特定外来生物
2016/09/12
特定外来生物と言えば琵琶湖で猛威を振るっているオオバナミズキンバイが有名で、最近のニュースで登場して話題になっている、つい最近、大学生のボランティアグループが湖岸で除去作業したが相変わらず琵琶湖南湖の湖岸では恐ろしいほど勢力を伸ばしている、オオバナミズキンバイは2009年に繁殖している事が確認された、其の時は140平方メートルだったものが五年後の2014年には15万7千平方メートルに成長していた。ちぎれた茎からも根をだす生命力は一日3センチも伸びると言われている、今日も湖岸サイクリングで膳所公園の湖岸まで走ってオオバナミズキンバイの現況を見ると以前よりも大きく湖面に張り出している様子が葉の色で判った。湖岸から瀬田方向を見ると藻の刈り取り作業をするスーパーかいつぶり号が見えたが膳所湖岸のオオバナミズキンバイの除去作業は何時から始まるのかと・・・そしてパソコンで見る情報によると機械で作業するとオオバナミズキンバイの茎に絡んだ貴重植物も一緒に刈り取ってしまうので手作業でしか・・・と書いてあったが、とても敵う相手ではと感じながら湖面のオオバナミズキンバイを見た。
帰り道では由美が浜の湖岸堤防に咲くエノコログサと萩の花の競演している様を眺めながら少し考えた、在来種と外来種のせめぎ合いは地球の歴史の続く限り続いて行くことだろう、そして人類の歴史が終った後も地球上でオオバナミズキンバイは勢力を保持していると・・・そんなの関係ないことかと風に揺れるエノコログサと萩を見ながら溜息をついた。
マンホール写真
2016/09/11
昨夜、テレビを見ているとマンホールの写真を趣味として撮っている人が多いと伝えていた。今日も湖岸サイクリングで湖畔通信の写真をと彼方此方を見るが、由美が浜でのエノコログサと萩の写真を撮っただけで帰宅した。午後、商店街に向かった、マンホールの事が頭に浮かび身近な足元のアートのマンホールを写真に撮ろうと思ったからだ。ながら商店街は休日で人っ子の影も無く寂しい佇まいだ。足元を見ると大津絵の藤娘と鬼、そして瀬田唐橋がデザインされたマンホールが目にはいりデジカメで撮った。最初は彩色された、カラーマンホールだったと記憶しているが・・・町の寂れにマッチして色あせたマンホールもありかと眺めていると、地下水道(下水道)を題材にした映画は数多くあるが3年ほど前に見た、ソハの地下水道(監督アニエスト・ホランド)、を想いだして来た、日本の下水道はゲリラ活動できるほど大きくは無いと、そして戦争や災害が起きて隠れたり、避難できる場所は大津の下水道では無理と理解した。そして戦争が起こらないことを願った。帰り道、長等神社への通りで足元のマンホールを見ると、此方の絵柄は大津の観光行事が多く描きこまれていて、僕はもう少しシンプルな方が良いのではと考えながらシャッターを切った。今日の写真は此れで決まりと思った。
湖岸のボランティア風景
2016/09/10
昨日の湖岸サイクリングでは浜大津港を過ぎると石組みの湖岸で大勢の人だかり、少し気になって立ち止るとTVカメラを持った報道関係社等マスコミの姿も見られ、近付くと学生さんたちが草を刈り取っている様子を目にしたが、あまり気に留めずに由美が浜へと向かった。そして浜辺を見ると旗を持ったリーダーが見え、近付いて話しかけると気さくに応えてくれた。旗にはオオバナミズキンバイ除去実施中、松井中隊と書かれていた、集団の服装を見れば学生と直ぐに判った。自衛隊が湖岸の草刈などするはずがと無いと旗を見ながらリーダーのMさんに尋ねると学生のボランティア団体が主催して南湖の湖岸に勢力を伸ばすオオバナミズキンバイの除去作業をしていると聞き、その様子を写真に撮らせてもらった。僕はオオバナミズキンバイは水中、もしくは湖畔(水辺)に繁殖するものと理解していたので少し驚いた、そして改めて石組みの湖岸を見てみると、石組みの隙間には見事なオオバナミズキンバイが育っている情景を見ながら、直ぐに琵琶湖総合開発で人工化された湖岸にも問題があると思った、今更なが湖岸を変える事も大変な事業に、そして資金がと、其の時、僕は思った、今始まろうとしている国の事業、琵琶湖再生法は美名を借りた開発事業で永遠に土木事業が続く此の国の体質に失望しながら植物の生命力の強さにただ驚くばかりだ。オオバナミズキンバイは自然淘汰されない限り、黄色の美しい花を咲かせながら琵琶湖を占拠して行く姿を想像した。
花と蝶
2016/09/09
花と蝶、如何にも写真の題名と思ったが・・・・三井寺への散歩から帰ってくると玄関先に置かれている、ハイビスカスとデュランタの花にアゲハ蝶が来ていた。正確にはナミアゲハ蝶がデュランタ宝塚の花の蜜を吸いに着ているところを見つけ、家からデジイチ(一眼レフカメラ)を持ち出して久しぶりの昆虫写真を楽しんだ。荒木さんから届けていただく花の中で、昆虫はデュランタの花にしか寄らないのは何故かと考えた。先日、読んだ昆虫の哲学は少し難しく俄か昆虫写真家?の理解力ではと思いながら読み終えた。其の中で植物と昆虫そして人間の関わりが少し見えたように思えた。僕は蝶は優雅に舞ってひらり、ひらりと飛行するものと蝶の写真を撮る前はそう思っていた。写真を撮りながら蝶の飛行術の凄さを改めて認識した。蝶の飛行は以前に見た本にカオス的な飛行は予測できず鳥等に捕食されにくいと記してあった事を思いだした。飛行スピードも早く僕の写真技術では無理と思った。植物、昆虫ともに地球上での歴史は人間を遥かに越えた存在、まだまだ未知なることの多さに人類はもっと謙虚にならなければと考えた。
雨後の絶景
2016/09/08
雨の日も風の日も・・・天候に関係なく毎日の三井寺への散歩に出かける今日は長靴で足元だけは完璧と歩き始めて直ぐに雨が強くなった。観音堂に付く頃にはシャツもズボンも濡れた、久しぶりの雨中散歩を楽しめたと納得しながら境内を歩いた。
雨は予想に反して早く上がった、午前10時、雨具を持って買い物用の自転車に乗って湖岸に向かった。浜大津港から文化館へ着くと今日も水草刈り取り船が作業をしていた、今朝の新聞(京都新聞)の一面に琵琶湖の水草、適正30〜60%の見出しで南湖で大繁殖が問題となる一方、魚の生息場所として不可欠な水草のバランスが30〜60%が適正・・・生態系の中での水草の望ましい繁茂状況を数値で示したのは初めてと記事にあったことを思い浮かべながら湖上の作業船を見た。におの浜から琵琶湖を眺めると見事な雨後の絶景が広がっていた。美しい姿を見せる琵琶湖も降りかかる色んな問題にも自然の自浄作用で今までは持ちこたえてきたが、もう限界に達して此れ異常の文明社会の負荷をかけることは琵琶湖を駄目にしてしまう事になると思った。

















