静かな町
2016/04/10
今日も我が家の近辺はお花見客で賑わっているが、町中は静かで寂しい限りだ。町内の官舎も住む人の建物も数棟となった。寂しい風景は写真の題材には良いのだがと・・・本日は大津の現状を考える機会にしたいと写真を載せた。明日は明るい写真が撮れるかな・・・・
関寺の牛塔。
2016/04/09
京阪電車、京津線で京都へ向かう時、浜大津を出て上栄町駅を過ぎて間もなく山手に大きな石塔が見え、通る度に気になっていたが、長安寺までは行く事があっても牛塔の近くに行くことは無かった。先日に長等公園から高観音を通り京阪電車の上栄町駅へと、その折、長安寺へ久ぶりに寄り気になっていた、石塔のある場所に行き説明版を読んだ、3・3メートルもある大きな石造の塔は関寺の牛塔で天延元年976年の大地震で、この場所にあった大きな寺、関寺が倒壊し、其の復興再建工事の時に活躍した牛を供養するために建てられたと、其の牛は仏の化身と都に噂がたち、都人がその牛を見るために多く訪れたと記してあった。再建されたお寺は慶長5年1600年に西軍に放火されてからは再建されず、今は長安寺の小さな境内の中で存在感を示している牛塔に美しさと迫力を感じながら歴史の中の盛衰を思い浮かべると人の世の儚さだけが僕の心に残った。
山桜
2016/04/08
桜の花も昨日の雨で散り、今朝の三井寺の散歩では桜の花びらを踏みながら歩いた。見上げると花は五割くらいは残っていてまだお花見は楽しめそうだ。何処を向いてもこの次期はソメイヨシノの桜ばかりで、少し嫌気もと、やはり桜は山桜と思った。円満院の門前には三本の見事な山桜が咲いているが看板や電線が邪魔をして樹の全体を美しく撮るのが難しく、どう表現すればと迷った。良く見ると根元で別れた処に咲く山桜を撮った。
やっと桜も散り・・・・江戸時代の俳人、上島鬼貫の句、花散りて また静かなり 園城寺 を思い出した。新緑が美しくなるこの時期が三井寺は一番美しいと僕は思った。
桜雨情
2016/04/07
今朝は三井寺への散歩は雨、レェインギアを着て雨情を楽しんだ。
道行く人も最近はコウモリ傘を差す人は少なくビニールの透明傘が主流になって久しい、ビニール傘になって雨の日も視界が良くなり、桜や紅葉の頃は傘に乗った花びらや葉っぱが雨の日の情緒を演出してくれ楽しさも増えた。透明な傘に付いた雨粒を見ていると先日に見た映画、写真家ソール・ライターの写真を思い出した。彼の作品、ガラス窓の雨粒越しに見る風景や女性の映っている写真を思い出して、僕も雨粒の付いた傘越しに疏水の桜を撮った。傘に乗っている桜の花びらもと、デジカメで撮った。
パソコンに撮った写真をアップしながらスクリーンで確認して、自分の写真を見ながら、作為がありすぎると感じた、やはり芸術には程遠いと呟きながら、スクリーンの写真を見た。
皇子山古墳
2016/04/06
今日の午後、西大津ジャスコの本屋に向かう途中、皇子山公園の桜の風景を遠くに見ながら自転車で走った。本屋では欲しい本は無く、店外へ、お花見日和と来る時に見た皇子が丘公園へと、園内は家族連れで賑わっている、僕は混雑を避けて、皇子山古墳へと向かう事に、自転車を公園に止め歩いて行く事にしたが古墳へは初めてだ、空撮の仕事で上空からは何度も見ているが地上からはと、古墳への道を辿るも意外と距離があり少し汗をかきながら古墳の上り口に着いた。住宅が立ち並び以前、僕が空から見た様子とは変化していた。皇子山古墳群の説明版を見ると、古墳は四世紀中頃から後期の前方後方墳と、大津の宮が出来る前からこの附近には渡来系の人達が暮していた痕跡もあると書かれていた。満開の桜を見上げながら急な斜面の階段を上ると、城跡の様にも見える石積みが古墳の大きさを表していて、この土地の権力者のものと想像できた。標高164メートルの高さから見る大津市街の風景もマンション等の高層ビルが建ち眺めも台無しだ、木の間から見える三上山が見えるのが唯一の和みと思った。
家に帰り京都新聞夕刊の一面記事に目が、川内原発差し止め認めずの大きな見出しに、がっかりした。原発から出る核廃棄物、使用済み核燃料の保存場所すら決まらない実情、また福島事故の後処理はこれから先何十年もかかり、そして放射能の半減期は何万年から何百万年と時を要すると言われている、皇子山古墳の歴史はたかだか1600年だ、それを遥かに越えて原発から出る放射性廃棄物、使用済み核燃料からの放射能を誰が責任を持って見守れるのか、そんな事は誰が考えても不可能なことは判っているのに原発を稼動して行く事は狂気の沙汰でしかないと思った。

















