大津冬景色
2016/01/12
大津市の市長選挙が先日十日に告示されて選挙戦が始まったが僕はあまり盛り上がっていない様に見える。立候補している4人の方は現実の大津の街や風景を心で感じているのだろうかと疑問に思った。
湖岸サイクリングでは浜大津から近江大橋にかけてのなぎさ公園にも人影は少なく、いくら琵琶湖の観光と訴えても現実の琵琶湖を見ていないから政策には現実味が無いと思った。
今夜も大津の商店街を自転車で通ると午後6時半というのに人通りも無く寂しい限りだ、活性化といわれるが此の現状を見て候補者はどんな具体策を示せるのかと考えた。
会議を終えて帰宅する午後八時の商店街は各店の前にはゴミが出され人影も無く、ただ寂しさが漂う町を抜けて疏水の鹿関橋で自転車を止め夜景を写真にとデジカメを出し数枚撮り画面で確認すると現実ではないファンタジックな疏水の夜景が映っているのを見て此の町も捨てたものでないと感じた。
サンケイバレイ
2016/01/11
今日は成人の日で湖岸を何時ものサイクリングで走っていると晴れ着の新成人を彼方此方で目にして自分は遠くへ来たものだと・・・今年76歳になる、先日も友人に中島さん喜寿ですねと、そうか数え歳では77歳になるのかと自覚した事を思い出した。
打出浜から見る雪の無い比良を見ているとびわ湖バレイがサンケイバレイと呼ばれていた頃のスキー風景を懐かしく思い出してきた。
1965年に比良山系の打見山と蓬莱山にサンケイバレイ、スキー場が開設され、日本初のカーレーターなる乗り物が出来、誰でも簡単に山頂に行ける様になりスキー客で大変賑わった。しかしカーレーターはベルトコンベアーの上に二人掛けの椅子を載せた代物で乗り心地も悪く、トンネルと筒の中を23分もの間、山上からの冷風を浴びながらガタガタと揺られてやっと山頂駅に着いた事等も思い出してきた。
1960年代はスキー人口が二千万人と言われた時代で全国のスキー場は大繁盛していた、ここ滋賀県内のスキー場もリフトには長い列が続き滑るよりもリフト待ちをしている時間の方が長いと感じた。サンケイバレイもカーレーターで数時間またされた挙句に山頂のスキーリフトで待たされたが、懲りもせずに出かけた。1970年の万博のパビリオンにも長蛇の列、日本列島が活気に満ち溢れていた時代、でもそんな時代には帰りたいと思わないが、一見豊かに見える現代が良い社会には成ったと思えないのは何故と、モノが溢れ大消費経済でますます心が荒んで行くばかりではと未来には希望が持てない時代になったと感じた。
1968年にはサンケイバレイからびわ湖バレイへと名前が変わったがカーレーターは1975年まで運用されていた。そのごアルプスゴンドラにそして現代は大型のロープウエイが短時間で大勢の人を運んでいる。
最近はびわ湖バレイにスキーに出かける事はなくなった、人工的に雪を作るため使用される電力は莫大な使用量と聞く、僕は原発の再稼動に反対している家でも電力の使用は控えめでエアコンの使用は控えている。
原発が無くても暮せる社会、それは豊かさからの引き算をして持続性のある社会を目指さなければと考えた。
出初式
2016/01/10
浜大津の湖岸で出初式が今日行われた。湖岸サイクリングの帰りにと思っていたが、一斉放水は午後12時25分と知ったので一度、家に帰り昼食を済ませ浜大津港に出かけた。既に消防車は湖岸に整列して放水の準備をしていた。場内アナウンスで新消防艇おおつ、愛称、湖都風が紹介を受け湖上での放水が始まった、艇は小型ながら以前の消防艇より高く水をホースより噴出しているのが頼もしく見えた。そして消防車の一斉放水が始まったが何時もより寂しく感じた、防災ヘリが参加していないせいかと思った。出初式の様子を写真に撮り終えると疑問が若狭湾の原発が再稼動される中、原発事故が起こったときの防災や救難はどうなっているのかと考えた。県内の高島市は原発から30キロと非常に近い、そして大津市も影響を受けることは間違いないと考えた。昨年の福井地裁の無責任な判決が下され間もなく高浜原発は再稼動される、判決内容の説明を受けると事故が起こることを前提にした再稼動を容認している現状を考えると出初式の訓練の中にも原子力災害の訓練もしくはデモストレーションが何故に織り込まれないのかと思った。
空しく感じる日
2016/01/09
湖岸風景も比良に雪が無いと少し寂しい気分になってくる、やはり冬には雪が必要と、山スキーに行かなくても雪を見るだけで嬉しくなってくるが、湖上を滑る水上スキーでは冬を感じる事は出来ないと思いながら写真に撮った。
午後は反原発の市民ウォークに参加した。今日は人数も少なく寂しいが続ける事が大事と思った。今日は京都で福井地裁の高浜・大飯原発再稼働差し止め裁判全関西報告集会に参加するため何時もの仲間とのコーヒータイムも無く、直ぐに友人の中川さんの車で京都まで送ってもらった。
会場は京都キャンパスプラザで、200人程が集まって三時に始まった。鹿島弁護士の裁判の経過報告をきき此の国の司法の力の無さというより国の権力の番人と確信して空しさを感じた集会だった。
今日は疲れる一日となったが、自分に納得できるやり方で行動するしかないと、そして諦める事無く叫び続ける事だと空しさの充満する心に叫んだ。 ただそれだけ・・・・
北緯35度
2016/01/08
天気予報では寒くなると言われていたが、今朝も然程でもないと何時もの散歩を済ませ、続いて湖岸サイクリングに出かけた。デジカメを首に架け何時でもシャッターチャンスがあればと湖岸を走るが被写体は見つからずに由美が浜まで来てしまった。頭をフル回転させて、やっと撮る物を見つけて数枚撮った。コンクリート製の安っぽい記念碑で、郷土を愛し琵琶湖の美しさ・・・云々と・・・自然を壊して湖岸を埋め立てた人工の浜、由美が浜に建っているが僕は趣味の悪いジョークかと思った。辺りを見ながら大津の方向へ、道路脇の小さなモニュメントが目に入った、自転車を止め写真に撮り説明文を読んだ。以前から此のモニュメントを見ていたが北緯35度線の表示モニュメントと知っていたから態々写真に撮ることも無いと素通りしていた。35度線のモニュメントはJR大津駅にも在り目にした事もあり珍しくなかったので無視していただけのことと思いながら写真に撮った。
家に帰りパソコンで北緯35度線上の国はと調べ見ると、今、紛争やテロが日常、頻繁に起こっているイラク、シリア、アルジェ、チュニジア、アフガン、パキスタン、イランらの国々も此の35度線上にあることを知った。今日も大津の湖岸なぎさ公園では可愛い園児たちが保母さんに連れられて楽しく遊んでいたが此の線上の紛争地の国では無差別な空爆やテロで幼い子供達が傷つき命を落としている事を考えると心が痛み折れそうになる、此の国はまだ平和な時間が続いている様に見える、でも最近の此の国の政治を見ていると何時まで此の平和な時が続くのか心配になってきた。
北緯35度線上にある湖岸なぎさ公園では園児たちのカラフルな水筒が並んでいる平和な風景を大切にしなければと思った。

















