんと博物館を出た。そして僕はもう博物館へ足を運ぶことはないと考えながら美しかった博物館の出来る前の烏丸崎の風景を頭の中に映し出した。

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