信用できないものは・・・・
2016/04/01
今日は雨、湖岸サイクリングを諦め西大津にあるジャスコ内の眼鏡屋に出かけて、帰りにコメダにコーヒーを飲みに寄り、何時もの様に朝日新聞を広げると、大きな見出しで清貧の政治思想が目に入った、記事は前ウルグアイ大統領のホセ・ムヒカさんのインタビューで、以前にも湖畔通信に書いた事もあるが、地球上でもっとも信頼ができる政治家で僕は大好きで何度もネットで検索して調べた事もあり興味深く読んだ、モノに囚われず世界的な視野で今起こっている資本主義、大消費経済社会のあり様について語っている事に感心しながら読み終えた、そして余りにも我が国の首相をはじめ政治家が理念を持たず、優しさにも欠ける政治を行っているのを見ていると希望を失くしてしまうが記事のお陰で少しは希望を持った、ムヒカさんの何時もの言葉、貧しい人、とは限りない欲を持ち、いくらあっても満足しない人、そして最後の方では信じられないものは国家と語っていた事が印象に残った。五月には我が国で経済サミットが行われるが豊かさを求めて止まない資本主義経済では持続性のある社会など出来るはずが無いと思った。
写真は昨日、散策した長等公園界隈の事を少し・・・この公園は僕が幼い頃、祖母に連れられよく来ていたので想い出は幾らでもある、公園では戦時中、食用にするタヌキが飼われていた様子も微かに覚えている、小学生の頃は大きな檻があり猿がいた記憶もあるが僕には暗くじめじめとした場所として余り好きな場所ではなかった。最近は整備されて暗い雰囲気が消え山中に誰でもが入れる様に標識も完備されている、僕も2年ぶりに兜明神へと急な山道を登った。山頂、近くには小さな祠が祭られていて周辺は神秘的な雰囲気が漂っていて、この場所が古墳であることに今回初めて気が付いた。帰り道は桜が丘に寄り西大津方面を展望台より眺めていると、横にある石碑に気づき、近くで良く見ると、さざ波や志賀のみやこは荒れにしを 昔ながらの山桜かな、の歌が刻んであった、 家に帰り何時もの様にパソコンで見ると平 忠度の歌と、そして清盛の義弟とあった。忠度や人麻呂が見た寂れた志賀の都は無く近代的に発展した地方都市が眼下に広がっている風景を見たら彼らはどんな歌を詠むのかと想像した。
湖岸の春
2016/03/31
湖岸サイクリングを続けて15年以上が過ぎた、最近では距離も短く近江大橋の手前、由美が浜で引き返すコースで往復12キロぐらいで時間は約50分で運動量としても少なく感じているが歳相応と思っている。
浜大津から続く湖岸は残念ながら人工湖岸で僕としては不満足だが、湖北まで行きたいが自転車では無理と諦めて近場で琵琶湖の写真を撮っているが最近は題材もマンネリ化で困っている。今日もそれなりの春の風景を撮ったがイマイチと感じた。春霞の琵琶湖を眺めてぼんやりとしているだけで充分だと思いながらデジカメのシャッターを押した。
帰り道、疏水の湖岸よりの橋より三井寺を見ると桜の花の咲く前の美しい光景を見て、僕は桜の満開の風景よりも此方が好きだと思った。
桜の名所、長等公園
2016/03/30
大津では桜と言えば長等公園が一番有名だった頃が懐かしくなり午後、散歩に出かけた。桜のシーズンになれば商店街から公園までボンボリがつるされ公園内には大きなボンボリが設置されて、其の明かりで仄かに照らされる桜を愛で、桜の樹の下、彼方此方で茣蓙を敷いて大人たちが酒宴を夜遅くまで楽しんでいた事などが懐かしく想い出されてきた。長等公園は歴史も古く明治41年(1908)に大津市最初の都市型公園として開設されて9・5haの広さの土地に山桜等の桜が植えられているが僕の少年時代から見ると桜の木も少なく感じた、公園は近年に改修され庭園風になり昔の面影は無いが随分と明るくなったと、子供の頃は周囲が山に囲まれているせいか水気を帯びた空気が漂い夕方などは薄気味悪く感じて遊び場としては僕はあまり好きでなかったが、お花見シーズンには父親が主催する宴には家族で参加して大人たちの酒に酔うさまを見て、楽しみは半減、何時も僕は不機嫌になっていたと聞いた事があり、あまり楽しい思いではないがボンボリに照らされた桜が並ぶ夜桜の光景は現在、流行のライトアップよりは遥かに風情があり夜桜と言う言葉がまだ心に少し余裕があった昭和時代を懐かしく思い返した。今年はライトアップされた桜より長等公園の宵桜にウイスキーをポケットにしのばせ、出かけようと思った。
柳川現風景
2016/03/29
柳川と言っても歌謡曲にでてくる地名ではない,今日、坂本の医院からの帰り道、近江神宮の南側を流れ、町中を抜け琵琶湖へ流れ出る川、一級河川の柳川に架かる橋を渡る時、黄色の花が目に付き立ち止まった。三面張りされた現代的な川に、河岸にはマンションが建ち、昔の面影はない、僕が小学生から高校生まで泳いだ柳が崎水泳場は柳川の河口にある自然の砂浜の水泳場で大津市一の大きさを誇っていたが今では湖畔の近くにマンションが出来、此処が水泳場だったと想像する事はできない、大津市の湖畔公園になっているが訪れる人も少なくなった。次々と僕の思い出の場所が消えて行き寂しい事とおもいながら川の堤防の黄色の花の光景を写真に撮った。そして自転車に乗りあの黄色の花は山吹と思いながら家に向かった。
その後、パソコンで花を調べるとレンギョウとあり、原産国中国、モクセイ科レンギョウ属、そして花言葉は期待、希望、集中力と、山吹の花とは・・・・集中力が足りんと反省した。
ゴーアラウンド
2016/03/28
今日は暖かくなると思っていたら予想に反して自転車で湖岸を走っていても肌寒く感じた。打出浜の湖岸には家族連れの姿も見られ春休みの情景として写真に収めた。午前中の空いた時間を利用して花粉症の薬をもらいに西大津の医院へと向かう途中で突然、雨が降り出したがゴアーのアウターを着ていたので其のまま自転車を走らせた。帰り道、何時も行くコメダでコーヒーを飲みながら新聞を見ると先日の八尾空港での小型機の墜落事故の事が詳しく書いてあった。久ぶりにゴーアラウンドの文字が目に付き読んだ。そうして大津際川での飛行機の練習を思い出した、ゴーアラウンドは狭い滑走路一本の小さな飛行場ではゴーアラウンド(着陸復行)は常に考えておかなければならなかった、民家に隣接していて滑走路を横切る人等を発見するとパイロットの判断でゴーアラウンドをした。滑走路も短くタッチアンドゴー等も多く練習した事が懐かしく浮かんで来た。管制塔のある空港では着陸前はパイロットは特に小型機は機長一人でタワーとコンタクトしながら着陸準備の操作をしなければならず大変に忙しいと大津から八尾空港へ向かう時に感じながら操縦していた頃の情景が浮かんで来た、そして事故でなくなられた方々の冥福を祈りながら新聞記事を読んだ、そして最近の航空事情を考えた。アメリカ等の外国では簡単に自家用ライセンスが取得できると昔から言われていた。日本国内で操縦練習は値段的にも高くつくが言葉が通じ合う中での練習は細かなところまで指導を受けることも出来、また難しい試験制度を通過して操縦士になる事も大事な事と考えた。
そして僕が飛行機操縦の練習をした頃はもっと自由なプログラムで楽しく飛行できた、最近では錐揉み、や完全失速からの回復操作を学ばないと聞いたが危機回避の訓練は必要ではと僕は思った。コーヒーを飲み終えての帰り道、皇子山陸上競技場の傍の紅しだれ桜がもう咲き始めていた、やはり今年は暖冬だったと思った。

















